【工作日志】2007年海水鱼水族箱日常 しゃちのアクアリウム日記
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大家好。我是负责程序的“沙奇”。
我要成为一个名副其实、又高大又强?的程序员!
虽然沙奇每天都在为此修行,可自从搬进新办公楼以后,
有件事已经成了我的日课。 那就是每天三次,去看看楼层里设置的海水鱼水族箱。
对沙奇来说,这是一个大得惊人、还安装了正式得令人咋舌的系统的水箱。
现在的缸中住民有黄尾蓝魔、青魔、小丑鱼、
带旗蝴蝶鱼、狐狸鱼,还有白海葵、清洁虾,
然后,还有还有……。
色彩缤纷的鱼儿们在蓝色世界里游来游去,那景象真是漂亮极了。
不过,其实沙奇每天去看水箱,并不只是为了眺望漂亮的鱼儿、得到治愈,
同时也会检查水箱的健康状况。 有没有没精神的鱼,或者生病的鱼呢?
水流有没有停滞,能够顺畅流动呢?水干不干净呢?
过滤装置有没有正常运转呢? 虽然时间很短,但我会检查这些事情。
每天和鱼儿们见面,就会渐渐能够察觉到各种情况:这个孩子好像有点没精神,
水是不是开始有点脏了,等等。 不过,也确实有些鱼,明明察觉到它们身体不适,却没能救下它们,
这种时候,我会非常难过,忍不住想着:对不起。 饲养生物并不意味着百分之百都是快乐的事,
从本质上说,也许这本来就是不自然的行为。 即便如此……
对沙奇来说,鱼儿们生活在人类身边,哪怕水箱比起大海小得微不足道,也依然可爱得不得了,
所以每天总是不知不觉地走到水箱前。
我在心里对它们说着“今天也有精神吗?”,一边想起自己小时候见过的海——那片被海浪声包围着成长的
童年记忆中的大海,也是它们的故乡,
并从各自在不同地方生存的“生命”那股强韧的力量中,得到一份活力。 沙奇一边观察着已经彻底成为日课的水族箱,
一边不由得想起了一件稍微有点宏大的事:希望这片有许许多多宝物般生物生活的大海,
也能传给未来的孩子们。于是,就这样成了一个小小的沙奇。
我要成为一个名副其实、又高大又强?的程序员!
虽然沙奇每天都在为此修行,可自从搬进新办公楼以后,
有件事已经成了我的日课。 那就是每天三次,去看看楼层里设置的海水鱼水族箱。

现在的缸中住民有黄尾蓝魔、青魔、小丑鱼、
带旗蝴蝶鱼、狐狸鱼,还有白海葵、清洁虾,
然后,还有还有……。

同时也会检查水箱的健康状况。 有没有没精神的鱼,或者生病的鱼呢?
水流有没有停滞,能够顺畅流动呢?水干不干净呢?
过滤装置有没有正常运转呢? 虽然时间很短,但我会检查这些事情。
每天和鱼儿们见面,就会渐渐能够察觉到各种情况:这个孩子好像有点没精神,
水是不是开始有点脏了,等等。 不过,也确实有些鱼,明明察觉到它们身体不适,却没能救下它们,
这种时候,我会非常难过,忍不住想着:对不起。 饲养生物并不意味着百分之百都是快乐的事,
从本质上说,也许这本来就是不自然的行为。 即便如此……
对沙奇来说,鱼儿们生活在人类身边,哪怕水箱比起大海小得微不足道,也依然可爱得不得了,
所以每天总是不知不觉地走到水箱前。
我在心里对它们说着“今天也有精神吗?”,一边想起自己小时候见过的海——那片被海浪声包围着成长的
童年记忆中的大海,也是它们的故乡,
并从各自在不同地方生存的“生命”那股强韧的力量中,得到一份活力。 沙奇一边观察着已经彻底成为日课的水族箱,
一边不由得想起了一件稍微有点宏大的事:希望这片有许许多多宝物般生物生活的大海,
也能传给未来的孩子们。于是,就这样成了一个小小的沙奇。
みなさん、こんにちは。プログラム担当の「しゃち」です。
名前負けしないくらい、でっかくて強い?プログラマになるぞ!
と日々修行中のしゃちですが、新しい社屋に引っ越してからというもの
日課にしていることがあります。 それは、一日三回、フロアに設置された海水魚のアクアリウムの様子を見に行くことです。
しゃちにとっては、ビックリするぐらい本格的なシステムが導入された大きな水槽。
現在のタンクメイトは、シリキルリスズメ、デバスズメ、カクレクマノミ、
ハタタテダイにヒフキアイゴ、シライト・イソギンチャクにスカンク・シュリンプに、
それから、それから……。
色とりどりの魚たちが青い世界を泳ぎ回る様は、それはそれは綺麗なものです。
でも、実はしゃち、綺麗なお魚たちを眺めて、癒されるためだけに
毎日水槽を見に行っているわけでなく、同時に水槽の健康チェックも行っています。 元気のない魚や、病気の魚がいないかな? とか
水流は淀まずに流れているかな? お水はキレイかな? とか
ろ過装置はきちんと動いているかな? とか 短い時間ですけど、そんなことをチェックしているのです。
毎日魚たちと顔を合わせていると、この子はちょっと元気がないぞ、とか、
少し水が汚れてきたかな、とか、色々なことがわかるようになってくるのですね。 とはいえ、具合が悪いと気づいていたのに、助けられなかった魚もやはりいて、
そういう時は、ごめんね、とひどく悲しくなってしまいます。
生き物を飼うというのは、100%楽しいことばかりではありませんし、
本来は不自然なことなのかもしれません。 それでも……。
海に比べればちっぽけな水槽で、人と生きる魚たちが可愛くて仕方ないしゃちは、
ついつい水槽に足を運んでしまう毎日を送っています。
「今日も元気?」と心の中で彼らに話しかけながら、潮騒に包まれて育った
子どもの頃みた海を、彼らの故郷である海を思い出し、
それぞれの場所で生きる「いのち」の力強さに、自分も元気を貰っているのです。 すっかり日課になってしまったアクアリウムの観察をしながら、
この宝物のような生き物がたくさん生きる海を、未来の子どもたちにも
継いでいきたいな、と、少しばかり大きなことを考えてしまう小さなしゃちなのでした。
名前負けしないくらい、でっかくて強い?プログラマになるぞ!
と日々修行中のしゃちですが、新しい社屋に引っ越してからというもの
日課にしていることがあります。 それは、一日三回、フロアに設置された海水魚のアクアリウムの様子を見に行くことです。

現在のタンクメイトは、シリキルリスズメ、デバスズメ、カクレクマノミ、
ハタタテダイにヒフキアイゴ、シライト・イソギンチャクにスカンク・シュリンプに、
それから、それから……。

毎日水槽を見に行っているわけでなく、同時に水槽の健康チェックも行っています。 元気のない魚や、病気の魚がいないかな? とか
水流は淀まずに流れているかな? お水はキレイかな? とか
ろ過装置はきちんと動いているかな? とか 短い時間ですけど、そんなことをチェックしているのです。
毎日魚たちと顔を合わせていると、この子はちょっと元気がないぞ、とか、
少し水が汚れてきたかな、とか、色々なことがわかるようになってくるのですね。 とはいえ、具合が悪いと気づいていたのに、助けられなかった魚もやはりいて、
そういう時は、ごめんね、とひどく悲しくなってしまいます。
生き物を飼うというのは、100%楽しいことばかりではありませんし、
本来は不自然なことなのかもしれません。 それでも……。
海に比べればちっぽけな水槽で、人と生きる魚たちが可愛くて仕方ないしゃちは、
ついつい水槽に足を運んでしまう毎日を送っています。
「今日も元気?」と心の中で彼らに話しかけながら、潮騒に包まれて育った
子どもの頃みた海を、彼らの故郷である海を思い出し、
それぞれの場所で生きる「いのち」の力強さに、自分も元気を貰っているのです。 すっかり日課になってしまったアクアリウムの観察をしながら、
この宝物のような生き物がたくさん生きる海を、未来の子どもたちにも
継いでいきたいな、と、少しばかり大きなことを考えてしまう小さなしゃちなのでした。