2009 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」
[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第176回:休载两周的致歉与反思(涩谷工作间的孤绝崩溃、救护车中的三次昏厥与破例敬语自白)
Contents 本篇 6 章
第176回 休载两周的致歉与反思
涩谷工作间的无尽长夜:在昼夜黑白颠倒中的孤绝跋涉
ポケモンアニメの映画版第1作『ミュウツーの逆襲』のクライマックスについてお話ししようとした矢先に、2回もコラムの更新を休み申しわけありませんでした。
正当要向大家深入讲述宝可梦电影版第一作《超梦的逆袭》的高潮戏份的关键时刻,本专栏却接连中断更新了两次,实在非常抱歉。
コラムの読者のみなさんと、アニメスタイルのスタッフの方々に心からお詫びします。
谨向一直守候本专栏的广大读者,以及Anime Style编辑部的全体工作人员致以最由衷的歉意。
理由は、簡単にいえば僕の不摂生による体調不良で書けなかったとしか言いようがありません。
究其原因,简而言之,唯有坦承是我个人长期以来的作息无度所导致的身心失调,以致无法动笔。
昔からそうなのですが、僕は、考え事をしだすと寝食忘れるところがあり、特に数年前、仕事場を小田原から東京に移してから、仕事場にとじこもって資料の山に囲まれていると、昼夜、食事がめちゃくちゃで、家族とも別居状態。おまけに、仕事場のベランダはDVDを観るためプロジェクター用の100インチスクリーンでふさがれて、室内はいつも真っ暗。時間の感覚がなくなり、たとえば時計を見て3時だとすると、それが、昼の3時か真夜中の3時かマンションの外に出てみないと分からない状態。それでも仕事場のある渋谷は不夜城ですから、24時間営業のコンビニも開いているし、仕事場から歩いて10分も歩ける距離のところに密集している飲食店も終夜営業の店が多く、食事を 取るには困らないのですが、夜の飲食店は酒がつきもの。
自往昔起我便有这般毛病,一旦陷入构思便往往废寝忘食。尤其是数年前将工作室从小田原搬迁至东京之后,整日将自己幽闭在工作间里、被成堆的资料山峦重重包围,饮食与作息彻底陷入混乱,甚至与家人也处于分居状态。更为雪上加霜的是,工作间的阳台为了投射放映DVD的大画面,被一块100英寸的巨型幕布严密遮蔽,导致室内始终处于一片漆黑之中。久而久之,我对时间的感知完全丧失——譬如抬眼看表指向三点,若不特意推开房门走到公寓楼外,我根本分不清究竟是午后的三点还是深夜的三点。好在工作室所在的涩谷乃是不夜之城,24小时便利店全天无休,徒步十分钟范围内便汇聚着大批彻夜通宵营业的餐馆,觅食倒不成问题。然而,深夜的居酒屋与餐厅,终究是离不开酒水的。
医者から酒を止められているので、酔客が盛り上がっている中で、1人で酒抜きの食事だけをとるのもわびしく次第に足が遠のいて、外に出るのはたまの打ち合わせや、渋谷で上映している映画を見る時ぐらいか――おそらく、単館上映の多い渋谷ゆえ、大半の映画を見ていると思います――大型書店で新刊をチェックするぐらい。おまけに、インターネットやメールや電話で最小限の情報や本が入手でき、打ち合わせも相手と会わずにできる場合が多いから、ますます外出せず、運動もしない。
由于医生早已对我严厉下了禁酒令,每每置身于酒客们推杯换盏的喧嚣热闹之中,唯独自己形单影只地扒拉着不带半滴酒水的冷落便饭,那种寂寥凄楚感反而愈发刺痛,渐渐地我便对出门觅食敬而远之了。如今除了偶尔的碰头开会、或去涩谷街头的影院看场电影——鉴于涩谷拥有大量艺术院线,几乎绝大多数上映的佳作我都看了个遍——最多也不过是去大型书店翻翻新书罢了。加之如今借助网络、邮件和电话,便能搜集到最起码的资讯书籍,诸多商讨会议亦多可免去面对面的繁文缛节,导致我越发足不出户,运动量几乎彻底归零。
定期的に外出するのは、行きつけの病院に診察を受けに行く時ぐらいになってしまいました。
我唯一能够保持规律出门的外出,竟只剩下了按时前往定点医院接受医生诊视这一项。
担当の医者からくどいぐらい注意は受けているのですが、こんな生活、体にいいわけがない。
虽然主治医生反复多次苦口婆心地严加训诫,但长此以往的生活状态,身体怎么可能吃得消。
分かっているのですが、長年培われた性格は、なかなか変わりません。
这个道理我心知肚明,然而积习难改,数十年养成的顽固脾性实在难以一朝扭转。
朝起きて夜寝る人並な生活は、最悪の体調で病院に入院している時だけというていたらくで、そのうち医者から見放されるかもしれません。
像个正常人一样“日出而作,日落而息”的规矩日子,竟然只有在我身体彻底垮掉、被送进医院住院的那阵子才能勉强实现,如此这般的狼狈不堪,不知哪天就会被医生彻底绝望放弃也未可知。
亢奋的天性与镇定类药剂:剧作家的重压与酒精的深渊
1人の力では完成しないアニメの脚本でも書いていれば、打ち合わせも多く、人と出会う時間帯に合せるために、人間並みの生活習慣になるのでしょうが、もうこの歳になると、僕でなければ書けないだろうやり残しの作品を片付けたい気持ちが強く――多くのみなさんが、首藤剛志という物書きは好き勝手なことを書いている作家だと思っているようですが、本人としては、アニメを見てくださる方や拙作の読者のことを少しは考えて、かなり手加減していたつもりでして、僕自身をむき出しにしなければ書けないような作品は、ほとんど、手つかず状態で残ってしまいました。
若是在写那些单凭一人之力绝难成卷的动画剧本,至少还会有频繁的会议沟通,为了配合别人的时间,起居多半还能维持普通人的作息。然而一旦到了我这个年岁,心头想要将唯有自己方能执笔的、往昔遗留未完的作品整理收官的焦灼感便日益炽烈——不少朋友大概总觉得首藤刚志是个随心所欲、肆意妄为的狂狷作家,但就我本人而言,在动笔时总还在意着观看动画的受众与读者的感受,多多少少都会有所保留收敛;真正必须全盘袒露自我灵魂深处方能成篇的那些硬核之作,几乎至今都原封不动地搁置着。
今は、そんな作品の全部は無理でも、少しでも書きあげておきたい気持ちのほうが、自分の健康より優先しているようです。
而在如今这个关头,哪怕无法全部完成,我也迫切希望能尽可能多整理出几部作品,这份执念似乎早已压倒了我对自身健康的眷顾。
自分でも困ったものだと思います。
连我自己都觉得这真是个让人无可奈何的顽疾。
長年、いつか書こうと思っていた作品ばかりですので、取材はほとんど終わっており、後は、資料を確認しながらまとめるだけだから、なおさら、1人仕事で仕事場に閉じこもりがちです。
正因为全都是多年来盘算着有朝一日必须付诸笔端的作品,前期的采风调研早已基本完备,剩下的不过是核对资料并予以成文而已,因而越发容易陷入一个人深锁工作室的闭门造车之中。
もともと、僕はハイになりやすい性格らしく、夢中になるとどんな野放図なものを書くか自分でも見当がつかず、関係者を翻弄しても申しわけないので、自重して、市販されている気持ちを弛緩させるダウナー系の薬物――早い話がお酒です。市販されている軽い精神安定剤や睡眠促進薬もその種の薬物と言えるでしょう――で、気持ちを抑える事が多かったのです。
我天生似乎属于极易精神亢奋(High)的性格,一旦全身心沉浸其中,便连自己都无法预料会写出何等离经叛道的野性内容;为了不给摄制组同仁添乱惹祸,我往往会自我克制,依赖市面上那些能够让人神经松弛下来的镇定类药物(Downer)——说白了其实就是酒精,市售的轻度精神安定剂和助眠药大抵亦属此类——来强行平复内心的过度激荡。
いささか、余談ですが、物書きや音楽関係や芸術系、たまに政治家には、ハイな性格や逆に鬱な性格な人が多いらしく、鬱系の人は、気分をハイにする薬を使う人もいるようです。いわゆる覚せい剤の類ですが、こちらは値段が高いし、人体への影響も大きく、犯罪に結びつきやすく法律で禁止されています。みんな、分かっていて注意しながら使っているはずですが、ドジな著名人がときどき見つかって警察に捕まり世間を騒がせているのはご存知のとおりです。
顺带稍作闲谈,在作家、音乐家、艺术家,偶尔甚至在部分政治家中,似乎具有高度亢奋特质或反向抑郁特质的人不在少数。情绪低落抑郁的人群中,有的会借助能让人提振精神的兴奋剂类药物。所谓毒品觉醒剂便属此列,然而那不仅代价昂贵,对肉体残害极大,更极易诱发犯罪,受法律明令禁止。大家都对其利害心知肚明、行事隐秘,但偶尔仍有倒霉的名流东窗事发被警方逮捕、在社会上闹得满城风雨,正如诸位所知。
しかし、その業界でいささか落ち目の人ばかり捕まるのは、なんだか片手落ちのような気もします。
然而,落网者往往多是业内已过气落魄之辈,细想起来总让人觉得有些失之公允。
気分をハイにする薬が禁止なら、気持ちを抑えるための、値段は高くないが人体への影響はけっして低くはないダウナー系の薬物、酒や煙草や安定剤系も禁止すべきなのでしょうが、おおまかにいってイスラム圏以外では解禁されているのが現状です。
倘若提振精神的药物严令禁止,那么那些用于压制心绪、售价低廉但对人体摧残丝毫不弱的镇定类嗜好品——诸如酒、烟草以及各类安定剂——理论上也应当一并取缔才是;但除伊斯兰世界外,在当今世界上大部分地区却被普遍放开解禁。
酒を含め、この種の薬は、飲みすぎると依存症になる危険があります。酒に関して言えば、今のところ完治療法はなく、断酒して依存の進行を止めるしか手はないそうです。アルコール依存症の人にとって、酒を飲むことは緩慢な自殺とさえいわれており、事実、現実の自殺者の半分近くの方に酒が関係しているという統計があるそうです。特に、鬱と酒のつながりは強く、ただですらダウンしている気分の鬱に、ダウナー系の薬物、酒が加わるのですから、自殺に追い込まれる人が多いのもうなずける気がします。
包括酒在内,这类物质一旦过度饮用便极易产生药物依赖与成瘾风险。就饮酒而言,现代医学尚无彻底根治的方法,唯有依靠彻底断酒方能遏止病程恶化。对酒精依赖症患者来说,喝酒几乎等同于缓慢的自杀,事实上统计表明,现实中近半数的自杀案例都与酒精纠缠不清。尤其是抑郁症与酒的结合尤为凶险,在原本就低落幽暗的情绪上,再浇上作为中枢神经抑制剂的烈酒,导致大批人被逼上自杀绝境,也是完全合乎逻辑的悲剧。
脚本家になる教本ほど多くはありませんが、依存症についての本もかなりの数が出版されています。
虽然不如编剧入门指南那般铺天盖地,但关于成瘾依赖症的专业书籍出版数量亦相当可观。
脚本家志望の方や、脚本家を名乗り始めた方は、脚本教本や、脚本家養成学校より、依存症関係の本を勧めます。
对于立志投身编剧行业的朋友,或是刚刚自立门户的新锐编剧,我由衷建议大家与其去啃编剧教条或上编剧培训班,倒不如多读读探讨药物与酒精依赖的专业书籍。
話が脱線しているようですが、僕はもともとハイな性格ですからほとんど感じませんが、様々な意見が飛び交う脚本家という仕事にすさまじいストレスを感じる人も多いようで、時間も普通の仕事のように規則正しくはなく自由度が高いから、知らず知らずのうちに酒に依存する脚本家も少なくないようです。
话虽看似扯远了,但鉴于我生性亢奋对此感触不深,而编剧这份职业需要面对四面八方席卷而来的各方异议,承受着难以想象的巨大心理重压;加之作息无拘无束、自由度极高,不知不觉间深陷酒精依赖泥潭的同行绝不在少数。
くれぐれも、脚本を書くストレスで、やけ酒が習慣にならないようにしてください。
请各位万万警惕,切莫因为剧本创作中的焦虑与压力,让借酒消愁沦为无法逆转的日常习惯。
今の日本の映像文化はアニメを含めて、明らかに脚本のレベルが低い。
坦率地说,当今日本包括动画在内的映像文化,剧本的整体水准显而易见地极其低下。
今、あなたが書いている脚本にストレスを感じるとしたら、それは、現在、通用している脚本より優れた脚本を書ける可能性があると言えるかもしれません。
倘若你正在创作的剧本让你倍感煎熬与压抑,那或许正说明,你完全具备写出超越市面上平庸陈腐作品的巨大潜质!
その可能性が酒などの薬物でつぶされるのは、とても残念なことだと思います。
倘若这般宝贵的潜力被酒精等物质过早摧残磨灭,那将是何等令人痛惜的憾事。
今の日本は、いたるところに脚本家がいるようで、書かれているのはほとんど似たような欠陥脚本で、実際は、ここ数十年、慢性的に脚本家不足です。
如今的日本看似编剧满街走,但笔下产出的几乎千篇一律都是缺陷严重的雷同之作,实际上这数十年间,行业始终处于慢性的优秀编剧极度匮乏状态。
若くて、個性的で、魅力のある脚本を書ける脚本家が常に求められている事を、自分の事として受け止めて、くれぐれも自愛の気持ちを忘れないでほしいものです。
请诸位务必将“时代始终渴求着年轻、富有个性且具备摄人魅力的真正编剧”这一事实当作自己的使命去承接,在此过程中,请务必千万珍惜珍重自己的身体与灵魂。
街头失去知觉的两次急救送医:闪烁的生命与病房中的悔恨
まあ、他の脚本家の方のことはともかくとして、僕など、手に入るアルコール依存症関係の本をほとんど持っていて、それを、酒を飲みながら読んでいるというどうしようもない状態だった過去があります。
闲话休提,回想往昔的我,搜集了市面上能买到的几乎所有关于酒精依赖的专著,甚至往往一边痛饮一边翻读那些戒酒书籍,其荒诞无稽真可谓无药可救。
でも、そのおかげで、危なくなると自分で可能な時は酒を止め、どうしようもない時は自発的に病院に行きました。
但托那些知识的福,每逢察觉险情,我尚能凭借自制力强行断酒;若实在无能为力,便会自发前往医院求医。
そのせいか、僕は依存症につきものの禁断症状も経験なく、アルコール依存症だとしても軽症で済んでいるようです。
或许正因如此,我未曾经历过严重的戒断反应,即便算作酒精依赖,也大抵维持在轻症程度。
重症の方を何人も見ていますが、表現しがたいほど悲惨です。
我曾亲眼见过多位深陷重症的同行与朋友,其惨状实在难以用笔墨形容。
生きる屍状態ですからそうならないように気をつけてください。
那几乎等同于行尸走肉般的活地狱,请诸位务必引以为戒。
若いころの僕は、大酒飲みでありながら、自分なりにセーブできていたつもりで、いわば力任せにものを書いていましたが、年齢とともに日ごろの不摂生が蓄積されているのを感じ、体力の衰えを自覚するようになり、酒や市販されている薬を止めて何年も経っているのですが、そうするとハイな性格が抑えられなくなり、書き残した作品をまとめる時期だというのに、新しいアイデアが浮かぶとそれを加えることに没頭し寝食を忘れてしまいます。
年轻时的我即便嗜酒如命,心底大抵还以为能掌控自如,全凭一股蛮力冲劲下笔成文;然而随着年岁渐长,往昔放浪累积的亏空终于全面反噬,深感体力日渐衰竭,尽管我早已戒绝了烟酒与市售镇痛药数年,但如此一来,我原本极易亢奋的性格便失去了抑制物,明明到了该收拢过往作品的晚年,可一旦心头迸发出新的创作灵感,整个人便再度疯狂深陷其中,彻底将食宿抛诸脑后。
栄養失調と睡眠不良に内臓疾患が加わり、要するに病名はいろいろつけられるものの、早い話が、不摂生による自業自得。弁解のしようもありません。
营养不良、睡眠匮乏再加上内脏疾病连环并发,虽然病历上能写出一长串花样百出的病名,但追根究底,纯粹是自己生活失控导致的自作自受,根本没有任何值得辩解的余地。
去年、2度、入院しましたが、1度目は、仕事場で動けなくなったところを家族に発見されタクシーを呼び何とか自力で病院に行きました。
就在去年,我曾两度被紧急送医住院。第一次是在工作室里动弹不得时恰好被家人撞见,急召出租车才勉强支撑着挪到了医院。
しかし、2度目は、近くのコンビニに買い物に行った帰り、突然、書きかけの作品のアイデアが浮かび、それを考え続けて周り気にせず歩いていたら、わけが分からなくなり気がつけば救急車の中、救急員の方に仕事場近くの行きつけの総合病院の名前を言った記憶はあるのですが、次の記憶はその病院の病室のベッド。家族と担当の医師が僕の顔を覗き込んでいました。
然而第二次,却是在我下楼去附近便利店买完东西的归途。当时脑海中忽然灵光乍现、涌现出未完稿作品的关键桥段,我一边苦思一边旁若无人地行走,走着走着意识突然彻底断片——等再次恢复知觉,人已经躺在飞驰的救护车上了。我依稀记得自己向急救人员报出了工作室附近常去的大医院名字,而随后的下一个记忆画面,便是已经躺在综合医院病房的病床上了,身旁围着神色焦急的家人与主治医生。
なんでも、大きな通りの工事中の柵にぶつかって倒れたそうで、それを見かけた通りがかりのどなたかが、救急車を呼んでくださったらしい。
据说是我一头撞上了繁华主干道旁正在施工的防护围栏、轰然栽倒在地,幸得路过的热心行人见状,立刻拨打了急救电话。
全身打撲と内臓疾患で、即、入院。
由于全身多处挫伤兼以内脏旧疾复发,被当场勒令收治入院。
意識がはっきりして、周りを見れば重病人ばかり、病室はいわゆるナースステーションのすぐそば。すぐ、看護師の方が駆けつけられる部屋です。
待我彻底清醒环顾四周,病房里躺着的尽是命悬一线的重危患者,我的床位就在护士站正对面,属于护士一推门便能瞬间冲入施救的最前沿床位。
病院に運び込まれた時は、重症に見えたのでしょう。
可见被抬进医院时,我当时的模样在旁人看来是何等凶险危急。
2日後には、歩けるようになり、様々な検査の結果もあえて入院する必要があるか微妙、それでも打撲傷の経過を見ようと言うことで、2週間、生死の間をさまよっている方達の病室のベッドで寝ていることになりました。
两天后我已能下地行走,各项化验指标亦表明是否需要继续占着床位尚存疑虑,但鉴于全身严重挫伤的病程需持续观察,我便在那间充斥着在生死边缘挣扎呻吟的病房里,足足躺了两个星期。
本人、病院の規則正しい食事と決められた就寝時間で、かつてないほど元気になり、仕事場から資料を持ってきて浮かんできたアイデアをノートに書く毎日を過ごしていました。
在医院极为规律的营养餐食与严苛的就寝作息照料下,我竟奇迹般地迎来了久违的充沛精力,每天让家人从工作室取来案头资料,埋头在笔记本上疾书浮现出的灵感构思。
ただ、まわりの重病の方を見るにつけ、救急医療の実態を少しは知っているだけに、僕程度の病人が救急車を使い、少ないベットを占領していていいのか? 他の重病の方のために使うべきではないのかと、かなり後ろめたいというか申し訳ない気持ちに襲われたことは、確かです。
然而,目睹身旁那些真正身患绝症、命悬一线的病友,深知当今急救医疗资源何等匮乏的我,内心无时无刻不在承受着巨大的道德自责:我这样一个因自作自受而倒下的老朽,凭什么配动用救护车?凭什么配长期霸占这宝贵的急救床位?!这些资源理应留给那些真正无辜而濒死的同胞啊!那份负罪与羞愧感,至今仍重重压在我的心头。
そして、ほぼ健康体で退院。
两个星期后,我几乎带着完全健康的躯体获准出院。
しかし、せっかく病院で身につけたはずの朝6時起床、夜9時消灯の健全な生活習慣も、仕事場にもどれば、たちまち崩壊。
然而,在医院里好不容易调理出的清晨六点起床、晚间九点熄灯的健康规律作息,一回到堆满稿件的工作室,便在眨眼间彻底土崩瓦解。
黑色丧服下的再度倒地:将有限寿命郑重耗尽的觉悟
そして、今年になり、僕にとって代表作ともいえるいくつかのアニメの制作担当プロデューサーが突然亡くなりました。その方は僕より一歳年下でした。
而进入今年不久,一位曾与我携手打造了多部生涯代表作动画的功勋制片人突然撒手人寰。那位先生甚至比我还小上一岁。
その方とは、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の制作当時、個人的に新宿で酒を飲んだことがあり、彼が当時の会社から独立したら、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』を超えるようなアニメを作ろうと、その構想を話し合ったものです。それだけに、それを果たせず他界されたことに呆然となり、そのお葬式にいたたまれず、途中で抜け出した帰り道、なんとかその作品を実現させたいものだと、構想を練りながら歩いていたら、いつの間にか夢中になり周りが見えなくなって、気がつけば、また救急車の中、救急隊員の方から、「財布の中身、確認してください」 「横断歩道で倒れなくてよかった。間違えば引かれてましたよ」と言われたことを覚えていて、その後は、どこかの大病院のCTスキャンで頭を調べられているシーン。次のシーンは、知らないお医者さんから、「脳に異常はありません」と言われ「1人で帰れますか?」と聞かれ、どうやら僕は「帰れます」と答えたらしく、女性の看護師さんがタクシーを呼んでくれ、病院の玄関口まで連れていってくれて、診察券を渡され、「何か異常を感じたらすぐ来てください」と丁寧に見送ってくれました。
当年在制作《魔法小天使 甜甜仙子》期间,我曾与他私下在新宿对饮畅谈,相约待他日后自立门户之时,一定要携手打造一部超越《甜甜仙子》的传世杰作,彼此推心置腹构想过宏伟的蓝图。正因昔日夙愿未偿而故人已去,噩耗传来令我呆若木鸡。在灵堂守夜告别仪式上,悲怆难当的我实在难以忍受那份窒息的气氛,中途悄悄退场抽身离开。然而在归途的路上,脑海中全是要替故友将那部未成形的大作构思出来的念头,步履匆匆间整个人再度出神痴狂、视线一片模糊……待恢复意识,竟然又一次躺在了呼啸的救护车里!急救队员按住我连声提醒:“先生,快检查一下您的钱包还在不在!”“还好您没倒在斑马线中央啊,要是撞上过往车辆就彻底没命了!”随后的记忆,便是身处不知名大医院的CT室里,冰冷的仪器正在扫描着我的头部。接下来的画面,一位陌生的医师对我说:“脑部并无大碍,您能独自一人走回家吗?”我似乎迷迷糊糊地回答了“能”,随后一位温柔的年轻女护士替我叫来了出租车,一路搀扶着我走到医院大门口,将一张诊疗挂号卡塞进我手里,叮嘱道:“一旦感觉任何不对劲,请立刻再来!”
「すぐに来てくれ」と言われたって、どこの病院なのかも分からず、ふと診察券を見れば、目黒の病院……。どうやら、渋谷の路上で何かにぶつかって倒れ、前回同様、通りがかりのどなたかが、救急車を呼んでくださり、救急隊の方が受け入れてくれる病院を探して目黒まで運んでくださったようなのです。
虽说让我“随时再来”,但我甚至连自己身处哪家医院都摸不着头脑,低头一看手中的就诊卡,赫然写着目黑某综合医院……看来我是直接在涩谷的闹市街头撞上什么东西晕死过去了,如同上次一样,路过的热心群众叫了救护车,而救护队员竭力四处协调能够接纳急救患者的空余床位,一路将我从涩谷护送到了目黑区。
看護師さんに「診察の料金は?」と聞き、「それはまた後ほど」と言われましたが、いまだに請求書は来ていません。
我当时曾询问护士:“就诊费用是多少?”护士温和地答复道:“日后账单会寄送过去。”然而直到今天,那张账单也未曾寄来。
仕事場に帰って鏡を見れば、顔中、絆創膏だらけ、眼鏡はひんまがり、何より異様なのは、喪服のまんまで、お葬式のお清めの塩などが入ったお葬式のお返しの袋を、しっかり手に持っていたことです。
回到工作室推开卫生间的镜子一瞧,脸上全贴满了创可贴与止血胶布,镜片歪斜扭曲,而最为凄凉可怖的一幕在于:我身上结结实实地穿着全套黑色丧服,而在那只擦伤流血的手中,竟依然死死攥着从灵堂领受的、装着丧礼回赠白盐的小纸袋!
とぎれとぎれの記憶ですが、2度とも救急隊の方達のきびきびとして毅然とした対応、僕が運び込まれたふたつの病院の救急医療の対処、驚くほど見事でした。
尽管记忆断断续续,但这两次抢救过程中急救队员那训练有素、果敢凌厉的处置,以及两家接收医院急诊科室令人叹为观止的高超应对,无不令我肃然起敬。
ただ、恥ずかしいのは、運ばれた僕が、救急医療を利用する価値のある患者だったかどうかです。
然而唯一让我深感无地自容的,是我这样一个患者,到底配不配占据宝贵的急救医疗名额。
考え事に夢中にならず、まっすぐ仕事場を目指していれば、無事に部屋までたどり着けたかも知れず、反省しきりです。
倘若自己没有痴狂走神,而是规规矩矩奔向工作室,本该能平平安安回到房中,至此反省之至,惭愧难当。
過去、何回も入院経験のある僕は、医者や看護師の知り合いも多く、大病院の内情にも詳しい方だと思っていましたが、救急医療を体験したのは初めてで、以前以上に自分の体を大切にしようと思いました。
过去曾多次住院的我,医生护士朋友不少,自认对大医院内情还算谙熟,但亲身作为被急救者躺在推车上还是平生头一遭,这让我比以往任何时候都更加深切地意识到必须珍重这具残躯。
救急車と救急医療を必要とする人は、大勢います。
这世上有太多真正需要救护车与急救医疗的危重同胞。
しかし、救急医療の現状は厳しい。
如今急救医疗体系的运转已近极限。
僕ごときの、自業自得的な不摂生な人間が使ってはいけないのです。
像我这般因生活无度自作自受之人,实在不配再去挥霍这宝贵的公共资源。
その後、行きつけの病院の医者の言いつけを守り、通院を続け、安静にして、どうやらコラムを再開できるまで回復しました。
自那以后,我严遵定点医院医嘱,规律就诊,静养生息,总算恢复到了能够重拾笔墨、再续专栏的状态。
アニメに限らず、映像に関係する仕事は不規則であり、不摂生になりがちで、過酷で、一緒に仕事をした僕と同年代や僕より若い方が、ずいぶん他界されています。
不仅是动画,凡是投身影视映像创作的行当,无不极尽无序、作息紊乱且充满残酷的损耗,曾与我并肩作战的同辈同仁,乃至比我年轻得多的后辈,已有相当多的人过早撒手人寰。
他の業界より寿命が短いのかもしれません。
或许我们这个行当的平均寿命,本就远低于其他行业吧。
僕は、与えられた寿命を大切に丁寧に使い、たとえやり残したことがあってもできるだけのことはやり、悔いの残らないようにしたいと思っています。
正因如此,我更下定决心要将上苍赐予我的有限余生,极为郑重、毫无浪费地细细使用到底;哪怕终究会留下诸多遗珠之憾,我也要竭尽毕生所能,不留片羽悔恨。
以上が、ここ2週間のコラム休載の理由です。
——以上,便是我在过去两周不得不停更本专栏的全部隐情与原委。
破除施压谣言与“战斗否定”:电影必须抵达的唯一终局
現在も放映中のアニメ『ポケモン』の初期のことを書いている途中の休載だったので、『ポケモン』製作サイドから圧力のようなものがかかったのではないかという質問を受けたこともありましたが、まったくそのようなことはありません。
由于停更恰逢我正执笔揭秘尚在热播中的《宝可梦》动画初期的核心机密,坊间甚至有人揣测问我:“是否是受到了来自宝可梦官方制作委员会的高层施压才被迫停更的?”——在此,我可以向大家郑重保证:完全没有这回事。
むしろ、『ポケモン』アニメ初期のシリーズ構成が、どんなことを考えていたのか面白がっている方達が多いようです。
倒不如说,对于宝可梦动画初期的总编剧当年究竟在琢磨些什么惊世骇俗的念头,业内各方反倒普遍觉得津津有味、看得乐在其中。
前述のお葬式で、『ポケモン』アニメ製作のトップの1人、御前様とあだ名される方と偶然、お会いしました。
在上述那位故友的葬礼上,我偶遇了宝可梦动画最高层核心制作大佬之一、被业内私下尊称为“御前大人(御前様)”的重量级人物。
最後にお会いしたのが、スタジオジブリのアニメの試写会で、10年ほど前のことです。
上次与他相晤,还是在十多年前吉卜力工作室某部动画的内部试映会上。
「あれから10年以上、続いているんですね」と言いましたら、社交辞令かもしれませんが、僕の健康を気遣っている趣旨の言葉をいただきました。
当我对他感慨:“不知不觉间,宝可梦竟然已经红火了十年以上啊……”他也极为体恤地向我表达了关怀健康之意。
僕個人としても、初期にしろ関わった作品が続いているのはうれしいことです。
就我个人而言,哪怕仅仅是参与了开创期的奠基,看到自己倾注心血的作品能够长青于世,依然是极度欣慰的幸事。
僕が関わった作品に「まんがはじめて物語」シリーズがありますが、最初は半年の予定が、13年続き、今もどこかで再放送が繰り返され、新たな「はじめて物語」の企画も見え隠れしているそうです。
我早年参与的《漫画原来如此物语》系列,原定仅仅播映半年,结果一路播了整整十三年,如今仍在日本某处反复重播,甚至新的续作企划亦在酝酿之中。
『ポケモン』が、その記録を超えるような作品になれば、こんなうれしいことはありません。
《宝可梦》若能超越这一惊人纪录,于我而言再无更值得欣慰之事。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』、小説化した『ゴーショーグン』初期のアニメに関わった『銀河英雄伝説』などなど、自分の関わった作品が長生きしてくれるのは、自分自身が長生きするより楽しいことに思えます。
《魔法小天使 甜甜仙子》、小说版的《战国魔神豪将军》、早期参与动画企划的《银河英雄传说》等等,眼见自己孕育的作品比肉体凡胎的自己活得长久、活得旺盛,这种快乐远胜于自身虚长几岁高龄。
思えば、このコラムもずいぶん長く続いています。
回想起来,这篇专栏亦在不知不觉中连载了相当漫长的年月。
アニメスタイルのスタッフの方達も、このコラムが長く続き僕が好き勝手に書くことを容認してくれているようです。
Anime Style编辑部的诸位同仁,似乎亦默许了本专栏的长久存续,放任我在此尽情直抒胸臆。
さて、『ミュウツーの逆襲』で、ミュウツーの自己に対する「自分とは何か」の問いかけが、「生きているんだから、それでいいんじゃない」という意味のカスミの語る答えにいきつくまでには、クライマックスでポケモンバトルを否定する必要がありました。
言归正传。在《超梦的逆袭》中,超梦对自身存在的孤绝拷问“我究竟为何物”,直到最终得出小霞口中那句“既然活着,那便足够了”的平实真谛之前,整部电影的高潮,在逻辑上必须跨过一道极其险峻的雄关——彻底否定宝可梦之间的战斗!
脚本決定稿の時点では、脚本に対するクレームはありませんでした。
在当年电影的定稿剧本(决定稿)阶段,剧本并未遭到来自上层的任何投诉与修正要求。
同時期に、『ポケモン』のピカピカ事件を収拾する問題がありましたから、アニメ製作上層部に脚本内容をうんぬんする余裕がなかったのかもしれません。
大抵也是因为同一时期制作委员会全员都在疲于奔命地应付与平息“3D龙闪光事件(ピカピカ事件)”的灭顶风暴,导致动画高层根本无暇对剧本的深层内核指手画脚。
バトル否定を気にしていたのは、誰より脚本を書いていた僕本人かもしれません。
对于“否定宝可梦战斗”这一禁忌大逆不道的担忧与沉重负罪感,或许比任何人都更为剧烈撕扯着的,正是我这个执笔者本人。
次回は、そのクライマックスの話から再開しようと思います。
在下一回中,我将正式从这场石破天惊的高潮戏码,重新铺展开来。
なお、このコラムの「です」「ます」調は、今回限りのつもりです。
顺带一提,本专栏这通篇毕恭毕敬的“です・ます”敬语体裁,我打算仅在这一回破例使用,下不为例。