2010 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」
[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第207回:“2010……既喜亦不喜”(银英病榻与自治医大往事、不着一字台词秘传、酒精依赖大拷问与真人版大和号狂想)
首藤刚志 × 后藤久美子 ×
汤山邦彦 × 木村拓哉 × 冲田十三 × 桥本忍 × 新藤兼人 × 达尔顿·特朗博 × 罗伯特·鲍特 × 莫里斯·拉威尔
第207回 2010……既喜亦不喜
2010年、僕にとっては「明けましておめでとうございます」と言って喜ぶ若さでもない。
迈入2010年,对于我这把年纪而言,早已过了能够没心没肺欢呼“新年快乐、恭贺新禧”的青葱岁月了。
38歳、『銀河英雄伝説』の第1作目の劇場版『わが逝くは星の大海』を書き終えた時、酒の飲みすぎかどうか知らないが血を吐いて、知り合いの世話で栃木県にある自治医科大学病院に1ヶ月入院した。
回想38岁那年,当我刚刚拼尽全力写完第一部剧场版《银河英雄传说:我的征途是星辰大海》的电影剧本时,不知究竟是因为嗜酒无度还是身体透支,当场大口吐血;在熟人牵线关照下,我被紧急送往位于栃木县的自治医科大学附属医院,足足住院卧床疗养了整整一个月。
僻地医療の医者を育てるために作られた知る人は知っている日本でも有名な病院である。
那是全日本业内皆知的著名医学殿堂,专门为了给全日本偏远偏僻山村孤岛培养扎根基层的全科名医而创办。
なにしろJRの駅名になっているほどだから、それこそ町全体に医療関係者が住んでいる感じで、病院の敷地は広大、敷地の森のような林には散歩道まである。病院本館の建物には上昇、下降、ふたつのエスカレーターがあるし、ガラス張りの渡り廊下はあるし、今でもSF映画のロケに使えそうな未来的な建築だった。
毕竟医院的名气大到直接化作了JR铁道车站的名字,整座城镇几乎放眼望去全是白衣医护人员的家眷聚落;医院占地极度辽阔,院区内那片茂密如森林般的树林深处甚至修筑了供人漫步的林间栈道。医院主楼宏伟气派,配备了上下双向自动扶梯,全玻璃幕墙的悬空连廊纵横交错,即便是放在今天,也完全可以直接当作科幻大片的取景地,是一座极具未来主义风格的宏伟建筑。
看護婦寮などまるで団地である。
至于护士单身宿舍楼,规模庞大得简直就像一座整齐划一的大型住宅公团小区。
そんな病院だから、患者のストレスも少なくあっという間に僕の病気は治り、ついでに体中、頭の中まで検査され、全く健康であると太鼓判を押されたのだが、そこで仲よくなったその病院のお医者さんや看護婦(今は看護師)さんたちと全快祝いで、タクシーで宇都宮まで行って、朝まで酒を飲んだ。
正因为置身于环境如此得天独厚的神仙医院,患者的精神压力极小,我的吐血旧疾转瞬间便奇迹般痊愈了;顺带着医生把我从头到脚、连同大脑内部里里外外彻底做了一遍全面大体检,并郑重拍着胸脯向我保证绝对百分之百健康无虞。然而,一等到办理康复出院,我和在住院期间打成一片的一众青年医生与护士(如今通称为护师)小姐姐们为了庆祝我彻底痊愈,竟然浩浩荡荡直接包下出租车一路杀向宇都宫市,通宵达旦狂饮烂醉到了天明!
……暇な人は地図で見てください。自治医大駅から宇都宮の距離である。栃木県には盛り場といえば、宇都宮か小山ぐらいである。気分を発散するには、小山より宇都宮の方がいい。宇都宮といえば餃子だが、それだけでなく、深夜営業で若い人が楽しく飲める場所も多い。
……有闲心的人不妨翻开地图查查,从自治医大站一路奔到宇都宫市到底有多远。整个栃木县能称得上繁华烟火闹市的,满打满算也就宇都宫或者小山市这两处地方。要想彻底宣泄压抑的心情,比起小山,当然还是宇都宫更为热闹过瘾。说起宇都宫大家往往只联想到饺子,但其实那里的深夜娱乐极其发达,供年轻人尽兴畅饮的不夜城酒肆林立。
余計なことだが、僕の知る若い看護婦さんたちは、日ごろのストレスの発散のためかやたら酒に強く若さゆえタフである。昼勤務、深夜勤務など、2交代、3交代の不規則な仕事で、同じような不規則な仕事には国際線のスチュワーデス(キャビンアテンダント)があるが、彼女たちと恋愛などする時には、その不規則な勤務に対応できる体力が僕らにも必要とされるから、心しておくことだ。
顺带聊句闲篇:据我所知,这群年轻的女护士大概是为了排解日常直面生死的高压苦闷,酒量出奇得惊人海量,而且仰仗着青春资本个个精力充沛、皮实耐造。白班、夜班、两班倒、三班倒,作息极度颠三倒四;类似的职业还有国际航班的空姐(空中乘务员)。男同胞们若是打算跟这群姑娘谈恋爱,你自己首先就必须具备足以跟得上她们那种颠倒作息的钢铁体力与耐力,这可是过来人的金玉良言,务必牢记在心。
今だから言えるが、ある看護婦さんから夜の10時頃、東京の仕事場に人生相談風(?)の電話がかかってきて、次の日の午前4時ごろまで話をしていたら、急に相手の声が聞こえなくなった。こちらが何と言おうとうんともすんとも言わない。いったん電話を切ってかけ直したら話し中である。
事到如今终于可以坦白了:当年曾有一位女护士在晚上十点左右,把电话打到了我位于东京的个人工作室,美其名曰找我进行所谓的‘人生解惑咨询’(?)。我们两人隔着听筒一直天南海北地畅聊到了次日凌晨四点;突然间,电话那头毫无征兆地彻底没了声息。无论我对着话筒怎么呼唤‘喂喂’,对面连半点呼吸声都听不见。我只得先挂断电话再重新拨回去,结果听筒里传来的却是无休止的忙音。
余計なことだが、その看護婦さんは寮の個室住まいで、自分の電話を持っている。電話といってもケータイはまだない普通の電話の時代である。留守番電話はあったが、まあ、そんなことはどうでもいい。
插一句说明:那位女护士住在宿舍的单间里,拉了专属的私人座机电话。不过那是连移动手机都尚未普及的纯固定电话时代,虽然有电话答录机,不过那些细枝末节倒也无关紧要。
電話が話し中である以上、他の誰かと電話しているのかもしれない。まさか看護婦寮の寮長さんに、その看護婦さんの様子を見に行ってくださいとも連絡できない。なにしろ、深夜の4時である。変な男からの電話で、その看護婦さんに妙なうわさがたっても困る。
既然一直占线,就说明电话线确实通着,搞不好她是在跟别人通话?但我总不可能大半夜去敲护士宿舍舍监阿姨的门,拜托人家‘赶紧去那姑娘房间看看出什么事了’吧。毕竟当时可是深更半夜凌晨四点,若是被一个来路不明的陌生大叔半夜查寝,给人家黄花闺女招来风言风语可就造了大孽了。
どうしたものかと思いつつ何度も電話したが、ずっと話し中……ぷーぷーぷー、である。
我一边在屋里团团转不知所措,一边隔几分钟就重新拨打一次;但听筒里传来的永远是冰冷的忙音——嘟、嘟、嘟……
やがて、外が白々と明るくなり、もういいや、朝の勤務時間になったら病院に電話しよう……と思ったら、午前7時過ぎに電話がかかってきた。
不知不觉间,窗外的天际已然泛起了鱼肚白。我心想‘算了,等熬到早上正式交接班时间,我再往医院前台打电话询问吧……’;然而就在早晨七点刚过的时候,我的座机电话突然铃声大作。
「ごめんなさい。電話している途中で眠っちゃいました」
“真是太对不起您了!我聊着聊着……不知不觉就握着话筒直接睡着了。”
つまり、僕と話しているうちに睡魔に襲われ受話器を持ったまま、眠ってしまったというのである。僕の電話は子守唄か、と言いたかったが、彼女たちの日ごろの激務を考えると「で、今は大丈夫?」としか言えなかった。
原来,在跟我通电话的过程中,排山倒海的困意彻底吞噬了她,她就这么死死把听筒攥在耳边直接昏睡了过去!我原本很想自嘲反问一句“难道老子讲的废话就这么像催眠摇篮曲吗?”,但一想到她们平日里那种非人的超负荷高压劳作,话到嘴边我也只能温柔地问上一句:“那……你现在身体吃得消吗?”
「ええ、ちょっと眠いけど、これから仕事ですから」なんだか晴れやかな声である。
“嗯!虽然还是有一点点困,不过我马上就要去打卡上早班啦!”——听筒里的声音不知为何听起来格外神清气爽、明媚如初阳。
この看護婦さん、病院ではいつもにこやかでてきぱきして、患者たちからも評判がよかった。
这位女护士在整座医院里永远挂着如沐春风的灿烂笑容,做事干脆利落、麻利周到,在广大病患之间口碑极佳。
当時、後藤久美子という国民的美少女がいたが、その看護婦さん、自治医大のゴクミと呼ばれていた。
在那个年代,红透半边天的昭和“国民美少女”名叫后藤久美子;而这位俏丽的小护士,在私底下便被全院公推尊称为“自治医大的后藤久美子”。
で、僕、当時38歳、彼女22歳……ついていけねえ、と思いつつの、宇都宮で深夜の飲み会である。
彼时的我,恰好三十八岁;而她,芳龄正值二十二岁……虽然我嘴上暗自苦笑“这代沟哪里跟得上啊”,但一转头还是乐颠颠地跑去宇都宫跟她们扎堆通宵买醉。
ちなみに、僕がこの看護婦さんに最初に言った台詞は、彼女と病院の廊下ですれ違った時……。
顺带一提,我当年跟这位美女护士初次邂逅、在医院走廊里擦肩而过时,对她脱口而出的第一句台词是这样的——
「あ……看護婦さん」振り返る彼女に「あなたの目……猫の目だね」
“啊……护士小姐。”面对她惊诧驻足的回眸,我淡淡地抛出一句:“你的眼睛……长得好像猫咪的眼睛啊。”
何と答えたらいいか分からない様子の彼女に「いや、ただ、そう感じただけ……じゃあ」
看着她一时间手足无措不知如何作答的娇俏模样,我随口补了一句:“没什么,纯粹是我心头一闪而过的直觉罢了……回见。”
そう言って少し微笑んで、軽く会釈してそのまま振り返らずに立ち去る。
说完,我微微扬起一丝微笑,礼貌性地欠身致意,随后头也不回地从容离去。
ところで、これが脚本だとして、その後のシーンに、自治医大のゴクミが僕に聞く
诸位且慢!假若这是一出舞台戏剧或者影视剧本,在接下来的桥段里,如果让这位“自治医大后藤久美子”扭过头来主动追问我:
ゴクミ「どうして、わたしの目を猫の目だと感じたんですか?」
后藤久美子:“您刚才为什么会觉得……我的眼睛长得像猫的眼睛呢?”
などという台詞は、絶対書いちゃいけません。
——诸君,这种狗血弱智的直白台词,身为主笔编剧是绝对、绝对严禁写进剧本里的!
事実、自治医大のゴクミは、そのことについてその後も一切、僕に言わなかった。
现实之中,那位“医大久美子”在此后的岁月里,也确实从始至终未曾对我提起过那个字眼半句。
どうしても書きたいなら、
如果编剧在剧本里非要给个镜头反应不可,那正确的写法应当是:
ゴクミ「……」
后藤久美子:“…………”
少し間をおいて、ゴクミ、僕の後ろ姿に肩をすくめる……で十分。
【镜头在稍作留白停顿后,后藤久美子望着我渐渐远去的背影,有些无可奈何地耸了耸肩……】——仅此而已,便已胜过千言万语!
脚本なら、この後、深夜の人生相談電話に続けても不自然ではないはずだ。
若是按这样的剧作留白铺垫,后续即便顺理成章切入深夜长达数小时的知心人生长谈电话,在叙事逻辑上也丝毫不显唐突突兀。
さて、僕は脚本家である。当時は『まんがはじめて物語』と『魔法のプリンセス ミンキーモモ』、そして『戦国魔神ゴーショーグン』のヒロイン・レミー島田と「美しい」が口癖の変な悪役ブンドルの作者である。
话说回来,我好歹也是个正儿八经的职业编剧。在那个时代,我早已是家喻户晓的《漫画日本史》(漫画发现之旅)、初代魔法少女巅峰《魔法小天使》(甜甜仙子),以及在《战国魔神豪将军》中一手塑造了传奇女主角雷米·岛田与整天把“优雅唯美”挂在嘴边的怪盗反派本德尔大将的原作编剧。
ほとんどの看護婦さんがアニメなんか見てはいないのだが、ほんのちょっぴり、子供向け番組としての噂だけはあったようだ。
虽说这帮年轻女护士平日里根本不怎么看深夜动画,但对于这些老少咸宜的人气名作,好歹在街坊邻里的小道传闻中还是有所耳闻的。
大病院である。小児科だってあるのだ。子供たちには『ガンダム』より『まんがはじめて物語』のモグタンのほうが有名だった時代である。
毕竟那是综合性三甲大医院,院内设有庞大的小儿科门诊。在那个纯真年代,对于广大懵懂稚童而言,《漫画日本史》里那只穿越时空的粉红鼹鼠莫古坦,知名度甚至远远碾压横行天下的《机动战士高达》!
そこに、看護婦さんたちにとってはめったに出会うことのない、脚本家という職業の患者が入院である。
在这样的一间病房里,突然住进来了一个在护士们日常生活中几乎一辈子难得一见的“职业动画编剧”大活人。
脚本という言葉すらめったに聞かない。珍しいから興味を持つ。お医者さんだって興味を持つ。
寻常百姓平日里连‘剧本编剧’这四个字都鲜少耳闻,物以稀为贵,自然人人都对我充满了无尽的好奇,就连主治大夫们也常常饶有兴致地跑来搭话。
で、昔の僕は女性とお話しするのが下手ではなかった。そのせいか看護婦さんたちは忙しい中、よく僕と話をしてくれた。
再加上早年的我跟年轻姑娘打起交道来向来算不上笨拙木讷,或许是托了这份口才的福,护士们即便在万忙之中,也极其乐意抽空跑来同我天南海北地闲聊。
退院後も、通院を兼ねて看護婦さんたちやお医者さんたちの主要メンバーと宇都宮で飲み会になってしまった。
甚至在康复出院之后,我每次借着定期回院复查的契机,都会顺理成章地把这帮医生护士骨干全部拽去宇都宫大喝一场。
僕も調子がいい男である。自分でもあきれる。
不得不承认,我首藤年轻时也确实是个极其善于蹬鼻子上脸、见缝插针的油滑之徒,回想起来连我自己都感到哭笑不得。
看護婦さんたちの名前を聞いて、「いい名前だね。僕の書く登場人物の名前に使ってもいいかな?」
打听完各位女护士的闺名,我张口就来:“多动听的名字啊!能允许我借用在下一部新动画的登场角色身上吗?”
『アイドル天使ようこそようこ』や『超くせになりそう』のゲストの女の子の名には、その看護婦さんたちの名前が出てくる。
于是,在后来的《偶像天使阳子》(小俏妞)以及《非常偶像要尝尝》(超癖)等作品里,客串登场的众多可爱美少女配角,其实全都被我原汁原味冠上了那家医院女护士们的真实大名!
おまけに『まんがはじめて物語』の「看護婦編」では、看護婦寮の中をロケさせてもらい、彼女たちに出演してもらった。
不仅如此,在筹拍《漫画日本史》的“白衣护士科普特辑”时,我还大摇大摆地把摄制组直接拉进了医院护士宿舍楼内部实地取景,甚至力邀她们本色客串出镜亮相。
あいにく、自治医大のゴクミは仕事中でそのシーンには出演していない。
只可惜那位名动全院的“自治医大后藤久美子”当时恰好正在重症监护室当值轮班,未能赶上那次客串镜头。
「今どんなものを作っているんですか?」と、彼女たちから当然訊かれる。
姑娘们自然少不了扑闪着大眼睛好奇追问:“首藤老师,您眼下正在捣腾什么了不起的大神作呀?”
「クライマックスにラヴェルのボレロをぶっとおしに流す宇宙戦争アニメ」……『銀河英雄伝説』のアニメのことである。
“一部在大决战最高潮时刻,从头到尾一气呵成狂轰滥炸莫里斯·拉威尔《波莱罗舞曲》长达十几分钟的史诗级浩瀚宇宙星际大战动画。”——我当时指的,自然就是名垂青史的《银河英雄传说》。
「ボレロですか……わたし、パバーヌが好きです」と、自治医大のゴクミが目を輝かして言ったので、パバーヌ、なんじゃそりゃ……と思ったが、口には出さずにCDで聞けば、えらく聞きなれたラヴェルの曲「亡き王女のパバーヌ」だったので、
“《波莱罗》吗……比起那个,其实我更偏爱《帕凡舞曲》(Pavane)呢。”听到医大久美子眸中闪烁着光芒如此轻语,我心头暗自咯噔一下:“帕凡?那他娘的到底是个什么冷门洋玩意儿……?”但我表面上故作深沉不动声色,回东京后赶紧找来CD一听,才发觉竟然是我耳熟能详至极的拉威尔另一首传世神曲《悼念公主的帕凡舞曲》(Pavane pour une infante défunte)!
「いつか、その曲をモチーフにしたものを書くよ。君へのプレゼントだと思ってくれていい」
于是再次碰面时,我当场大放厥词:“有朝一日,我一定会以这首曲子为核心灵魂母题专门写一部作品——你就全当是我送给你的私人专属厚礼吧!”
歯の浮くようなことを、とみなさんあきれるだろうが、昔の僕はそういう台詞が自然に出てくるのである。
读者诸君读到这里恐怕早已被肉麻得浑身直起鸡皮疙瘩、嗤之以鼻了吧;然而当年的我,这种撩拨心弦的油滑情话当真是张口就来、无比浑然天成。
それが数年後『戦国魔神ゴーショーグン』番外編「美しき黄昏のパバーヌ」という小説になり、後書きにちょっとだけその看護婦さんのことを書いてある。
而这份随口许下的豪言,在数年之后竟然真的化作了《战国魔神豪将军》的官方外传文库小说——《美丽黄昏的帕凡舞曲》;在全书的卷末后记里,我还当真悄悄给那位女护士留下了一笔意味深长的致意墨宝。
ぼくはここで、女性の口説き方を書いているわけではないし、その人と何かがあったわけでもない。
我在此处可绝不是在向读者大肆传授什么撩妹泡妞的下流心经,更没有与那位佳人发生过任何逾矩的风月之事。
ようするに耳を澄ませば、物語の発想のもとは、どこにでも転がっているということである。
我真正想借此阐明的是:只要你肯竖起耳朵悉心倾听世间百态,故事创作的源头活水,在生活的每一个角落里其实俯拾皆是。
そして、言わせてもらえれば、僕自身あえて意識していたわけではないが、今考えると、言いたいことを台詞にするのが脚本の台詞ではなく、言いたいことを言わないのが上手い脚本の台詞だと言えるかもしれない。
不仅如此,容我借题发挥吐露一句至理名言:当年我虽未曾刻意形诸于理论,但时至今日反刍复盘,我深信——将心底想要表达的意思直截了当借角色之口和盘托出,那根本算不上合格的剧本台词;唯有千方百计把最想说的话死死压在喉咙深处咽下去、于无声处听惊雷的极度克制与留白,才是真正臻于化境的顶级剧作台词!
ついでに余談の豆知識、もし、あなたが入院する時は、口もきけないほど苦しい場合は別として、無理をしてでも最初の担当の看護師にできるだけいい印象を与えるようにしよう。最初の担当は、患者の症状と同時にその人の印象を次の担当に申し渡しとしてメモのようなものを書いて伝える。
顺便奉送一条受用终身的就医冷知识锦囊:假如诸君不幸罹患重病需要住院,除非疼到连话都说不出来的垂死关头,哪怕拼了老命咬紧牙关,也务必请在第一时间给你的第一任主责护士留下尽可能完美的极佳印象!因为第一任交接班护士,在书写病历交班备忘录时,除了客观记录病理指征外,必定会极其主观地将对这位患者的第一人格印象作为核心附注白纸黑字移交给下一班护士。
気難しそうとか。怒りっぽいとか。気のよさそうな人とか初見の感じを伝え、患者への対処の仕方を決めるのである。
“此人性格乖戾挑剔”、“脾气暴躁易怒”、“为人随和面善”……这种初次见面的第一直觉,直接决定了全科室护士团队后续对这名病患的根本应对基调。
最初の申し渡しのメモに感じが悪いと書いてあったが、次の担当が接したら意外といい人だった……とは残念ながら、まずならない。
倘若在第一任护士的交班备忘录上被定性成了“面目可憎、难伺候的刺头”,指望后续接班的护士在实际接触中逆转风评、恍然大悟觉得“哎呀其实这人挺好的”……很遗憾,在极其残酷的临床现实中,这种奇迹概率基本等于零!
最初の印象で、患者に対する接し方が決まる場合が多い……と僕は思う(と書いておかなければ、うちの病院は違うという反論がでそうだから、書いておく)。
在绝大多数情况下,入院第一印象几乎直接焊死了往后漫长病榻生涯中全员对你的态度基调……至少我首藤是如此深信不疑的(当然必须严正声明这纯属我一家之言,省得又有哪家公立大医院跳出来义愤填膺地反驳抗议)。
僕の場合でも、入院1週間目で初めて会った――その間休暇を取っていた――看護婦さんが、やたら親切だったことがあり、後で酒を飲みながら聞いたら、申し合わせの書類を読んで、なんとなくいいイメージを持って僕の看護にきたそうである。
就拿我当年的亲身经历来说:住院整整一周后我才初次打照面的一位女护士——此前她一直休假外出——对我出奇地无微不至、体贴入微;后来大家一起在酒桌上推杯换盏时我好奇询问,她才笑着坦白:她在回院翻看交班病历档案时,看到上面对我清一色的极佳好评,于是满怀着美好的先入为主印象前来接手看护我。
僕を最初に担当してくれた看護師に感謝したいなと言ったら、たまたまその酒の場にいて「脚本家なんてお仕事の人はじめてだったから、わたし大目に見たんですう」などと言って笑った。続いて「なのに、最初が私だったこと、覚えてないんでしょう」と、ちょっとだけ睨まれた。
我由衷感叹道:“真想好好当面叩谢最初接诊我的那位首任护士小姐啊!”谁知那位姑娘恰好就在同一张酒桌上,闻言当场噗嗤笑出声来:“那是因为我生平头一回遇上吃‘编剧’这碗饭的稀罕活人,所以当年才对您网开一面、格外手下留情呀~”紧接着她话锋一转,略带幽怨地白了我一眼:“亏得我对您这么好,您居然压根连第一任护士是我都记不得了呢!”
そういえば、自治医大のゴクミも最初の担当ではなかった。
仔细想来,名动全院的“自治医大后藤久美子”,也确实并非我的第一任交班护士。
医者は、患者の症状を見て(または看護師から聞き)、その病気の治癒を目指す。
大夫的本职,是紧盯着病理化验单与各项临床体征(或者向护士调查询问),全神贯注致力于将生理疾病彻底根治扑灭。
看護師は患者の症状とともに、性格も見ている。そしてそれを交代する次の看護師に伝える。
而护士在密切监控病情的过程中,更在时刻洞察着这位病患隐藏在皮囊之下的真实性格脾气;并一丝不苟地将这些心性情报全盘传递给轮班换岗的下一任同侪。
ようするに、最初の看護師への印象がいいと、引き継ぎの看護師の患者への対処もよくなるのである。それが、次へ次へとつながっていく。
简而言之,只要你在一开始给第一任护士留下了极好的口碑印象,接棒的护士对你的照料与宽容度便会呈现滚雪球般的良性递增,这一善意链条将一路无缝传递下去。
医者は病気を治せばいいが、看護師は患者の面倒をみなければならない。
医生只需负责开刀下药治好绝症即可,而护士却必须事无巨细、端屎送尿照料患者在病榻上的吃喝拉撒与喜怒哀乐。
看護師も人間であり、看護は楽な仕事ではない。
护士归根结底也是肉体凡胎的普通凡人,临床护理工作绝非什么轻轻松松的悠闲差事。
同じ面倒をみるなら、気持ちのいい患者のほうがいいに決まっている。
既然横竖都要倾注心血端茶递水,任谁用脚指头想,肯定都巴不得伺候一个态度令人如沐春风的通情达理之人。
しかも、昔ほどではなくとも過酷な看護師の仕事は、始めて3年がひとつのめどだと言われている。
况且,即便放眼今天环境有所改善,残酷的临床看护行当里,入职头三年向来被视作一道决定生死的严苛分水岭大关。
看護師になって3年目で仕事に疲れ止めていく人が多い。結果、看護師の仕事は、ベテランが少なく若い人が圧倒的に多いのである。
大批满怀理想入行的白衣少女,在熬到第三个年头时往往被身心俱疲的繁重劳役彻底压垮、纷纷黯然辞职转行。其直接后果,便导致整个护理队伍中沉稳老练的资深骨干严重断层,而懵懵懂懂的年轻新手在临床一线占据了压倒性的绝大多数比例。
看護師については、準看とか大学出とか、色々な問題があるようだが、ここではふれない。
关于日本护理体系内部准护士与正规本科护士之间的阶级隔阂与制度弊端,水深得很,在此我就不再过多置喙了。
いずれにしろ看護に誇りを持ち、「白衣の天使」を必死でやってくれているが、日常の感情はどこにでもいる普通の若い人なのだ。
无论如何,她们固然对自己的神圣天职抱有无上骄傲、在岗位上拼死扮演着‘白衣天使’的角色;但在退去那身制服的日常生活里,她们本质上不过是拥有着七情六欲、随处可见的平凡妙龄少女罢了。
しかも女性が多い。
更何况清一色都是如花似玉的年轻女性。
ガールフレンドと会う時のように好感度をあげておこう。
既然如此,住院期间就像奔赴与心仪女友的约会那样,尽可能把自己的绅士好感度刷到极致吧!
話を元に戻す。
言归正传,收回话题。
宇都宮で、20代の女の子たちと40近いおじさんが、「38歳なんて全然おじさんじゃないですよう」なんて言われながらも、午前様でウイスキーのボトルをぽんぽん開けるのは、流石に無理があると思った。
在深夜的宇都宫街头,一个年近不惑的三十八岁半老油腻大叔,被一群二十出头的妙龄少女围在中央,听着她们娇滴滴奉承着“三十八岁哪算什么大叔呀明明超年轻帅气好不好”,随后在一片哄笑声中一瓶接一瓶嘭嘭拔开烈性威士忌的酒塞暴饮——回想起来,这幅画面横看竖看都透着一股滑稽至极的荒诞与勉强。
しかも全然酔わない。どんどん飲めてしまう。
可不可思议的是,无论灌下去多少烈酒,我竟然完全没有一丝一毫的醉意,甚至还能如同无底洞般一杯接一杯地猛烈鲸吞。
「僕、アル中じゃないのか?」
“我首藤……该不会早他娘的彻底沦为一个无可救药的‘酒精中毒者’(酒精依赖症患者)了吧?!”
何度も自分を疑う。
我无数次在内心深处对自己发出灵魂战栗的极度怀疑。
救いは、飲んでいる相手が僕の体調を知っている医者と看護師であることだ。
唯一能够稍微宽慰自欺欺人的,是此刻陪我拼酒畅饮的伙伴,恰恰是对我的肝功能与各项病理指标了如指掌的当值医生与护士们。
僕がアル中ならば。僕に酒を飲ますはずがない。もっとも、一緒に酒を飲んでいる医者も看護師の人たちも内科専門である。精神科ではない。
如果我真的是一个重度酒精成瘾者,这帮白衣天使总不可能眼睁睁纵容我自寻死路、拼命劝酒灌酒吧?然而转念一想,陪我同桌狂饮的这帮大夫护士全都是纯粹的‘内科专家’,根本不是专门研究心智病理的‘精神科医生’。
アル中、いわゆるアルコール依存は精神科の分野とされている。
而所谓的酗酒成瘾、酒精依赖症,在现代医学体系中向来被划归为纯粹的精神精神科核心诊疗范畴。
「アルコール依存症には思えないけれど、気になるならば……早期に直すほうがいいに違いないし、いわゆる精神科、心療内科は脚本の仕事の参考なるかもしれないですね」と内科の名医は言う。
同桌的那位内科名医对我坦言:“虽然打眼看去您怎么都不像典型的酒精成瘾者,但若是您心里实在犯嘀咕……早做系统排查治疗总归有益无害;况且接触一下精神科与心身医学科的内幕,搞不好还能为您将来的剧本创作积累绝佳的一手素材呢不是?”
で、日本一、いや世界一かもしれないアルコール治療病院を教えてもらった。
于是,他热心地向我引荐了一座号称全日本第一、乃至在全世界都享有盛誉的顶级酒精依赖症专科戒断医院。
しかし、診察を受け、なかば強引に入院もさせてもらったが、実際はアルコール依存症かどうかよく分からないのである。
然而,当我正式接受了全面精神医学诊断、甚至半推半就强行办理了住院戒断之后,专家们最终面面相觑,压根搞不清我首藤到底算不算真正的‘酒精依赖症’!
そりゃ酒を飲みすぎれば内臓を痛める。当り前である。けれど、危ない検査結果になれば、酒をやめてしまう。
酗酒过度自然会重创五脏六腑,这是天地至理。但我这个人极其诡异的一点在于:只要体检化验单上一旦冒出‘濒临危险指标’的刺眼红字,我便能瞬间毫不犹豫地把酒杯彻底扔到一边、滴酒不沾!
アルコール依存症特有の禁断症状もない。分かったのは、アルコールというよりタバコの依存症ということだ。
酒精成瘾者病理上典型的谵妄、痉挛、浑身发抖等戒断综合征,在我身上连个影子都没出现过。一番折腾下来唯一确诊的铁证,是我对酒精的依恋反倒远不如我对尼古丁香烟那深入骨髓的极度成瘾!
日本有数の精神科医の方の治療も受けた。その医者と禅問答のような話を続けた結果、やたらと精神医学に詳しくなった。
在那段日子里,我甚至有幸接受了全日本数一数二的泰斗级精神科专家的深度心理治疗。我同那位顶尖大师整日整夜如同佛门参禅打机锋般展开漫无边际的心灵对谈,其直接后果,便是我莫名其妙对整套深奥晦涩的现代精神医学体系变得了如指掌、精明如斯。
精神が完全にどこかに行ってしまった人は確かにいる。
在这世上,确实存在着灵魂被彻底抽离、精神世界早已化作荒芜死海的真正重症病患。
一方で、精神がふらふらしている人もやたらと増えている。病気でないのに病気だと思い込んでいる人もいる。
但与此同时,如今大都市里精神涣散、整日神神叨叨漂浮不定的迷茫之徒也在呈几何级数疯狂暴增;甚至有大批压根毫无器质性病变的健康常人,整日魔怔般死死坚信自己罹患了无可救药的绝症精神病。
その結果、精神科や心療内科が大繁盛である。
其荒诞的结果,便是全日本各大医院的精神科与心身医学科门庭若市、赚得盆满钵满。
ならば、物書きも大繁盛していいはずである。
既然如此,依照同样的逻辑,我们这些伏案码字的职业文人,理应也跟着一起大红大紫、门庭若市才对啊!
なぜなら、物を書くということは、人の心を描くことだともいえるからだ。
因为所谓‘执笔写作’的终极本质,归根结底无非就是剖析与描摹变幻莫测的幽微人心罢了。
物書きというのは、精神分析にたけている人か、病気である自分の心を表現できる人だろう。
一个真正的文人编剧,要么是精通深度精神分析的大师,要么就是一个能够将自身病入膏肓的扭曲灵魂毫无保留撕裂宣泄于笔端的疯魔信徒!
ところで、自分が病気ではないと思い込んでいることが、病気の証拠だとよくいわれる。これを否認と呼ぶ。
不过话说回来,在成瘾精神医学界有一条著名铁律:越是矢口否认自己有病、坚称自己绝对健康的执念,往往本身就是重症患者最具代表性的病态铁证——在专业术语中,这被称之为‘否认机制’(Denial)。
僕は自分をなんらかの病気だとは思っている。じゃあ僕は何の病気なんだ?
可问题在于,我首藤向来由衷坚信自己必定浑身缠绕着某种不知名的可怕怪病;既然如此,我首藤得的到底是什么病啊?!
アルコール依存症者の平均寿命は52歳である。
根据医学权威统计,酒精依赖症患者的全国平均寿命,仅仅只有残酷至极的‘五十二岁’。
40代の頃、「あんたが52歳以上生きたら、アルコール依存症じゃあないかも」などと言われたこともある。
在四十岁出头那段至暗岁月里,曾有同侪冷笑着对我半开玩笑半下通牒:“首藤啊,假若你这把老骨头将来真能平平安安熬过五十二岁的大限,那或许才说明你压根不是什么酒精依赖症吧!”
実際、僕の40代の知人でアルコール依存症と言われた人は今、誰も生きていない。
残酷的现实是:当年我那些被确诊为酒精成瘾的四十岁左右的知己文人朋友,如今放眼望去,竟然无一人尚存于人世,全都在阎罗殿前英年早逝了!
けれど、僕はアルコール依存症者の平均寿命をずいぶん超えて、アラ還になってしまった。
然而奇迹的是,我首藤刚志不仅远远跨越了那道52岁的死神平均线,甚至磕磕绊绊一路熬到了如今即将跨入耳顺之年的花甲之岁(Around 60)。
これをアル還と呼ぶのだろうか?
世人把年近六十戏称为‘阿六’(Around 60),那像我这种从酒精地狱爬回来的还魂之人,是不是应当被戏称为‘阿酒六’(Alcohol 60)呢?
僕が知るアラカンは嵐寛寿郎……鞍馬天狗である(知っていますか? 正義の味方ですよ)。
在我的昭和记忆里,所谓的‘阿宽’永远特指影坛泰斗岚宽寿郎先生……也就是家喻户晓的孤胆英雄‘鞍马天狗’(大家还记得吗?那可是替天行道、惩恶扬善的正义化身啊)。
しかし、2010年、正義の刃は、悪を切り裂けるのか?
可是迈入这混沌灰暗的2010年,正义的孤绝利刃,当真还能劈得开这漫无边际的人世恶浊吗?
ま、やるだけはやってみるが……。
罢罢罢,事已至此,唯有倾尽残生硬着头皮走一步看一步了……
本来、1999年に『ポケモン』をあと10年以上やりたいと総監督に言われて、びっくりしてぶっ倒れた――けっして、それだけが僕が倒れた理由ではありませんが――その後のことを書くべきなのでしょうが、年明けですから、お屠蘇気分でアルコールのことを、実際には飲まなかったので書いてみました。あ、それと、脚本を書くときに参考になりそうなことも書いてあるのもお忘れなく……。
按理说,这篇专栏本应紧承上文,详述1999年听闻汤山总监督斩钉截铁宣称“《宝可梦》还要再干十几年”后、我当场吓得眼前一黑昏厥倒地——当然,这绝非导致我肉体彻底崩塌的唯一导火索——被救护车拉走之后的惊险后话;但既然恰逢新年伊始,乘着欢度新春屠苏酒的喜庆气氛(虽说现实中我滴酒未沾),索性就放纵笔墨聊了聊关于酒精与生死的荒唐往事。啊对了,诸位可千万别忽略了字里行间顺带传授给大家的那些千金难买的剧作秘传心经哦……
つづく
(待续)
●昨日的我(比起近况近报,更像人人都能当的编剧杂谈)
ここに書いた著作権関係についても、脚本アーカイブについても、知人から言われた。
关于我在上期专栏里炮轰的编剧版权维权黑幕以及虚妄的剧本档案馆闹剧,有位业内老友在读完后私下找我搭话。
どーだっていいじゃない、人それぞれ考え方が違うんだから、好きにやらせておけば……。それより、今の若い人たちの不勉強を指摘しなさいよ。ドルトン・トランボも、ロバート・ボルトも知らない若い衆に、脚本の話をしてもどこかのカルチャーセンターのゆとりぼうやを相手にしているようで空しいだけよ。
“那种破事管它作甚!反正人各有志,各人有各人的算盘,由着那帮遗老折腾去便是了……比起这个,首藤啊,你更应该狠狠痛斥当今这帮年轻后生不学无术的堕落嘴脸!对着这群连达尔顿·特朗博(Dalton Trumbo)是谁、连罗伯特·鲍特(Robert Bolt)大名都闻所未闻的无知小辈大谈特谈什么剧作哲学,简直就像是在市民文化夜校里伺候一帮脑子空空的宽松世代少爷,除了徒增虚无与悲凉之外还有什么意义?!”
確かにねえ……。この知人、橋本忍氏の名を聞けば、「私は貝になりたい」を観た私が貝になりたい、新藤兼人氏は「裸の島」で無声映画作っていればいい、と言いきるような人だから、その気持ちは分かる気がする。日本アカデミー賞の候補作だって、おおまけにまけて「ディア・ドクター」、候補になるはずもないケータイ映画の「天使の恋」のほうが、かーいい女の子が出ているだけましってなもんよ……であります。
确实言之成理啊……这位熟人向来眼高于顶、尖酸刻薄至极:一听到黑泽明黄金搭档桥本忍的名号,便冷笑着嘲讽‘当年看了《我想成为贝壳》,恶心得我自己都恨不得当场变成缩头贝壳’;提及一代泰斗新藤兼人,更是轻蔑断言‘他老人家老老实实在《裸之岛》里拍他的哑巴默片就谢天谢地了’——对于这样一个孤傲之辈的心境,我倒是深有体会。按他的暴论,当今日本电影学院奖那些提名的所谓大片,满打满算勉为其难也就一部《亲爱的医生》(Dear Doctor)稍微能入眼;至于绝无可能入围的手机文学改编俗片《天使之恋》,在他口中好歹还算‘至少屏幕里蹦跶着娇滴滴的漂亮水灵姑娘,总比那些装模作样的老古董大烂片强上一万倍’……云云。
で、僕は僕で、すごいものを観た。大晦日、TVで紅白歌合戦の後、12チャンネルのジルベスターコンサートを見るのが恒例なのだが、カウントダウンの曲がホルストの「惑星」の「木星」で、宇宙衛星から野口さんの中継リクエストがあり、宇宙気分満点でいい感じのところに、出てきたのだ。
至于我自己呢,在这个除夕岁末同样撞见了一幅震撼至极的奇观。大年三十夜里,在电视上看完了NHK红白歌会之后,守着东京电视台12频道收看经典的‘除夕跨年古典音乐会’向来是我的雷打不动惯例。那晚倒计时的压轴乐章是古斯塔夫·霍尔斯特的《行星组曲》之《木星》,紧接着连线了正在国际空间站执行任务的宇航员野口聪一先生送上新年跨年祝福;就在全场洋溢着漫无边际的浩瀚宇宙漫游情调、氛围堪称绝美的一刹那,荧屏上突然杀出了一幕惊天神物!
キムタク君の古代くんがマジ顔で、コスプレ気分満点の沖田艦長がわらかしてくれて、「ドカーン」。わずか1分ほどで現実世界の銀河系を吹き飛ばしてくれた。そう、実写版「宇宙戦艦ヤマト」の予告スポットだ。そして昨日観た「アバター」というベトナム戦争時代の西部劇のような、原住民さん侵略してごめんなさい風反省SFにも、キムタク古代くん登場の予告編が「ドカーン」。
只见堂堂国民巨星木村拓哉小哥顶着一脸严肃决绝的冷峻杀气化身‘古代进’,身旁配上满身浓烈漫展Cosplay质感的冲田十三老舰长滑稽逗趣,伴随着震耳欲聋的‘轰隆轰隆’连环大爆炸——短短不到一分钟的预告片,瞬间把现实世界里的浩瀚银河系炸得灰飞烟灭!没错,这正是山崎贵执导的真人院线电影版《宇宙战舰大和号》的先导预告炸弹!更有甚者,昨天我去影院观赏詹姆斯·卡梅隆那部宛如把越战时代套皮进西部拓荒片、骨子里充斥着‘强占了原住民地盘真对不起大家啊’的反思向好莱坞科幻巨制《阿凡达》时,大银幕开场前赫然又是木村拓哉版古代进横空出世、‘轰隆隆’狂轰滥炸的同一版预告片!
「アバター」も吹っ飛び、今や日本映画の運命は、実写かアニメかコスプレか? わけのわからん宇宙戦争映画次第のようです。まあ1分足らずの予告だから何も申すまい……沈没か? 浮上か? 請うご期待!
那股狂暴气势当场把好莱坞的《阿凡达》都彻底轰得找不着北!放眼当下,整个日本院线电影的生死气运,究竟该走向真人、走向动画,还是干脆彻底沦为滑稽的Cosplay狂欢?!似乎全要听凭这部让人丈二和尚摸不着头脑的怪异宇宙大战神片来裁决了。罢了罢了,毕竟只是短短不到一分钟的浮光掠影,老夫在此暂且不予置评……究竟是大和号再度屈辱沉没?还是破浪昂首绝地浮上?且让我们拭目以待、静观其变吧!
つづく
(待续)
■第208回へ続く
■待续至第208回
(10.01.06)
(2010.01.06)