[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第168回:《超梦的逆袭》市村正亲先生(歌剧魅影的宿命投影、现代声优危机与悲剧巨匠降临)
宝可梦动画初代总编剧首藤刚志亲笔手记第168回:首部剧场版神作《超梦的逆袭》灵魂选角揭秘。首藤以犀利笔锋炮轰当代动画配音界滥用“拼贴单录(抜き録り)”技术导致演员毫无情感交流、模式化声优泛滥与剧本退化的行业弊端。回忆当汤山邦彦监督力荐舞台剧泰斗市村正亲饰演超梦时,动画制片人们面面相觑一无所知,直至在高级酒吧被女侍应生嘲笑“连市村正亲都不知道?!”才惊觉这位四季剧团巨星的统治级地位。汤山监督敏锐察觉到市村在《歌剧魅影》中饰演的“魅影”——才华横溢却身形扭曲、困守阴暗地宫的悲剧灵魂,与超梦存在本质的绝对共鸣。首度公开全片原定落幕台词:小智与小霞对天地存在的超脱豁达,以及火箭队三人组在世界尽头首次喊出“感觉好极了(いいかんじ〜!)”的生命释然。市村正亲的入驻,让首藤终于拥有底气写下梦寐以求的震撼影史序幕。
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逐段译读
第168回 《超梦的逆袭》市村正亲先生
第168回 『ミュウツーの逆襲』市村正親氏
“市村正亲是谁啊?”——演艺娱乐圈与纯粹戏剧界的认知鸿沟
「市村正親って誰?」――芸能界と演劇界の深い断絶
原文
ミュウツーの声をやっていただいた市村正親氏のことを、『ポケモン』のアニメスタッフは、よく知らなかったようだ。『ミュウツーの逆襲』のタイトルに出てくる役である。映画やTVに出てくる有名な芸能人を使うつもりではいたようだが、監督の推薦する市村正親氏とは誰か?プロデューサーの方達の関心は、観客を呼べる全国的に知名度の高い人を探していた。
译文
为超梦注入灵魂声线的市村正亲先生,在当时的《宝可梦》动画制作委员会团队内部,起初似乎并没有多少人真正知晓他的大名。这可是直接出现在片名《超梦的逆袭》里的绝对主角啊!制片方原本盘算着从当红影视剧或电视综艺里物色一位家喻户晓的偶像明星来配音,因此当汤山监督郑重力荐“市村正亲”时,大家面面相觑:“这位市村先生到底是何许人也?”商业制片人们满脑子唯一的考量,只是想找一个能在全日本引爆话题、吸引千万观众买票进场的流量明星。
“拼贴分录”的蔓延与被割裂的表演:声优生态与剧本创作的双重空洞化
「抜き録り」の蔓延と失われた演技の流れ:声優と脚本の空洞化
原文
事実、今もそうだが、劇場アニメには声優をあまり使わず、人気のあるアイドルや話題性の高い俳優に声を演じてもらうことが多い。忙しい彼らのスケジュールを合わせるのは大変なような気がするかもしれないが、今の録音技術では、さほど難しいことではない。たとえば、AとBとCが会話しているようなシーンの場合、Aだけのセリフ、Bだけのセリフ、Cだけのセリフをまとめて、それぞれ別の日に録音し、あとで、それぞれのセリフをつなげて、あたかもAとBとCが同じ場所にいて会話しているようにみせるのは、簡単である。
译文
事实上,不仅当年如此,直至今日的院线剧场版动画依然屡见不鲜:比起起用科班职业声优,片方更偏爱邀请炙手可热的偶像歌手或当下最具话题度的影视明星来跨界献声。外行人或许会觉得协调这些大忙人的档期比登天还难,但依托现代录音工业的剪辑技术,这在技术上根本不值一提。举个例子,即便剧本里是一场A、B、C三人围坐交谈的重头戏,录音棚完全可以把A的台词、B的台词、C的台词分别打包,安排在完全不同的日子单独录制,事后再靠数字音轨拼接在一起,听起来就仿佛三人真的围坐一室谈笑风生一样——这太容易做到了。
原文
アニメーションは絵で、実物の彼ら本人が写るわけではない。必要なのは声だから、3人そろってアフレコ現場に集まる必要はないのである。相手もいないのに、それぞれ、相手の反応を見ずに自分のセリフだけしゃべって、それを録音技術でくっつき合わせて、それが会話をしている声の芝居として成立するかどうか、僕本人は疑問だが、実際にアニメではよくおこなわれているようだ。
译文
动画呈现给观众的是画卷,演员的肉身并不出现在荧幕上。既然只需要音轨,三位主演自然完全没有必要同时出现在配音棚里。然而,在眼前空无一人、根本无法感知对手临场反应与情绪起伏的前提下,各自对着空气自说自话,全靠后期混音强行缝合,这种东西究竟能不能算作有灵魂的“交谈表演”?我个人对此始终抱有极其强烈的怀疑,但在如今的动画制作前线,这却早已成为司空见惯的家常便饭。
原文
これは実写映画でも行われる技法で、二大名優スター競演の売りが映画で、事実2人の名優が会話をしたり、ともに行動したりするのだが、ひとつの画面に一緒に写っている場面は、ほとんどない映画がある。目の前にいない相手に向かって話すのだから、それをしっかりやってのけるのが名優たる所以であろう。男女のラブシーンのある映画で、実は撮影中、その男女の俳優が一度も会ったことがない、という映画があっても不思議はないのである。
译文
这种手法在真人商业电影里同样比比皆是。有些大片号称“双雄巨星旷世合体”,片中两人频繁对话甚至并肩作战,但仔细看就会发现,整部电影里他们同框出现在一个镜头里的画面几乎屈指可数。对着空气向着根本不在眼前的对手狂飙台词,还能演得天衣无缝,这或许是老戏骨之所以被称为巨星的看家本领吧。甚至若有一部充斥着耳鬓厮磨爱情戏的电影,实际上在整个拍摄期内男女主角连彼此一面都没见过,也绝非天方夜谭。
原文
だが、それは、確かにラブシーンには見えるが、いくら役者の芝居とはいえ本当にラブシーンと呼べるだろうか?アニメのアフレコでは、声の演技者が見えないから、スターを声に起用するのは簡単である。そのスターのセリフだけ、まとめて録ればいいのである。これは、セリフや会話で勝負したい脚本家にとっては、かなりつらい状況である。登場人物のセリフの部分だけ、それぞれ別にとって、あとで会話しているようにつながれても、それはセリフのパズル合わせで、会話の芝居として成立していない場合が多いのである。
译文
但在荧幕上看起来固然像缠绵悱恻的情网,这真的配被称为艺术上的真情表演吗?在动画配音里,由于声优不露脸,起用大明星便成了一门极其廉价的算计:只要抽出半天把明星的台词单独刷一遍录完即可。对于一心想要依靠精妙台词韵律与戏剧机锋见真章的严肃编剧而言,这无疑是极度残酷与绝望的折磨。将不同角色的台词各自分离录制、事后像搭积木一样生硬拼凑,那充其量只是“台词拼图游戏”,绝大多数时候根本无法构筑起真正有呼吸感的戏剧交锋。
原文
芝居は、演技は、様々なセリフや動作が絡み合い、演技者の感情が揺れ動いて、それがまた様々なセリフや動作に反映して成立する。芝居には流れがある。ひとつのセリフを間違えて、そこだけ抜き録りしてしゃべられたセリフは、「文字づら」は同じでも、感情の流れまで同じに表現できるはずがない。それまでの芝居の流れにぴったりはまるはずがないのである。
译文
戏剧与表演的精魂,是在千变万化的言语交锋与肢体碰撞中,演员的内心波涛剧烈翻涌,并将这股情感涟漪实时反馈给对手的复杂化学反应。演戏是有“流动之气”的。只要演员在某一句话上卡壳失误,后期单单把这一句话抽离出来重新念一遍贴进去,哪怕“字面上”分毫不差,原本奔涌的情感洪流也绝不可能分毫不差地复现——它绝不可能严丝合缝地嵌入此前积攒的戏剧势能之中。
原文
抜き録りの簡単な今のアニメは、極端な話、やろうとおもえば抜き録りだけで声はでき上がってしまう。そこには芝居や演技の流れがないから、セリフの1、2行がしゃべれれば、誰でも声優がやれてしまう。かくして、芝居や演技のできない、ルックスや聞き心地のいい声質だけの声優が蔓延することになる。彼ら、彼女らのセリフ回しは、芝居、演技ができないという意味でのワンパターン声優演技である。
译文
在数字拼贴分录如此便捷的当下动画界,说得极端一点,只要想做,靠着一句句单句修音,整部片子的声音就能拼装出厂。因为不需要承载绵密的戏剧流动,只要能念通顺一两行字,任何人都能堂而皇之当上“声优”。于是,毫无真正舞台戏剧功底、纯粹凭借姣好外貌或听上去抓耳讨喜的声线本钱的声优便泛滥成灾。他们的念白语调,从根本上说只是一种丧失表演深度的“千篇一律的模式化声优腔”。
“连市村正亲都不知道?!”——高级社交场里响起的嘲笑声
「市村正親、知らないの?」――夜の社交場で響いた笑い声
原文
『ポケモン』の劇場版としては、狙いは当然、興行の成功である。ミュウツーの声は、そのキー・ポイントのひとつである。しかし、監督の推薦した市村正親氏は、ほとんどのプロデューサーにとって無名の人だった。だがそれは、日本の演劇界をあまりに知らなさすぎたからだった。
译文
对于《宝可梦》开山首部剧场版而言,核心目标当然是不容有失的商业票房狂胜。而超梦的配音人选,正是决定胜负的最关键阵眼之一。然而汤山监督力推的市村正亲,在大部分动画制片人的脑海里却查无此人。然而,这纯粹只是因为这些整天混迹于电视动画商业圈的人,对真正的日本现代戏剧界过于孤陋寡闻罢了。
原文
あるプロデューサーは、バーだかクラブだか知らないが、そこのお姉ちゃん達(ビートたけし流の呼び方です)に聞いたそうである。「市村正親って知ってる?」と……。「嫌だ、市村正親、知らないの?」と、お姉ちゃん達から笑われたと、頭をかいていた。
译文
据说有位制片人在下班后去高档酒吧消遣时,抱着打探的心态随口问了店里见多识广的女侍应生们:“你们听说过一个叫市村正亲的演员吗?”结果女侍们当场噗嗤笑出了声,掩嘴嘲弄他道:“天哪!大叔,您连市村正亲是谁都不知道吗?!”那位平时不可一世的制片人被笑得满面通红,只得尴尬地挠着后脑勺。
原文
つまり、市村正親氏は、日本演劇界、特に日本のミュージカル世界のトップの1人といって過言ない大スターだったのである。TVにあまり露出しない舞台の人だから、アニメやドラマやアイドル系にしか視界がなかったプロデューサー達の目に入らなかっただけで、TVなんかどうでもいい演劇、ミュージカル好きの方達にとっては、市村正親氏の名は、知らないと馬鹿にされるような存在だったのである。
译文
换句话说,市村正亲先生在整个日本戏剧界、尤其是日本音乐剧的殿堂里,是当之无愧立于金字塔尖的超级巨擘!只因他是一位深耕于舞台艺术、极少在通俗电视综艺里露面的纯粹演员,才没有进入那些视野仅仅局限于通俗电视圈和偶像工业的制片人法眼;而对于那些热爱舞台剧与音乐剧的高水准观众而言,市村正亲这个名字,是如果不认识甚至会被当作缺乏基本文化修养而遭人取笑的泰斗神级人物。
《歌剧魅影》与超梦的宿命镜像:汤山邦彦监督惊人的艺术慧眼
『オペラ座の怪人』とミュウツー:湯山邦彦監督の恐るべき慧眼
原文
では、なぜ総監督が市村氏を推薦したかというと、おそらく氏がロイド・ウェバーのミュージカル「オペラ座の怪人」の日本版の主役だったからである。この総監督との作品で『魔法のプリンセス ミンキーモモ』があるが、この作品、色々なミュージカルをかなり意識していた。当然、日本の舞台ミュージカルも総監督の視野に入っていただろう。「オペラ座の怪人」の内容をここで述べるのは冗長になるので避けるが、主人公の才能がありながらも暗く屈折した人物像は、たしかに『ミュウツーの逆襲』のミュウツーと同質のものかもしれない。ミュウツー役に市村氏を起用しようとしたのは総監督の慧眼である。
译文
那么,汤山总监督究竟为何会力排众议坚定推荐市村先生?答案只有一个:因为市村正亲正是安德鲁·洛伊德·韦伯那部旷世音乐剧《歌剧魅影》日本版无可替代的开山主演“魅影(The Phantom)”!早年我与汤山监督合作《魔法小天使》(甜甜仙子)时,整部作品便极其深刻地汲取了音乐剧的艺术养分,日本顶级舞台剧自然始终在汤山监督的审美雷达之中。《歌剧魅影》的情节自不必赘述,但那位拥有着绝世天资却身躯畸形丑陋、只能困守在巴黎歌剧院地底暗无天日处发出绝望嘶吼的“魅影”,其灵魂深处的孤傲、屈折、痛苦与愤怒,与《超梦的逆袭》中伫立在新岛风暴孤堡中的超梦,是何其惊人一致的精神同构!决定起用市村正亲来饰演超梦,不得不叹服汤山总监督那穿透表象的惊世慧眼。
早已拟定的终局:“感觉好极了!”与“我究竟为何物”的终极自白
用意された結末:「いいかんじ〜!」と「自分とは何か」への回答
原文
総監督の要望が通り、市村氏のミュウツー役が決まって、なにより助かったのは僕だった。『ミュウツーの逆襲』のテーマは「自分とは何か?」である。作品の途中経過がどうなろうと、僕はラストにいれるセリフは決めていた。サトシ「でもなんで、おれたちこんなところにいるんだろう?」カスミ「さあ、いるんだからいるんでしょうね」ピカチュウ「ピカ」サトシ「ま、いいか」ピカチュウ「ピカ」
译文
监督的远见最终压服了制作委员会,市村先生饰演超梦尘埃落定,而从这桩决断中获得最大救赎与解脱的人,恰恰是我自己。《超梦的逆袭》核心主题永远只有一个:“我究竟为何物?我因何而存在?”无论剧本中途经历了怎样惊心动魄的风暴波折,我在很早之前就已经把整部电影全片最终落幕的定音台词死死焊定在了那里:小智:“不过说起来……我们为什么会身在这种地方呢?”小霞:“谁知道呢?既然我们此时此刻就在这里,那就在这里呗。”皮卡丘:“皮卡。”小智:“嘛,算了,无所谓啦!”皮卡丘:“皮卡!”
原文
そして、忘れ去られたようなロケット団トリオは、周りが何にもなくなっても、自分たちは生きている。だから……。「きれいさっぱり、いいかんじ〜!」ロケット団のラストの決まり文句は「やなかんじ〜!」で、この映画で初めて「いいかんじ〜!」が出てくるのである。「自分とは何か?」の答えは、これしか僕には用意できない。あとは皆さんご自分で考えてください……。
译文
而在风暴平息后仿佛被全世界遗忘在海角孤岛的火箭队三人组,环顾四周空无一物,却惊喜地发现自己还活生生立于天地之间。于是,他们面朝晴空发出了前所未有的畅快高呼:“什么都没了,清清爽爽,感觉好极了(いいかんじ〜!)!”火箭队在TV动画中每一集的退场口头禅永远是倒霉悲催的“感觉好讨厌啊(やなかんじ〜!)”,而在整部宝可梦历史上,这是他们第一次由衷喊出“感觉好极了”!面对“我究竟为何物”的终极哲学叩问,这便是我首藤刚志倾尽半生阅历所能为世人端出的唯一答案。至于剩下的千头万绪,就留给观众们在各自漫长的人生中自行去咂摸吧……
原文
で、『ミュウツーの逆襲』は終わるのだが、ファーストシーンが見つからなかった。だが、ミュウツーを市村氏がやることになり、僕としては、あまりに恥ずかしい……しかし、一度はやりたかったファーストシーンを書ける自信ができたのである。つづく
译文
结局既然已然确立,但如何拉开这部宏大史诗的第一幕,此前却始终悬而未决。然而,当市村正亲先生化身超梦的那一刻降临,我心头那点难为情的羞怯终于被一扫而空——我终于拥有了无可撼动的绝对自信,去执笔写下我这一生梦寐以求、无论如何都渴望在大银幕上呈现一次的震撼开场!(未完待续)
Archive record 档案信息
- Date
- 2008.12.17
- Source
- WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術――だれでもできる脚本家」第168回
- People
- 首藤刚志
- Game / Work
- 超梦的逆袭、宝可梦 动画系列、宝可梦 红·绿、魔法小天使
- Page
- 未标注
- Language
- ja
- Status
- published