2009 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」
[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第184回:迈向《超梦的逆袭》的彼方(全球版税暗涌、原定动画大结局“皮卡丘斯巴达克斯叛乱”与拒绝拉斯维加斯公费犒劳风波)
Contents 本篇 7 章
第184回 迈向《超梦的逆袭》的彼方
世界影史票房地图与《乱世佳人》的巍峨威严
日本での予想を超えた『ミュウツーの逆襲』のヒット、さらに欧米で上映された日本映画のベストヒットは。いまだに1位が『ミュウツーの逆襲』、2位が『ルギア爆誕』、3位が別のアニメ映画(このアニメ、我々がよく知っている日本国内では特大級のヒットを記録しアカデミー長編アニメ賞を受賞した日本の国民的アニメとさえ呼ばれているあのアニメでないのが残念である……)、4位が『結晶塔の帝王』で、いまだにこの記録は破られていなようだ。つまり、世界でヒットした日本映画のベスト5のうちの3本が『ポケモン』アニメなのだ。
《超梦的逆袭》在日本本土斩获了超乎预期的巨大成功,不仅如此,在欧美公映的所有日本电影的历史票房排行榜上,时至今日第一名依然是《超梦的逆袭》,第二名是《洛奇亚爆诞》,第三名是另一部动画电影(很遗憾,并非我们耳熟能详的、在日本国内创下特大奇迹并荣获奥斯卡最佳动画长片奖的某部日本国民级动画……),第四名则是《结晶塔的帝王》——这个纪录似乎至今仍未被改写。换言之,在全世界最卖座的日本电影影史前五名中,竟然有三部都被《宝可梦》动画电影所垄断!
もっとも、世界中の映画という視点から見れば。やはりハリウッド映画が強い。世界中でヒットした映画の順位からすれば『ミュウツーの逆襲』は、今は80位程度である。
当然,如果放眼全人类的整个世界电影史,好莱坞依然拥有着压倒性的统治地位。若按全球影史总票房榜单排位,《超梦的逆袭》如今大约只能排在第80位左右。
ヒットとは儲けである。映画料金は時代とともに上がっていく(日本の劇場料金は高い)。だから、興行収入の金額だけでは、ヒットのベストテンは決まらない。
所谓票房大热,终究是纯粹的商业利润。电影票价随着时代飞涨(日本的影院票价尤其实在太贵了)。因此,单纯以未经折算的票房金额数字,根本无法客观断定一部电影在历史长河中的真正分量。
最近の世界興行収入ベストワン映画は「タイタニック」だったそうだが、昔の映画の入場料を現在の物価に換算すると、世界でもっともヒットした映画は、文句なく50年以上昔の大作映画「風と友に去りぬ」ということになるのだそうである。
据说近年来全球票房总额的第一名是《泰坦尼克号》,但倘若把半个世纪前老电影的门票价格按当今物价折算,无可争议的世界影史第一巨作,必然是五十多年前的经典史诗巨片——《乱世佳人》(飘)。
余計な事を書くが、現代の大作「タイタニック」より、50年前の大作「風と共に去りぬ」のほうがよくできた映画だと思う、
虽然扯了句题外话,但在我眼里,比起当代大片《泰坦尼克号》,半个世纪前的老电影《乱世佳人》在艺术造诣与剧作功底上要高明太多了。
有名な映画だから、気の利いたレンタルショップには古典名作の棚にあるはずだから、時間のある方はどうぞ。
这是一部大名鼎鼎的传世经典,正规一点的录像出租店的古典名作专柜里必定能找到它,有时间的朋友不妨借来看看。
なにしろ4時間近い大長編である。
无论如何,那是一部接近四个小时的恢弘鸿篇巨制。
もっとも「タイタニック」だって上映時間3時間……沈みかかった船の中で周りの人のことも考えずに恋ひとすじに船の中をうろうろする美男美女(? あのヒロインは女子プロレス選手には見えても、僕には良家の子女には見えなかった)の様子をただ写して見せた「タイタニック」よりも「風と共に去りぬ」は今見ても、4時間を飽きることなく見ることのできる絢爛娯楽スペクタクル恋愛超大作だとおもう。いかにも使いましたというCGもつかっていないしね。
虽说《泰坦尼克号》片长也达三个小时……但比起在即将沉没的巨轮上一门心思只顾谈情说爱、完全不把身边其他待救乘客死活放在眼里、在甲板上跑来跑去的俊男美女(?那位女主角在我眼里怎么看都像女子摔跤选手,横看竖看也不像名门闺秀),《乱世佳人》即便放在今天重看,也是一部能让你一秒不走神、酣畅淋漓看足四个小时的绚烂豪华史诗爱情巨片。更何况它根本没有动用半点那种生硬卖弄的CG特效。
最もそんな技術、50年前にあるはずもなかっただろうけれど……。
当然,五十年前的那个时代也绝不可能有那种电脑技术就是了……
登場する美男美女も「風と共に去りぬ」のほうが、はるかに上である。
至于片中登场的俊男美女,其气质之高贵出众也远非《乱世佳人》莫属。
ヒット作の基準など、時代や物価や観客動員数で変わってくる。
衡量票房爆款的尺度,往往会随着时代流变、物价通胀和动员人数而剧烈漂移。
ヒット作だからといって、名作、傑作、であるとは限らない。
一部作品大卖,绝不等同于它就一定是名作或杰作。
毎年毎年、ヒットの記録を塗り替えようと、新しい映画が作られている。特にアメリカなどは、たまにアカデミー賞狙いの名作風傑作風映画が作られるが、もともと、どんな映画であろうとヒットしなければ、作品評価は高いがヒットしなかった残念な映画にすぎない。
年复一年,无数新电影被推上流水线,妄图刷新上一部作品的吸金纪录。特别是在美国,虽然偶尔也会诞生出冲着奥斯卡奖去的附庸风雅的名作范儿电影,但在资本主义的根本逻辑下,任何电影只要不能大卖,充其量不过是被贴上“口碑虽高却没赚到钱的遗憾之作”的标签罢了。
もちろんくだらない映画がヒットしたときは、観客の知性を疑う……などという評論家の嘆きも聞こえはするが、資本主義の欧米では、なによりヒットすることがその映画の重要な価値観であることは確かである。
当然,每当低俗粗劣的烂片票房大卖时,我们总能听到影评家们“这届观众智商堪忧”的悲叹;但在资本挂帅的欧美,不管怎么说,大热赚钱才是一部电影最核心的根本价值准绳。
来自东欧的版权使用费与对“共存”的深层不安
日本映画(アニメもふくめて)の中で、世界一の興行収入をかせいだ記録を持つのは、いまだに『ミュウツーの逆襲』である。
在全部日本电影(包含动画电影在内)中,迄今为止依然牢牢霸占全球公映总票房历史第一宝座的,正是这部《超梦的逆袭》。
初公開後、10年以上経っているのに、世界中(主に欧米)で今も公開され、TVスペシャル番組として放映されている。
距离其初次公映已经过去了十多年,然而在全世界(主要在欧美),它至今依然在各个影院重映、在各大电视台作为王牌特别节目连绵不绝地循环播放。
なぜ、それがわかるかというと、ソ連崩壊後にできたらしい名前のあまり聞かない国から脚本使用料が入ってくるからである。
我之所以能确切知晓这一点,是因为我的账户上经常会莫名其妙收到一些来自苏联解体后才独立建国的、名字听都没听说过的冷门国家的编剧版权使用费汇款。
「はあ、こんな国、できたんだ」
“哈啊?原来世界上还有这么个国家诞生了啊?”
少なくとも小中高の学校では教えてもらった覚えのない国である。
至少那是在我中小学乃至高中的地理课本上绝对从未学过的全新国名。
さすがに最近は、欧米の主要国からの脚本使用料は少なくなってきた。
不可否认,近年来来自欧美主要发达国家的版权费已经逐渐放缓递减。
かわりに東欧の思わぬ国からの脚本使用料が増えている。その額自体は決して多くはないが、『ミュウツーの逆襲』は、アメリカから西欧、そしていま東欧で受け入れられているらしい。
取而代之的,是来自东欧那些意想不到的国度的版税汇款开始悄然攀升。虽然单笔金额绝不算庞大,但《超梦的逆袭》显然已经从美国席卷西欧、进而深深扎根进了东欧大地。
もちろん、「ポケモン」のテレビ版もゲームもキャラクターも、西洋圏の国々を駆けずり回っているはずだ。
当然,关于《宝可梦》的电视动画、电子游戏以及各种衍生角色周边,早就在整个西方世界漫山遍野地狂奔疯长了。
海賊版で悪名高い中国や韓国はとっくの昔である。
至于在盗版猖獗而声名狼藉的中国和韩国,那更是很久很久以前的事了。
ただ、『ポケモン』映画2作目の『ルギア爆誕』がアメリカで公開されたころから気がつきかけていたことがある。
只不过,早在《宝可梦》第二部电影《洛奇亚爆诞》在全美公映的那个时期,我就隐隐约约察觉到了一丝不对劲的端倪。
『ルギア爆誕』は、世界で公開された日本映画の中で2位の映画である。
《洛奇亚爆诞》虽然在全球公映的日本电影中高居影史亚军宝座。
しかし、1位と2位の差が開きすぎているのである。
然而,第一名与第二名之间的差距实在拉得太大了。
送られてくる著作権料の支払いリストを見ても『ミュウツーの逆襲』が圧倒的に多い。 『ルギア爆誕』は、日本での興行収入は『ミュウツーの逆襲』より低かった……(それで、案の定上層部から嫌味らしきものを言われた覚えがある)。
单看寄送给我的海外版权费明细清单,《超梦的逆袭》就以绝对压倒性的优势碾压了后续一切。《洛奇亚爆诞》在日本本土的票房收入并未达到《超梦的逆袭》的高度……(为此,我清楚记得制作高层当时毫不客气地对我冷嘲热讽了一番)。
それでもこの映画、日本で公開した年の1位の興行成績だったのである。
然而即便如此,《洛奇亚爆诞》在日本公映的那个年份,也依然傲视群雄、稳坐全日本年度本土电影票房冠军的宝座!
『ミュウツーの逆襲』は、僕としては、世界に通用すると思えるテーマを、その結果がどうであろうと放り込んでみた。
在创作《超梦的逆袭》时,我抱定孤注一掷的决绝,不论后果如何,都执意将自己认为能够跨越国界、通行全球的深刻母题狠狠砸了进去。
で、『ミュウツーの逆襲』と『ルギア爆誕』とでは、いささかテーマが違うのである。
而在《超梦的逆袭》与《洛奇亚爆诞》之间,其精神母题实际上发生了极其微妙而关键的转向。
『ミュウツーの逆襲』は「自己存在への問いかけ」であり、『ルギア爆誕』は「それぞれの自己存在」が共存することだった。
《超梦的逆袭》的母题是“对自我存在的拷问”;而《洛奇亚爆诞》的母题,则是“各不相同的自我存在该如何达致共存”。
僕は、「自己存在への問いかけ」は世界に通用するテーマになるかもしれないと思った。
我原本坚信:“对自我存在的拷问”是一个能够通行于全人类的普世命题。
だが、人種、宗教、環境、それぞれ違う価値観を持つ世界中の人々に「共存」という意識は通用するのか?
然而,面对世界上拥有不同种族、不同宗教信仰、不同生存环境与截然相反价值观的茫茫众生,“共存”这个概念真的能够行得通吗?
僕には、「それぞれの自己存在」の共存が世界に通用するかどうかは、自信がなかった。
对于“让各不相同的自我存在达成和谐共存”这套理念究竟能否在世界舞台上立得住脚,我其实并没有半点自信。
幻之《宝可梦》最终回构想——皮卡丘斯巴达克斯叛乱与耄耋小智的梦醒时分
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じつは、共存というテーマは、『ポケモン』のシリーズ構成を依頼されたときに考えていたテーマのひとつだった。
事实上,“共存”这个课题,本是我在最初受邀担任《宝可梦》动画系列构成时,就早已深思熟虑、密谋已久的核心母题之一。
ポケモンと人間は本当に共存できるのか?
宝可梦与人类,真的能够心安理得地达成平等共存吗?
当然、ポケモンと人間は同じではない。しかも、人間にゲットされたポケモンはゲームで、戦いの道具にされる。人間にゲットされたポケモンは奴隷である。グラディエイター(剣闘士)である。人間に寵愛を受けたとしてもそれはペットにしか過ぎない。
宝可梦与人类显然并非同类。更残酷的是,在游戏规则中,被人类收服(Get)的宝可梦,充其量只是人类用来争名夺利的战斗工具。被人类俘获的宝可梦,本质上就是沦为牢笼囚徒的奴隶!是供贵族看客取乐消遣的古罗马角斗士(Gladiator)!即便偶尔获得人类的宠爱,本质上也绝超不过供人玩赏的宠物范畴。
共存は不可能……ピカチュウとサトシの間にも溝ができる。
真正的共存根本绝无可能……在小智与皮卡丘之间,也必将撕裂出无法弥合的巨大鸿沟。
おそらく、この番組の終盤には、ピカチュウは強力なパワーを持つポケモンに育っている。
按照我的终局推演,在这个系列的终盘,皮卡丘必将成长为一尊拥有毁天灭地力量的庞大领袖级宝可梦。
ローマ時代、ローマに反乱をおこし、ローマを窮地に陥れた剣闘士スパルタカスほどの実力を持ったポケモンになっている。
它将拥有宛如古罗马时代掀起奴隶大起义、将整个罗马帝国逼入绝境的角斗士起义领袖——斯巴达克斯(Spartacus)般的恐怖统御力与叛逆决意!
ポケモンは人間に反乱をおこす。
宝可梦全族,终将掀起反抗人类残酷奴役的滔天起义!
リーダーに祭り上げられるのはピカチュウだろう。
而全族推举出来的起义军最高领袖,正是皮卡丘!
サトシとピカチュウは友人同士のつもりである。ピカチュウはポケモンとしての自分を選ぶか? 違う生き物である人間と、友情、感情という移ろいやすいものをたよりにいままでのように共存していくのか?
小智与皮卡丘一直互视对方为最亲密的挚友。然而大势所趋之下,皮卡丘究竟是该选择回归属于自己的宝可梦种族阵营?还是选择依托着脆弱易逝的友情与感性,继续与身为异族的人类勉强维持共存?
サトシとピカチュウは苦悩する。
小智与皮卡丘,将陷入撕心裂肺的灵魂剧痛与绝望抉择。
「しかし人間とポケモンは共存できるよ」
“但是,人类与宝可梦是能够真正共存的啊!”
と、いいながら、いけしゃあしゃあと、その戦いをやめさせるために活躍するのがロケット団とニャースのトリオである。
——在全人类与全宝可梦血战一触即发的最后关头,以近乎厚颜无耻的滑稽姿态挺身而出、为了调停平息这场灭世战争而大显身手的英雄,正是火箭队的武藏、小次郎与喵喵这组三人组!
なぜなら、『ポケモン』の世界で出来の悪いポケモンを押しつけられ、さまざまなポケモンと出会い、自身が意識しなくても、ポケモンについていちばんよく知っているのは実はムサシとコジロウ……そして、一度は人間になりたかったニャースなのである。
因为在整个《宝可梦》的世界里,平日里被组织强塞各种残缺劣质宝可梦、与形形色色异类打交道最多、哪怕毫无自觉却实际上比任何人都更深刻理解宝可梦内心喜怒哀乐的,正是武藏与小次郎……以及那只曾经拼尽一切想要蜕变为真正人类的喵喵!
彼らはポケモンと人間の共存関係の見本になっていた。
他们才是人类与宝可梦之间最接地气、最活生生的平等共存典范!
そして、「自己存在の問い」に対しては、自分がポケモンなのか人間なのか、クローンなのか、一つの答えを見つけたミュウツーがいる。
而在面对“自我存在之问”上,战场上还有一位早已参透了自己究竟是宝可梦、是人类还是克隆体,并给出了终极答案的超梦坐镇。
相手がポケモンであろうと、クローンであろうと、はたまた、出会うことのなかった何かであろうと、自己存在のある限り、われわれはどんなものとも共存できる。
无论对方是宝可梦、是克隆体,还是从未曾谋面的崭新未知生命,只要每个生命都坚守并尊重彼此的自我存在,我们就能够与天地间的一切生命达成共存。
年月がたち、老人になったサトシは、ふと、昔を思い出す。
漫长的岁月悄然流逝,已然白发苍苍、沦为耄耋老人的小智,在夕阳下突然忆起了远去的昔日。
それは美化された少年時代の思い出。空想……、想像の生き物ポケモンたちとの冒険。友情。共存。
那是一段被岁月记忆彻底美化了的纯真少年时代。是一场与空想幻象中的神奇生灵们共同奔赴的冒险。那关于友情、关于羁绊、关于共存的美丽童话。
それは、現実の人間の世界で、サトシが出会えなかったものだっかもしれない。しかし、少年時代のどこかに、確かにピカチュウやポケモンがいて、ムサシがいてコジロウがいてミュウツーがいて……それだけではない、サトシの少年時代の冒険で出会ったすべてが、老人になったサトシの目には見える。
在现实残酷的人类社会中,那或许正是小智穷尽一生都未曾真正遇见过的心灵乌托邦。然而,在少年时代的记忆深处,那里分明切切实实生活着皮卡丘,生活着形形色色的宝可梦,生活着武藏,生活着小次郎,生活着超梦……在垂暮老人的浑浊瞳孔中,那场童年大冒险中相逢过的一切神迹,全都清晰可见地浮现在眼前。
サトシの耳にサトシの母親の声が聞こえる。
就在这时,老小智的耳畔传来了母亲那熟悉而年轻的呼唤:
「さあ、早く寝なさい。あしたは旅立ちの日でしょう」
“喂,快点起床啦!今天可是你正式启程远行的大日子呀!”
翌朝、母親に叩き起こされたサトシの姿は少年に戻っていて、元気に家を飛び出していく。
翌日清晨,被母亲从被窝里一把拍醒的小智,赫然恢复成了十岁的健康少年模样,精神抖擞地推开家门飞奔而出。
それは「ポケモン、ゲットの旅ではなく、ポケモンマスターになる旅でもなく、自分とは何かを」探し、他者との共存を目指す旅だ。
那不再是一场“捕捉宝可梦、成为宝可梦大师”的争名夺利之旅,而是一场“追寻自我存在究竟为何”、学着与整个世界达致和谐共存的崭新旅程!
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火箭队的幽微心境与对声优阵容的惭愧
まあこれが、TV版ポケモンが最初の予定の1年半続こうが、3・4年続こうが、僕なら何とか続けられそうなTV版ポケモンの概略だった。
好吧,这正是我当初心中预想的:哪怕TV版《宝可梦》按照原计划播一年半、抑或是再多撑上三四年,我都自信能够将其完美统摄起来的终极剧情蓝图梗概。
で、ポイントになる「ミュウツー」を映画の1作目に持ってきた。
而作为这一宏大棋局中最关键的核心棋子“超梦”,我早早就把它搬上了剧场版第一部的主舞台。
ゲーム上での、最強のポケモンというミュウツーの設定も都合がよかった。
在电子游戏中超梦被定义为“最强宝可梦”的设定,对我而言更是顺手推舟的绝妙契机。
よく言われることだが、TV版「ニャースのあいうえお」というエピソードはニャースが人間の言葉を話せるようになった理由をファンから聞かれ作った脚本ということになっているようだが、ニャースは最初から人間語とポケモン語の両方を理解でき互いの気持ちを通訳できる人間とポケモンの共存の橋渡しのつもりで設定した。
外界常有一种以讹传讹的说法,认为TV版第70集《喵喵之歌(喵喵的五十音)》是因为粉丝不断追问喵喵为什么会说人话才临时编写的——但实际上,喵喵从诞生第一天起,就被我赋予了能够同时精通人类语言与宝可梦语言、作为人类与宝可梦共存翻译桥梁的神圣宿命!
身分不相応な恋をし……それは人間にはありがちな恋だ……おまけにポケモンがなれるはずもない人間になろうとし、だからこそ、本来ポケモンが意識するはずもない人間の煩悩を理解できる。
它经历了一段不自量力的门不当户不对的爱情……这在人类世界中简直是司空见惯的悲剧;更有甚者,作为一只不可能变成人的宝可梦,它却拼了命想要蜕变成真正的人类,也正因如此,它才能够深刻体悟到原本寻常宝可梦绝不可能理解的人类红尘之烦恼。
人間が夢見る映画の都ハリウッドを、人間でもないポケモンのニャースが夢見るという設定を作るために、「ニャースのあいうえお」の前話に映画作りのエピソードをほかの脚本家に書いていただいたのも、ニャースを人間の夢見る場所に引き込むための伏線だった。
为了让喵喵这只甚至算不上人类的宝可梦去憧憬人类魂牵梦绕的电影之都好莱坞,我甚至特意拜托其他编剧在《喵喵的五十音》的前一集里特意安排了一场拍电影的桥段,那全都是为了将喵喵顺理成章引向好莱坞大舞台所提前布下的伏笔。
つまり、僕にとってアニメ版『ポケモン』で重要なのは、野生ではなく人間に育てられたピカチュウの苦悩、野生なのに人間になろうとしたニャース、そして、学術的知識を持つオーキド博士より、様々なダメポケモンとつきあって、ポケモンの心をいくらかでも理解できるムサシとコジロウなのである。
换句话说,在我执笔的动画版《宝可梦》世界中,真正具有灵魂分量的灵魂角色,从来不是什么纯野生个体,而是被人类饲养长大饱受身份认同撕裂的皮卡丘的苦恼;是一只本为野生却妄图变成人类的喵喵;以及比起满脑子学究知识的大木博士而言、在与无数劣质残缺宝可梦相濡以沫中反而最懂得宝可梦心绪的武藏与小次郎!
しかも、ムサシは、さまざまな人生体験をして、何をやらせても一流にはなりきれないが、一流半ぐらいの能力はある。プライドもある。ただ、人生の生き方が不器用で、ドジとへまを回避しようとしない。分かっていてもやってしまうのである。
更何况,武藏历经了人世间各种惨痛的社会底层磨难,无论干什么行当虽然成不了一流顶尖,却总有一流半的扎实水准,傲骨嶙峋;只是她的人生处世之道实在太笨拙,从来不屑去回避各种倒霉与失误,明知会摔得头破血流也依然毅然撞上去。
それが、視聴者には滑稽に見える。
这种笨拙的倔强,在看客眼里便化作了滑稽可笑的喜剧色彩。
コジロウは良家の御曹司である。それなりの教養と良識は持っているはずだ。それでも家を出てロケット団をやっている。本来の生き方とは正反対の方向を歩いている。彼もダメなポケモンに文句を言いながら、けっこう面倒見がいい。つまり、正当な生き方を、しらずしらず否定しているのである。彼もドジとへまを回避しようとしない。分かっていてもやってしまう。それが快感なのかもしれない。そしておそらく、似たような性格のムサシを好きなはずだ。人間を気取りたがるニャースも嫌いではない。
而小次郎原本是豪门显贵的金枝玉叶,接受过极高层次的精英教养;然而他却毅然离家出走加入了火箭队,走出了一条与既定正轨完全背道而驰的叛逆人生路。虽然成天对着没用的宝可梦抱怨连天,回过头来却照料得无微不至。换言之,他在潜意识深处断然否定了世俗所谓正统的成功人生。他同样不去规避各种倒霉失误,明知会栽跟头也乐在其中。而他心中,必然深深眷恋着性格相似的武藏,也绝不讨厌那个成天装模作样的喵喵。
残念ながら、こういう、いささか複雑な心理を持った人物像を書ける脚本家は多くない。
可惜的是,在如今的日本动漫界,能够精准拿捏并驾驭这种复杂人性幽微心境的编剧实在是太稀少了。
つまり、人間的には優秀だが、どこか間の抜けている性格である。
这是一种虽然本质极为优秀、骨子里却总带着某种脱线滑稽的人性光彩。
手慣れた脚本家が書くと、書くのが楽なのかどうか、どうしてもタイムボカンシリーズの三悪人風ギャグキャラになってしまいがちだ。
若是交给寻常熟练编剧执笔,不知是为了省事还是能力有限,他们总会轻易把这三个人写成类似《时间飞船》系列里那种脸谱化搞笑三恶人反派。
そんなギャグキャラが、僕の考えるテーマの本質を「今まで最高いい感じ〜」と叫んでエンドマークにできるだろうか?
若沦落为那种纯粹插科打诨的搞笑丑角,他们又如何能够承载得起我在全剧终盘呼唤“这种感觉真是前所未有的好啊~”的终极哲学闭环呢?
それを避けるために、いろいろやってはみたが、声優さんは頑張っているのに、脚本がいまいちに感じられるのは、シリーズ構成の僕の責任かもしれない。
为了极力避免这种扁平化堕落,我曾多方奔走抗争;但有时明明声优老师们在录音棚里拼尽了全力,写出来的剧本成色却差强人意,这作为系列构成的我必须承担全部责任。
ある年の年賀状に、ロケット団の面白い話をもっと書いて下さい、と馴染みの声優さんからのお叱りが書いてあった。
某年的一张贺年卡上,一位交情匪浅的常驻声优老师甚至在信中半开玩笑半认真地训诫我:“首藤先生,请您务必多写一点关于火箭队的精彩剧本啊!”
その声優さんには、アニメ版『ポケモン』の成否はあなたたちにかかっている、と言っただけに恥ずかしい。
回想起自己当年曾在制作启动会上拍着胸脯对他们夸下海口“动画版《宝可梦》的成败全系在你们三人身上”,看到这句话真让我无地自容、羞愧万分。
ロケット団の声優さんたち、このアニメの初回の打ち入りのとき、「なんだかんだといわれたら〜」のロケット団の口上を、覚えていてくれていたのである。
火箭队的三位声优老师们,在系列第一集筹备开碰头会时,就早已一字不差地将那段“既然你诚心诚意地发问了……”的华丽定场白烂熟于心、倒背如流了啊!
历经两年的特别篇《超梦!我就在这里》
本当なら『ミュウツーの逆襲』の次にやるテーマは、『ミュウツーの逆襲』で、ミュウツーが意識した自己存在の問いをミュウツー自身が見つけ出す話になる。
按理说,在《超梦的逆袭》之后真正该承接的剧情命题,本应是让超梦亲自去探寻出它在《逆袭》高潮中骤然觉醒的“自我存在之问”的终极解答。
でも、映画版『ミュウツーの逆襲』の次回作にそれをやるのはつらい。
但若要在电影版第二部里直接硬碰硬去写这个,对我而言实在太沉重痛苦了。
脚本を書く僕自身が「自己存在の答え」を見つけだしているわけではない。
因为就连写剧本的我本人,都根本未能找到所谓“自我存在”的终极答案啊!
それこそ、『ミュウツーの逆襲』の日本公開直前に言われたように、暗い、重い、爽快感のない、大げさな言い方をすれば、ギリシャ悲劇かシェークスピア悲劇もどきになりかねない。
真要那么写,搞不好又会变成公映前被高层怒批的那样:阴暗、压抑、缺乏爽快感,往夸张了说,甚至会沦为古希腊悲剧或莎士比亚悲剧的仿冒劣质品。
しかも、暗い、重い、爽快感がない映画がヒットするはずがない。
更要命的是,一部色调灰暗、基调沉重、毫无爽快感的电影,在商业上绝无可能再次大卖。
今回のヒットは、何かのフロックだと思う人も多かった。
在很多人看来,《超梦的逆袭》的空前大火,不过是瞎猫碰上死耗子的意外侥幸罢了。
僕自身は「自己存在の答え」を見つけてはいない。
我虽然至今没能给自我存在找到答案。
しかし、ミュウツーにはそれを見つけだしてほしい。
但我打心底里,比任何人都渴望超梦能够亲手找到属于它的光明答案!
結局『ミュウツーの逆襲』から2年後に、TVスペシャルで、1話30分×3構成で「ミュウツー我ハココ二アリ」……これはDVDでレンタルされている……でミュウツーのエピソードは終わった。
最终,在《超梦的逆袭》公映整整两年之后,以电视特别篇(1集30分钟×3集连续架构)的形式推出的《超梦!我就在这里(我ココニ有リ)》——如今已发行了独立租赁DVD——终于为超梦波澜壮阔的史诗画上了真正圆满的句号。
ラジオ版「ミュウツーの誕生」、映画『ミュウツーの逆襲』、TVスペシャル「ミュウツー我ハココにアリ」を足せば3時間以上だが、もし、ポケモンTV化初期の構想ならば、最終回近くに、再び登場するはずだった。
若将广播剧《超梦的诞生》、电影《超梦的逆袭》以及特别篇《超梦!我就在这里》三者加在一起,总时长已经超越了三个小时;若按照《宝可梦》动画企划初期的构想,超梦原本是应该在全剧最终回附近、作为压轴救世主再度降临登场的。
拒赴拉斯维加斯犒劳之旅与“御前大人”的雷霆之怒
日本での『ミュウツーの逆襲』は、驚きだった。
《超梦的逆袭》在日本本土的爆火已是奇迹,而它在世界范围内的狂暴席卷,更让全体制作团队惊得合不拢嘴。连我自己都大吃一惊。
さらに、世界でのヒットはスタッフにとっても仰天だったのだろう。僕だってびっくりした。
制作高层那位呼风唤雨的“御前大人”,虽然亲口承认这部电影与他平日里信奉的爆款商业理论背道而驰(这是他当面亲口所言),但也毫不吝啬地对全美登顶的辉煌战绩给予了极高赞誉。
上層部の御前様は、ご自分のヒット理論とは違う作品だったことを認めつつも(これはご自身が言った)、アメリカのヒットは評価した。
紧接着,御前大人大手一挥,策划了一场极其奢华的庆功犒劳狂欢盛宴。
そして、お祝いのご褒美を企画した。
那便是组织《宝可梦》全体核心主创,浩浩荡荡远赴美国拉斯维加斯举行豪华度假之旅!
『ポケモン』スタッフ一同のアメリカ・ラスベガス旅行である。
不用说,所有的天价费用全部由御前大人所属的巨头公司全额买单。
もちろん、費用は御前様の所属する会社持ちだろう。
搭乘的航班,更是机身全涂装覆盖着宝可梦彩绘的全日空波音“宝可梦专机”!
航空会社は機体にポケモンを描いて飛ばしている会社である。
然而这一下,可真把我给难住了。
これには、困った。
如果是为了给下一部电影采风取材,那我完全能够理解。
次回作の取材旅行ならまだ分かる。
可下一部电影《洛奇亚爆诞》的大纲舞台分明是南国热带海岛啊。
次回作『ルギア爆誕』のプロットの舞台は南の島である。
跟霓虹闪烁的赌城拉斯维加斯没有半毛钱关系!
ラスベガスではない。
当然,我绝不认为如今的拉斯维加斯只是个乌烟瘴气的下三滥赌徒窝点。
もちろん、今のラスベガスが、いかがわしい賭博の街とは思っていない。
它是当今世界上首屈一指的顶级豪华娱乐演艺大都会,这点常识我还是有的。
世界有数のエンターテインメントショータウンであることぐらい知っている。
说实话,要说不想去亲眼见识一番那肯定是假话。
そりゃ、一度は行って見たい街である。
但是,问题就在这里。
しかし、である。
我在《超梦的逆袭》中倾尽心血所想要书写的,是一部能够通行于全世界的严肃动画。
僕が『ミュウツーの逆襲』で書きたかったのは、世界に通用するアニメである。
我绝不是为了换取去拉斯维加斯纸醉金迷的廉价赏赐才动笔写下这一切的!
ラスベガスに行くというご褒美が欲しいわけではない。
加之背后夹杂着错综复杂的现实顾虑,最终我以“档期冲突抽不开身”为由,坚决谢绝了这次公费旅行。
他にもいろいろ事情があったが、スケジュールがあわないという理由でお断りした。
至于这背后的深层缘由,我将在下一回中详加剖白。
その事情は次回に書こうと思う。
浩浩荡荡的拉斯维加斯奢华犒劳之旅最终照常启程了。
ご褒美のラスベガス旅行は行われた。
TV动画团队的大多数核心人员似乎全都欣然前往。
TV版のスタッフはほとんどが参加したらしい。
但并非所有宝可梦主创都参加了这趟狂欢。
しかし、ポケモン関係者のすべてが参加したわけではない。
字面意义上,也确实有人因档期实在冲突而未能成行。
文字どおり、スケジュールの合わない人もいた。
TV动画组的其他编剧同仁们似乎也大多出席了。
『ポケモン』TV版の脚本家の方は参加したらしい。
唯独——一手执笔铸就了《超梦的逆袭》惊天神话的我这个头号大功臣编剧,竟然傲慢地缺席了!
だが、肝心の『ミュウツーの逆襲』を書いた脚本家の僕は参加しなかった。
事后我听说,御前大人对此感到极其扫兴与震怒,深感受到了奇耻大辱。
御前様は、それに気分を害したらしい、と聞いた。
可是啊……倘若《超梦的逆袭》的庆功宴哪怕只是设在箱根温泉边随便哪家日式小旅馆里,我想不仅是我,就连其他那些为这部作品拼死拼活、呕心沥血的声优老师们,也必定无论如何都会挤出时间欣然赴会捧场的吧……