2008 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」
[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第158回:宝可梦事件以一句“活该!哈哈”拉开序幕(深夜恶毒来电、高热作词狂澜与恶梦初现)
第158回 宝可梦事件以一句“活该!哈哈”拉开序幕
今思えば、『ポケモン』小説の1巻を書き終えたあたりから、ロケット団のイメージ曲の作詞、映画版1作目の脚本を書いていた頃の僕は、『ポケモン』人気に対するプレッシャーを感じるとともに、それに負けてたまるかという気持ちも湧き上がっていた。その頃の『ポケモン』アニメに対する僕のテンションは、いつもの僕の関わる他の作品群と比べても、異常と感じられるほど高かった。どうせプレッシャーを感じるのなら、『ポケモン』アニメプロジェクトの一員としてではなく、直接、僕自身に襲ってくるプレッシャーにしたかった。
如今回想起来,从我一气呵成写完《宝可梦》官方小说第1卷、紧接着为火箭队形象单曲填词、再到伏案起草剧场版第1部《超梦的逆袭》剧本的那段岁月,我一边被《宝可梦》席卷全国的空前狂澜压得几乎窒息,另一股“老子岂能甘心认输”的倔强战意也在胸中汹涌翻腾。那时我对《宝可梦》所倾注的精神亢奋度,较之我以往经手过的任何一部作品,都堪称异常炽烈。既然逃不开这万钧重压,那我索性不再把自己当作庞大商业流水线上一枚微不足道的齿轮,而是要让这份重压直接、赤裸、刀刀见血地冲着我首藤刚志本人劈砍而来!
あるプロデューサーから、このアニメを書き始める前に「『ポケモン』の首藤と言われるようなアニメにしてください」という言葉をかけられた頃は、「そうしたいですね」と気楽に答えていたが、それから半年ほどして『ポケモン』人気の沸騰に気がついた時、自意識過剰な僕は「首藤の『ポケモン』と言われるアニメにしなきゃ……『ポケモン』アニメの少なくともテーマとストーリー面での責任はとらなきゃ……。そんな気持ちを自分が持てばこのプレッシャーと対抗できるだろう」と感じてしまったのである。
在项目启航之初,某位制片人曾半开玩笑地嘱托我:“首藤老师,请务必把它打造成一部让世人惊呼‘这就是首藤刚志的宝可梦’的传世名作啊!”彼时的我还轻松自若地随口应承;可仅仅半年之后,眼见《宝可梦》如海啸般吞没整个东洋,过度膨胀的自我意识狠狠敲打着我:“必须做成‘首藤的宝可梦’!至少在哲学主题与故事灵魂的层面上,我必须一肩挑起所有的终极责任!唯有抱定这般向死而生的孤傲觉悟,我才能有底气正面硬抗这头吞噬一切的时代巨兽!”
30分钟高烧狂澜中诞生的神曲《火箭队永远在一起》
そこに、ロケット団トリオのイメージ曲の作詞の話がきた。ロケット団トリオは、僕にとっては『ポケモン』アニメの鍵を握る主役である。彼らの人生観と人柄を盛り込んで、あの手この手で自分を売り込むミュージカル風歌詞にした。曲の中のメインのメロディははっきりしていて、しかし中盤はめまぐるしく、何が歌われているか分からないような歌詞である。歌詞もラップ風あり、アドリブ風の会話あり、ごろ合わせあり、おなじみの口上あり、なんだかごちゃ混ぜである。この曲で分かるのは、ともかくロケット団が自己顕示欲があり、その人生は波乱万丈、しかし、明るく前向きであるということである。ラストは「明日がある……明日がある……」の繰り返しである。
恰在此际,为火箭队三人组量身打造形象单曲的企划送到了案头。火箭队是我心目中掌握整部作品灵魂命脉的真正主角!我将他们的悲欢人生与性格底色倾囊相授,杂糅了百老汇亲子音乐剧的极高技巧:主旋律明朗洗脑,中段却如暴风骤雨般眼花缭乱;说唱押韵、即兴贫嘴、谐音连珠炮、标志性的登场诗号熔于一炉!这首歌毫无保留地宣泄着他们强烈的自我表现欲与跌宕起伏的流浪宿命,然而底层却永远闪耀着打不倒的明媚与坚韧——在终曲处,唯有一声接一声响彻天际的“明天还在!明天还在……(明日がある……)”!
作詞するまでは、なんだかんだと考えていたが、書き始めたら、30分もかからなかった。歌っている声優さんが、目に見える気がした。たしか、原稿用紙に手書きした記憶がある。パソコンのキーボードを叩く時間も惜しかったのだ。かなり、気分がハイになっていた。このCDは、アニメキャラの歌としては驚異的に売れたそうである。主題歌でもなく脇役のイメージソングとしては異例だったらしい。僕の作詞した歌としても、ケタ違いの売れ方だった。このCDが発売されたのが、1997年12月10日。あの事件が起きたのが1997年12月16日。その日の放送で、CDのCMが流れているはずだった。
动笔之前我翻来覆去权衡推敲,可一旦笔尖触碰到纸面,仅仅用了不到30分钟便一气呵成!林原惠美、三木真一郎与犬山犬子登台献唱的神韵宛如活生生跳跃在眼前。我甚至顾不上敲击电脑键盘,直接抓起墨水笔在原稿纸上手书狂草——那种灵感如熔岩喷涌的高亢亢奋,此生难再!这张单曲CD于1997年12月10日正式发售,对于一首非片头片尾的配角角色歌而言,其销量爆发力堪称神话,创下了我作词生涯中的天文数字纪录。而这首单曲的首发电视商业广告(CM),就排定在12月16日当晚的动画正片中首度播出……
命运之夜:1997年12月16日那通森然怪笑的午夜凶铃
12月16日のことは今でも覚えている。その夜は小田原の漁港近くの仕事場で原稿を書いていた。僕は、その日の『ポケモン』を仕事場のプロジェクターに接続したビデオに録画していてまだ見ていなかった。あとで、100インチのスクリーンで見るつもりだった。夜10時頃、仕事場の電話が鳴った。出ると男の声だった。「ざまあみろ。あはは」それだけ言って電話は切れた。何の意味かよく分からなかった。僕の仕事場の電話番号を知っている人は、そう多くない。間違い電話かとも思った。しかし、「ざまあみろ」って、何のざまを見ればいいのだ?
1997年12月16日那个寒夜,我铭刻终生。当晚,我独自蜷缩在小田原渔港附近的工作室里埋头爬格子。当晚播出的那集《宝可梦》,已被录像机忠实记录在磁带里,我打算稍后投射到工作室内那面百寸投影幕布上慢慢审看。晚间10点左右,工作室死寂的座机突然爆发出尖锐的铃声。我抓起听筒,那头传来一个阴冷的成年男子声音:“活该!哈哈哈哈……”仅仅留下这几个字,电话便“啪”的一声被无情挂断。我握着盲音的听筒一头雾水——知道我私人工作室电话的人寥寥无几,即便是恶作剧,谁会闲得给一个独居男人打这种电话?可所谓“活该”,究竟是要我看谁的笑话?!
夜の11時頃、妻から電話があった。「今、東京の妹から電話があって、『ポケモン』が大変な事になっているけど、知っている? って」「え?」「今、ニュースでやってる」すぐに、プロジェクターをつけてTVを見た。『ポケモン』を見た子供たちが倒れた……それも、日本中で……原因不明……。誰かに事情を聞こうとも思ったが、日本中が大騒ぎの状態で、どこに連絡したらいいのかのも思いつかない。そして、頭に浮かんだのは、電話の男の声だった。「ざまあみろ」ってこのことか……。僕は、ビデオに録画したその日の『ポケモン』を見る事にした。つづく。
到了夜里11点许,家中的妻子打来了急促的电话:“刚才在东京的妹妹特意打电话过来,急吼吼问我们知不知道《宝可梦》出大祸了?!”“什么?!”“电视台新闻正在紧急插播滚动报道!”我浑身一颤,立刻打开投影仪接入电视信号——屏幕上赫然是刺目的全国紧急新闻:收看今晚《宝可梦》的无数孩童突发抽搐晕厥,救护车呼啸穿梭于日本列岛各大城市,大批小观众被紧急送医,原因全盘未知……整座日本陷入空前未有的惊骇与狂乱!就在那一刹那,一小时前听筒里那个男人刺耳的尖笑再度如雷霆般炸响在耳畔——“活该!哈哈”……原来,那通电话所指的,竟是这桩惨绝人寰的大祸!我深吸一口气,颤抖着走向录像机,按下了那一集《宝可梦》的播放键。且听下回分解!
Index 本篇提到
- 地点
- 小田原渔港东京
- 同一系列的前后篇首藤刚志动画创作手记 第157回:宝可梦意料之外的事件——数月之前(世界观附录的哲学狂想、小说绝版之谜与闪烁阴影)同为手记连载,157回为158回前一篇
- 后来回应了这篇首藤刚志动画创作手记 第165回:宝可梦事件催生的历史指针(皮卡丘之森复播奇迹、日本放送基准与“我想成为贝壳”的终极自省)165回终结篇续写3D龙事件后续处理
- 为这篇提供背景首藤刚志动画创作手记 第167回:事件前夕的《超梦的逆袭》(文艺复兴人本主义觉醒、梦幻台词全删减与市村正亲定音)167回讲事件前夕剧场版剧本创作