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2009 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」

[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第174回:谈及“歧视”也请不要夸大其词(十八岁的杀意剧本、德国酒馆的吉普赛少女与克隆宝可梦的深层绝望)

WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」 2009.02.04 约 19 分钟 原文 ↗

01

第174回 谈及“歧视”也请不要夸大其词

02

剧作家的“主题”与观众的距离:我们并非为了兜售周边而创作

前回、このコラム、アニメの脚本に興味のある方に向けであると書いた。

前一回我曾写道,本专栏主要是面向那些对动画剧本创作感兴趣的朋友。

『ミュウツーの逆襲』に取り込もうとした僕流の「テーマ」などは、実は、一般の観客には、どうでもいいことだと思っている。

至于我试图融入《超梦的逆袭》中的所谓“首藤流主题”,坦白说,对普通观众而言其实怎样都无所谓。

この映画にお金を払ってくれた観客と子供とが、この映画を見て、面白いと思ってくれればいいし、この映画から何かを感じてくれて、その感想が茶の間の話題にもなってくれれば、うれしいとは思っている。

花钱买票入场的观众和孩子们只要看了这部电影觉得有趣就足够了;若能从中有所触动,甚至让这份感想成为茶余饭后的话题,我自然会感到由衷欣慰。

映画を見たついでにポケモングッズを買わされる親は大変だろうと思うが、僕はポケモングッズやゲームを買っていただくために、このアニメを書いたわけではない。

顺带被孩子缠着买宝可梦周边的父母固然不容易,但我绝非为了让大家去买周边或游戏才动笔写这部动画的。

グッズの販売や映画の宣伝には、それ専門の方達もいる。その方達にまかせればいい。

销售周边与宣发电影自有一群专业人士在操办,交由他们全权负责即可。

もっといえば、たかが僕ごときが思いついたテーマらしきものに、共感してくれるファンの方がわざわざ会いに来てくださって感想を語ってくれたり、手紙を送ってくれた方もいて、うれしくはあるが、なんとなく面映ゆい感じがした。

再退一步说,像我这样的小人物偶发奇想所构思的所谓主题,竟然能引得热心粉丝特意跑来向我倾诉感想,或寄来长信分享共鸣,高兴归高兴,心底难免总会泛起一丝难为情的羞赧。

何かの理由で絶望の淵にいたが、僕の脚本のアニメを観て、自殺を思いとどまることができた――そんな手紙もいくつかある。

甚至曾有几封信写道,对方因种种缘由一度身陷绝望深渊,正是看了我编剧的动画才打消了自杀的念头。

僕としてはとてもうれしいことだが、逆に「僕のアニメを観て、なおさら自殺したくなりました」となったらえらいことである。

作为作者这固然令人宽慰,但反过来说,倘若有人因为“看了我的动画反而更想自杀了”,那可真是天大的罪过。

若いころの多感な時期は、世の中のすべてが嫌になって、生きているのが辛くなることもあるだろう。

人在年轻敏感的岁月里,往往会对周遭的一切产生厌弃,觉得活着苦不堪言。

僕にもそんな時期があった気がする、

我想,我自己也曾经历过那样的时期。

僕がアニメの脚本を書きだした頃は、アニメブームのはしりの頃で、中学生や高校生の多感な人たちがアニメを観る機会が多くなってきた。

我刚开始写动画剧本的年代,恰逢动画热潮方兴未艾,初中生、高中生等心思细腻敏感的年轻人接触动画的机会日益增多。

僕には、「18歳の殺意」という映像化されていない青春映画の脚本が1本ある。

在我手里,有一部名为《十八岁的杀意》、至今未曾影像化的青春电影剧本。

知る人は知っているだろうが、僕には『街角のメルヘン』(原題は「18歳のメルヘン」)というアニメがあり、簡単にいえば2人の男女が、新宿の西口で会って、別れて、再会するまでの1年間を描いたラブストーリーである。「18歳の殺意」はそれと対をなすものでほぼ同時期に書いた。

知情的朋友大概知晓,我曾有一部名为《街角的童话》(原名《18岁的童话》)的动画。简而言之,那是一部描绘一对男女在新宿西口相遇、分别、直至一年后重逢的爱情故事。《十八岁的杀意》则是与其对位呼应的作品,几乎是在同一时期写就的。

何の関係もない他人を、無差別に殺していく18歳の男の話なのだが、自分がなぜ赤の他人を簡単に殺せるか、彼は自分でも分からないのである。

故事讲述一个十八岁的少年无差别杀害素昧平生的陌生人。然而面对自己的罪行,他自己都无法理解为何能如此轻易地夺走毫无干系的旁人生命。

無差別殺人事件で、逮捕後の犯人が自己弁護する時に「自分の生まれ育った境遇……つまり、貧困とゆがんだ社会が、自分のような殺人者を作ってしまった」と言う事がある。僕が18歳の当時、実際に起きた連続射殺魔と呼ばれた本人も、そんな事を訴えていた。

在现实的无差别杀人案中,凶手落网后自我辩护时常常声称:“是我从小生长的环境……换言之,贫困与扭曲的社会造就了我这样的杀人犯。”在我十八岁那年,当年轰动一时的所谓“连续射杀魔”嫌犯本人,也曾提出过类似的诉求。

ご存知の方もいるだろうが、その連続射殺魔が獄中で書いた「無知の涙」という本が出版されて、各方面で色々な意味で話題になった。

或许有人知晓,该连环杀手在狱中撰写的《无知的眼泪》一书出版后,在社会各界引发出各种维度的广泛讨论。

なんだか理由の分からない無差別殺人事件は今も続いているけれど、記憶に新しい秋葉原の無差別事件にしても、被害者にとってははたまらないだろうが、社会のゆがみが犯人を無差別殺人に追いつめたという理由で、世の中の人は、どこか腑に落ちないにせよ納得しようとしている。そんな気配を感じるのは僕だけだろうか。

虽然至今令人匪夷所思的无差别杀人案依然频频发生——即便就拿记忆犹新的秋叶原无差别行凶案来说,对受害者而言自然是无法承受的惨剧,但社会上的人们,哪怕心存芥蒂,也往往试图以“社会的扭曲将犯人逼上了绝路”来寻求一种心理上的解释。不知这种微妙的社会氛围,是否唯有我一人有所察觉。

で、僕が18歳の時に書いた脚本は、ちょっと違っていた。

然而,我十八岁时写下的剧本,视角却截然不同。

自分の持つ他者への殺意が、自分で理解できないのだ。

剧中的主人公,对自己内心滋生的针对他人的杀意,自身完全无法参透。

なぜ、自分は簡単に人を殺せるのだろう? 彼は著名な心理学者の本を読み漁って勉強する。そこに答えはなかった。自分がいわゆる精神異常にも思えない。そこで彼は自分の力で自分を自己分析しはじめるのだ。彼は、自分の持つ殺意の理由を社会には求めない。

“为何自己能轻易剥夺他人的性命?”他如饥似渴地研读著名心理学家的著作,但书中并没有现成的答案;他也不觉得自己算得上是所谓的精神失常。于是,他开始尝试依靠自己的力量进行深层自我剖析。他绝不将自身怀揣杀意的理由推诿给外部社会。

彼のいだく他者への殺意は彼自身のもので、彼自身が自分の内部にある殺意の根源を見つけ出し解決しなければならない問題なのである。

他内心对他人产生的杀意完完全全属于他自身,这是他必须在自己内部找寻杀意根源并予以平息的孤绝课题。

彼は、人を殺すことができる。ならば、自分で自分を殺す、自殺はできるのか? 彼は何度も自殺を試すが、できないのである。

既然他可以杀害别人,那么他能否杀死自己,选择自杀呢?他反复尝试自杀,却始终无法下手。

関わりのない人を平気で殺すことのできる自分が理解できないかぎり、自殺は自分の抱える問題の解決にならないのだから。

因为只要无法弄清自己为何能对素昧平生的人痛下杀手,自杀就根本无法解决他所背负的真正困境。

イメージシーンで、彼は警察から殺人の動機を聞かれる――分からない。裁判官からも聞かれる――分からない。精神科の医者にも聞かれる――分からない。

在意象化的场景中,警察审问他的杀人动机——他说不知道;法官追问他——他说不知道;精神科医生问他——他同样说不知道。

彼は、自分の殺意が理解できず、渋谷の雑踏をさまよう。こんな人の波の中をあるいていたら、また自分と関係のない他人を殺してしまうかもしれないな……などと考えながら。で、彼はふと気がつくのだ、渋谷の街に誰1人いないことを。コンクリートのビルとアスファルトの道だけ。車さえいない。

他无法理解自己的杀意,茫然徜徉在涩谷嘈杂的人流中。一边走一边想:走在如此汹涌的人潮里,自己或许又会毫无缘由地杀死与自己毫不相干的陌生人吧……就在这时,他忽然惊觉,整个涩谷街头竟然空无一人。目之所及唯有冰冷的混凝土大厦与沥青路面,连一辆车都没有。

渋谷の街にいるのは、自分1人なのだ、いや、世界中にいるのは自分1人かもしれない。自分以外誰もいなければ、誰を殺す理由はない。

诺大的涩谷街头只剩下他形单影只的一人。不,也许全世界就只剩下他自己了。既然除了自己再无他人,那自然也就失去了杀戮任何人的理由。

彼は、会心の笑みを浮かべる。もう、人を殺さなくていいのだ。この世界にいるのは自分だけだから……。

少年的嘴角泛起了会心的微笑。他终于再也不必去杀人了。因为在这个世界上,唯有他一人孑然独立……

03

强加于电影的“说教命题”:从黑泽明《七武士》看附会主题的蛇足

僕が最初に書いた脚本らしい脚本は、2本あり、対になっていた。

我最初写出的成型剧本只有这两部,彼此互为镜像与对照。

両方とも新宿と渋谷という大都会が舞台で、主人公は「メルヘン」は2人、「殺意」は1人……ただし、通りすがり大勢の人は、ただのエキストラでは困る。演技をしているようで芝居っぽさの目立たない人がたくさん必要だ。

两部作品皆以新宿与涩谷这样的大都会为舞台,“童话”的主角是两人,“杀意”的主角仅一人……然而,从身旁走过的滚滚人流,绝非普通群演所能胜任。需要大量看起来宛若生活在当下、毫无表演痕迹的面孔。

しかも、超高層ビルの谷底を歩く『街角のメルヘン』の2人と、いつもは人でいっぱいの渋谷を無人にして無差別殺人の少年をひとりで歩かせる「18歳の殺意」のシーンなど、実写では無理だった、それができるとしたらアニメだろう。

更何况,让《街角的童话》中的两人漫步于摩天大楼的峡谷幽壑,或是让“十八岁的杀意”中行凶的少年独自行走在彻底清空的涩谷空城,在当年的真人实拍中根本无法实现。若要呈现这番图景,唯有借助动画。

実は、この両作品とも、読んだ方から、かなり高い評価をいただいた。

事实上,读过这两部剧本的前辈与同行,都给予了极高的评价。

ただし、「18歳の殺意」は今でも、というか、今ならなおさら危険な内容だろう。本人すら理由の分からない殺人を、本人が自己分析して、結果、殺す人間がいなくなったからもう殺さない。脚本は、その少年の行動しか描いていない。

然而,《十八岁的杀意》放在今天,或者说放在当下的时代,恐怕更显危险。一个连本人都摸不清缘由的杀人犯,通过自我剖析,最终因为世上已无人可杀而停止杀戮。剧本所描绘的,纯粹是这个少年孤立的行为轨迹。

警察も、裁判官も、精神科の医者も出てくるが、この作品を見る人に何の答えも出してはくれない。

虽然警察、法官、精神科医生悉数登场,但对于端坐屏幕前的观众,作品没有给出任何标准答案。

この作品、「ちょっとすごいから、じっくり読ましてくれ」といってくださった先輩の脚本家の金庫の中にいまだに入っているはずである。

当年曾有一位资深前辈编剧对我说:“这剧本非同小可,务必让我细细拜读。”我想,那份剧本至今应该还静静躺在他办公室的保险箱里吧。

もっとも、その脚本は、僕が18歳の多感な時期だから書けたのだろうし、今の歳の僕では、到底書けないだろう。

说到底,那部剧本大概唯有身处十八岁多愁善感时期的我才能写出,若换作今日这般年岁的我,无论如何是写不出来了。

20代前半の僕の作品には、放映されたもののなかでも、外見は子供向きアニメや青春ドラマでも、いろいろ危ない脚本があった。

回顾我二十岁出头的创作生涯,即便是已正式播出的作品中,外表虽裹着低幼儿童动画或青春剧的外皮,内里也潜伏着不少相当出格危险的脚本。

それを、知ってかしらずか当時映像化してくださったスタッフの方には、感謝している。

对于当年无论是知情还是不知情、仍将那些剧本转化为影像的摄制组同仁,我始终心存感念。

だがその後、僕は多感な年ごろの方が妙な影響を受けそうな事は書かなくなった。

但自那之后,我便不再去写容易给心智未成熟的敏感青少年带去不良诱导的内容了。

特に大人を対象にしたアニメ以外は残虐なシーンも避けた。

除特别明确针对成年受众的动画外,我也刻意避开了残酷血腥的镜头。

例えば、『戦国魔神ゴーショーグン』の映画版『時の異邦人』は、脚本を好きに書かせていただいたし、構成もかなり複雑である。、強烈なシーンもあるが、過去のTV版とは別のアプローチをした新作だし、観客層も高校生以上で子供はほとんどいなかった。ビデオソフトにしても、当時、1万円以上するビデオソフトを子供が買うとは思わなかった。高額商品だから大人が何回見ても楽しめる作品にしたかった。

比如剧场版《战国魔神豪将军 时之异邦人》,承蒙信任让我尽情发挥,剧本结构极尽繁复。虽然片中不乏极具视觉冲击力的硬派桥段,但那本就是与往昔电视版截然不同视角的新篇,目标受众定在高中生以上,影院里几乎看不到小童。即便是录像带,在当年售价高达一万多日元的商品,断然不是小孩子买得起的。正因是昂贵媒介,我才希望打造出值得成年人反复咀嚼玩味的杰作。

上映当時は、結構好評だった気がするが、それから何年もたって、ネットやケーブルTVでこの映画をご覧になった方の中には、残酷シーンが多くて子供に見せられないという批評もあるようだ。

公映当时外界口碑相当不错,然而许多年后,有些通过网络或有线电视重温此片的朋友,却批评说片中残酷镜头过多、不适合儿童观看。

もともと子供向きに作ったつもりではないし、高校生以上の大人に主人公の生きざまを楽しんでもらいたかった映画だったのだが、こんな事なら、R指定でも付けておけばよかったと思うときもある。

我原本就不是为了给幼童观看而创作的,而是希望让高中生以上的成年观众去体会主人公的人生态度;遇到这般抱怨,我有时不禁暗想,当年要是干脆打上限制级(R指定)标识倒也省心了。

もともと、僕は人に語れるテーマやメッセージをもっているような立派な人間じゃないし、僕の脚本の作品を観て、何かを感じていただけばうれしいだけである。

归根结底,我本人绝非什么有资格向世人布道宏大主题与高尚理念的正人君子;观众看了我编写的剧本,只要心头能有一丝触动,对我而言便足慰平生。

観ていただいた人が、その人なりのテーマらしきものを作品の中に感じてくれれば、それでいいのだ。

看客能在作品中感悟出属于他自己的一套立论与心得,那便善莫大焉。

笑い話で言うのだが、黒澤明監督の「七人の侍」という映画がある。日本映画の中で、観て損のない映画だと思う。お百姓達にやとわれた侍が野党と戦って数人の犠牲者を出しながらも戦いに勝つ話なのだが、ラストで生き残った侍が、田植えをするお百姓を見ながら「勝ったのはあの百姓たちじゃ、儂たちではない」と言うのだが、おそらくこのセリフがこの映画のテーマなのだろう。

平时当笑话讲,黑泽明导演有一部享誉影史的《七武士》,在所有日本电影中堪称绝不虚此行之作。故事讲述一群受雇于贫苦农民的武士与山贼浴血奋战,在付出数人牺牲后最终赢得胜利。而在全片末尾,幸存的武士望着插秧劳作的农民慨然说道:“赢得胜利的是那些百姓,而不是我们。”想必这句台词便是这部电影的既定主题了。

「でも、これって、実はどうでもいいんじゃないか? 本当は、大金かけて今までの日本映画になかったチャンバラ大アクション傑作を作りたかっただけじゃないの? そっちのテーマはうまくいったけどさ、『ほんとに勝ったのは百姓』というとってつけたようなテーマは、なんだか余計だよな」

“可是,这句说教其实根本无关紧要吧?黑泽导演归根结底不就是想不惜血本、拍出一部日本电影前所未见的武打动作超级大作吗?那方面的主题达成了极高的艺术成就,反倒是最后硬安上去的那句‘真正胜出的是百姓’,怎么看都显得有些牵强附会啊。”

口の悪い監督がそう言っていたが、僕もなんとなくそう思う。

曾有一位说话刻薄的导演如此评述过,而在我听来,心底隐隐也有同感。

04

企划会议的表象与真实:绝不敢向制作委员会挑明的“歧视”深渊

ただ、一般の観客ではない方相手にコラムを書くとなると「テーマ」が必要になる時があるのだ。

不过,当需要面向非普通观众的业内人士写专栏时,“主题”这东西有时却又是不得不立的招牌。

企画書を書くときや、企画会議で、作品のテーマを問われることがあるからだ。

因为在撰写企划书或召开企划会议时,各方总会一本正经地拷问作品的“核心主题”。

「この作品でなにがいいたいの?」などと言われる時もある。

偶尔甚至会被当面质问:“你这部作品到底想表达什么?”

となると、脚本家はテーマらしいものを考えておかなければならない。もっとも、今時は――

如此一来,编剧就不得不预先琢磨出一套像模像样的理论。尽管在当下这个年代——

「大ヒットした原作の映画化、TV化ですから、きっとヒットします。TV局は宣伝をバックアップしてくれるし、まさに大ヒットがこの作品のテーマです」

“因为是大热原著的电影化、动画化,所以必定大卖。电视台会倾全力宣发配合,‘大获成功’本身就是本作的核心主题!”

「旬のアイドルタレントいっぱい、現作は話題の携帯小説、若い子の恋愛テーマがなんでもかんでもぶちこんであります。なんでもかんでもぶちこんであるのが、この作品のテーマです」

“囊括大批当红偶像明星,原著是话题度拉满的手机小说,年轻人的恋爱元素应有尽有通通塞入。把所有热点一网打尽,就是本作的主题!”

「この映画、前作は○○億をかせぎだしました。今回のテーマはその収入を超えることです」

“前作席卷了数十亿票房,本次的主题便是超越那一数字、赚取更丰厚的收益!”

――のように、作品内容とあまり関係ないことがテーマになることもあるが、監督や脚本家が作品を作る上で、テーマが興行収入や大ヒットだけでは、作家としてちょっとさみしい気もする。

——如今类似的口号层出不穷,与作品实质内容毫无关联的东西被奉为主题。然而,倘若导演与编剧在构思心血之作时,眼里只剩下票房收益与大卖指标,作为创作者未免太过苍白凄凉。

『ミュウツーの逆襲』のテーマは、人気のあるポケモンの中でも、めったにお目にかからないミュウとミュウツーの戦いを見せる事であり、主人公のサトシとピカチュウが協力し合って活躍する事、である。

至于《超梦的逆袭》立项之初摆在台面上的主题,无非是向观众展现人气宝可梦中极罕露面的梦幻与超梦的大决战,以及主角小智与皮卡丘携手并肩大展身手。

僕は「自己存在の問いかけ」ですなどとは絶対言わない。

我绝不会主动去宣称:“这部电影探讨的是对自我存在的终极叩问。”

「そんな小難しいことをテーマにするな。『ポケモン』は子供向けのアニメだぞ」と言われるのが落ちである。

否则多半会被上层当场驳回:“别整这些晦涩难懂的玩意儿,《宝可梦》可是面向小孩子的动画啊!”

「世界に通用しそうなテーマだと思いまして……」と言ったって、「ポケモンが出てくれば、ある程度は世界で通用する。問題は観客をわくわくどきどきさせるストーリーやアクションだ」である。

哪怕辩解说“我认为这是能够通行全世界的深刻主题……”,对方也只会回应:“只要有宝可梦登场,在海外就自带基本盘。关键在于能否拿出让观众心惊肉跳、手心冒汗的情节与动作戏!”

「日本映画で、外国人が、わくわくどきどきするようなストーリーやアクションが成功した例ってめったにないんじゃないんですか」とも思ったが、これも言わない。会議がもめるもとである。

我心中虽然暗忖:“在日本电影史上,靠剧情和动作场面真正让海外老外看得神魂颠倒的成功先例本就屈指可数吧?”但这话我也绝不会当面说破,否则只会引发会议无休止的争吵。

上層部は、アニメを派手に見せるため、CGを使いたかったらしいが、日本のCGは、当時、発展途上中である。

高层为了让动画在视觉上显得华丽气派,极力主张引入CG技术。然而在那个年代,日本的CG技术尚处于蹒跚起步阶段。

しかも僕には、ポケモンの図柄とCGがマッチするか、疑問だった。

更何况,在我看来,宝可梦原本温润的手绘线条能否与冰冷的CG贴图相融合,始终是要打上问号的。

、それでもCGをどうしても出したかったのか、題名タイトルにはしっかり登場させていた。

但上层大概无论如何都想在片头显摆一番CG技术,于是在电影的片名标题登场时,结结实实地用上了大段CG动画。

そこにもってきて、『ポケモン』で「差別」について少し触れようと思います等と言いだしたら首藤は頭がおかしくなったと思われかねない。

在这样的氛围下,倘若我当时冒失地提出“我想在《宝可梦》里触碰一下‘歧视’的隐秘命题”,大家多半会断定我首藤脑子彻底坏掉了。

ご存知の方も多いだろうが、基本、日本において差別問題はタブーである。

诸位大抵也清楚,在日本社会,“歧视问题”从根本上属于不可触碰的绝对禁忌。

アメリカと違って、人種は同じように見えても、日本にも差別問題がないわけではないのは、みなさんも当然ご存じだと思う。

与种族多元的美国不同,日本表面上看似乎全是一样的面孔,但日本社会内部绝非没有歧视问题,这一点想必大家心中都有数。

僕個人は、差別とか区別とか格差とか、勝ち組、負け組とかいわれても、その違いがピンとこないのだが、結局、人間に差をつけているという事なのでしょう……などととぼけて書いているが、この問題はとても微妙で、このコラムで適当なことを書くと大変なことになりかねない。

就我个人而言,每当听到别人大谈差别、区分、格差、所谓人生赢家与输家,我往往抓不住要领。归根结底无非是人为地给人划分三六九等吧……我在此虽用轻松笔调调侃,但这个话题极度敏感,倘若在专栏里随口胡言,很容易招致灭顶之灾。

ただ、差別する側が悪いとか、差別される側はかわいそう、というように単純に言える問題ではないだろう。

然而,这绝非一句简单的“歧视的一方罪大恶极、被歧视的一方可怜无辜”所能概括的单一命题。

で、まあ、この歳になると、見たくなくても知ってしまう事もあるし、いわれなき奇妙な差別らしきものを受けた覚えもある。

活到我这个年岁,有些隐情即便不想看也早已了然于胸,甚至记忆中我也曾遭遇过毫无缘由的荒诞歧视。

それでも、あんまり差別というものがぴんとこないのは、物心つくころに僕が育った場所や環境も関係していそうだから、それについては、その話をする時に少しだけ書いてみようと思う。

我之所以对歧视缺乏实感,或许与我懂事起成长的地域环境密切相关,关于这一点,待日后行文至相关话题时再稍作交代。

『ミュウツーの逆襲』の中でさりげなく差別問題(と表現するほど大上段ではないが)を扱おうとしたのは、それが世界中の人々にとって通常意識していなくても、心のどこかに引っかかっている事だと思ったからである。

之所以想在《超梦的逆袭》中不动声色地涉足歧视问题(虽不至于是摆出居高临下的布道姿态),是因为我意识到:即便平日里世人未曾宣之于口,这也必然是深植于全世界每一个人心底的隐秘刺痛。

僕自身、具体的にびっくりしたのは、日本のマスコミに差別用語禁止、放送禁止用語があまりに多いことである。

就我个人而言,最让我真切吃惊的,是日本各大媒体对“歧视用语”、“广播放送禁止词汇”的禁锢与限制竟到了令人匪夷所思的地步。

いわゆる使ってはいけない言葉である。

所谓决不能诉诸唇齿的违禁词汇。

当たり障りのない言葉で無難に済ませたい気持ちはわかるが、度が過ぎている気がする。使える言葉がどんどんなくなり、パソコンの辞書からもなくなり、TVニュースや新聞から使って都合の悪い言葉や表現が消えていったら、真実なんて伝える事ができるのだろうか?

企图用八面玲珑、不痛不痒的安全辞藻混弄过去的心理我可以理解,但这未免做得太过火了。可用的词汇被逐一剥夺,从电脑字库中被强行剔除,倘若电视新闻和报纸将所有被认为“不妥”的表达尽数消音抹去,世人还能传递哪怕一丝一毫的真实吗?

僕が小学校の頃、住んでいた家の近くで発砲騒ぎがあった。付近は大騒ぎだった。あれだけ大騒ぎになったのだから新聞の1面に出るだろうと思ったら、1面どころかどこにも記事が載っていなかった。その発砲事件は差別問題が引き起こしたものだった。

在我读小学时,家宅附近曾发生过一起恶性枪击事件,周围一片大乱。闹得满城风雨的骚动,我本以为次日报纸定会上头版头条,谁知不仅头版毫无踪影,翻遍全报竟连一行报道都未刊登。那起枪击案的诱因,正是敏感的部落歧视矛盾。

新聞社はその事件を記事にするのを自粛したのだ。新聞社にとって差別問題を扱うのはタブーだったのだ。

报社对这起事件采取了全网自律沉默。对报社而言,触碰歧视问题便是触犯天条。

北海道にいた頃、犬を飼っていた。中型犬だが気の荒い犬で、北海道に住むアイヌの人達がクマ狩りに使う犬だった。

在北海道生活时,我曾养过一条狗。那是条中型犬,性情凶悍烈性,是北海道阿伊努族原住民用于狩猎棕熊的猎犬。

アイヌ犬と呼ばれていた犬の種類だ。優秀なアイヌ犬は天然記念物に指定されるほど格好のいい犬だった。ところが、いつの間にかアイヌ犬という呼び名がなくなっていた、北海道犬と呼ぶのだそうである。アイヌという人たちの呼び名が差別用語だというのだ。

这种犬种当时被称为“阿伊努犬”。优秀纯正的阿伊努犬英姿飒爽,甚至被日本官方指定为国家天然纪念物。然而不知从何时起,“阿伊努犬”这个响亮的称谓被悄然抹去,改名为“北海道犬”。理由竟是称“阿伊努”一词涉嫌对原住民族的歧视。

何を基準に、アイヌ民族(民族と言っても、いろいろな部族がいて、生活様式も違う)のアイヌという呼び名が差別用語になったのかはしらない。

我不知道究竟依据何种标准,阿伊努民族(即便统称一个民族,内部各部族文化与生活习俗亦有千差万别)的自称竟会变成违禁的歧视词汇。

しかし、天然記念物までいるアイヌ犬が、なぜ北海道犬とよばれなくてはならないのか?

但是,一条堂堂列入国家天然纪念物名录的名犬,凭什么就非得被剥夺名字、改叫北海道犬不可呢?

子供心ながら納得がいかなかった。

彼时尚处幼年的我,心底无论如何也无法释怀。

05

在西德酒馆体悟的无声歧视:吉普赛少女与超梦的彻骨绝望

もっとも、『ポケモン』に差別の話を忍びこまそうとしたのは、それが理由ではない。

不过,我想在《宝可梦》中潜移默化植入歧视母题的真正契机,并非源于上述童年记忆。

20代の前半、ドイツの田舎町に1ヶ月ほどいたことがある。

二十岁出头时,我曾在西德的一座偏远乡村小镇羁留过一个月左右。

その町の人は、あまりに田舎すぎて、日本人を見たことがなかった。

那座小镇偏僻闭塞,镇上的居民有生以来从未见过活生生的日本人。

おそらく、彼らが知る、初めての日本人が僕だったかもしれない。

他们平生见到的第一个日本人,大概就是我。

そんな町になぜ僕がいたのか、話が長くなるので省略するが、その町の若い人たちは大きな街に出稼ぎに行って、町に住んでいるのは年配のドイツ人が多かった。

至于我为何会流落到那样的小镇,说来话长便姑且按过不表。镇上的年轻人都进城打工谋生去了,留守镇里的多是上了年纪的德国老者。

今から30年以上昔のドイツ(当時は東西ドイツに分かれていた)である。

那是三十多年前的德国,当时东西两德尚隔着铁幕分裂对峙。

大都市ならともかく、日本人を観たこともないドイツ人にとって、日本人はただの東洋人ではなかった。

倘若是在大都会倒也罢了,对于从未见过日本人的乡间德国人而言,日本人绝不仅仅是普通的东洋人。

冗談ではなく、年配の方達にとって日本人は、第2次大戦をともに戦った仲間だった。

绝非玩笑话,在老一辈德国人眼里,日本人是曾在第二次世界大战中同生共死、并肩作战的生死同盟。

しかも、ドイツが敗戦してからもがんばり、原爆を落とされるまで(彼らは原爆を知っていた)負けなかった戦友の息子だと思ってくれたようだ。

而且在德国战败投降之后,日本依然苦撑鏖战直至被投下原子弹(他们深知原子弹的惨剧),他们似乎把我当成了未向命运屈服的旧日战友的儿子。

日本人(ドイツ語でヤーパン)がいると聞いて、僕が無理やり頼み込んで2階に泊っている酒場に、お年寄りたちがしょっちゅうやってきた。

听说酒馆里住进了一个日本人(德语称ヤーパン / Japan),老人们便纷纷络绎不绝地涌向我硬求留宿的酒馆二楼客房。

ロンドンに行くつもりが、諸般の事情で日本を飛び立って3日後にこの町についてしまったから――ドイツのシュツットガルドの飛行場から時速制限なしのアウトバーンという高速道路を、タクシーで1時間も飛ばしてきたのだから、いかにそこが田舎町かが分かるだろう――ドイツ語など、ヤー(イエス)とナイン(ノー)しかしらないから、ほとんど、対話はパントマイムである。

我原本打算前往伦敦,因故离开日本三天后便误打误撞来到了这个小镇——从斯图加特机场坐出租车,在不限速的德国高速公路(Autobahn)上风驰电掣狂奔了一个小时才抵达,其荒僻程度可想而知。德语我除了“Ja(是)”和“Nein(不)”之外一窍不通,彼此交流几乎全靠默剧般的手势比划。

相手も年配の方達が多い。

对方多半也是上了年纪的长者。

それでも、彼らは親切にコミュニケーションを取ろうとしてくれ、食事やビールはほとんどおごっていただき宿泊代もタダ同然だった。

即便如此,他们依然极尽热情友善地与我沟通,每日的饭食与啤酒几乎全被他们慷慨包揽,住宿费更是形同虚设。

しかもそれが1ヶ月である。

而且这种日子持续了整整一个月。

見ず知らずの日本人に、この歓待ぶりはうれしいどころではなかった。

对一个素昧平生的异邦青年,这份毫无防备的盛情款待简直令我受宠若惊。

余談だが、その後、ドイツの色々な街をめぐりロンドンやパリにも数ヶ月いたが、ロンドンはともかく、パリはひどかった。

顺带一提,此后我辗转德国多个城市,也在伦敦和巴黎旅居了数月。伦敦姑且不论,巴黎的体验可谓糟糕透顶。

貧乏街に泊まっているお金を持っていない日本人の男は、彼らにとって屑である。同じ日本人でも女性には下心があるのかしらないがやたらと親切だが、日本人の男には口もきいてくれない。

下榻在贫民窟、囊中羞涩的日本男子,在傲慢的高卢人眼中简直如同垃圾草芥。同是日本人,对年轻女子不知是存着什么非分之想倒殷勤得很,但对日本男人连正眼都不瞧一下。

「言いたいことがあればフランス語でしゃべろ」とフランス語で言う。

他们会用高高在上的法语呵斥道:“有话想说就用法语说!”

なぜ、そのフランス語が分かったかと言うと、その貧乏街にはベトナム人が多かったからである。その人たちにフランス語を下手な英語で訳してもらったのである。

至于我为何能听懂这句法语,是因为那个贫民区聚居着大批越南人,是由那些越南人用夹生的英语帮我翻译转述的。

普通の人が勤めている平日の昼間、パリの貧乏街を歩いている東洋人は、ベトナム人ばかりと言えた。

在普通市民正常上班的平日午后,徜徉在巴黎贫民区的东方面孔,几乎清一色都是越南移民。

言うまでもなく、ベトナム戦争以前、ベトナムはフランスの支配下にあった。アメリカは、フランスの肩代わりでベトナム戦争を始めたのだ。

毋庸赘述,在越南战争爆发前,越南曾长期沦为法国殖民地,美国正是接替法国的烂摊子才深陷越战泥潭的。

結果アメリカは散々な目に合うのだが、南ベトナム危うしの頃から、南ベトナムの小金持ちは、フランスに避難していた。

结局美国固然狼狈收场,而在南越政权摇摇欲坠之际,当地的殷实阶层早已举家逃难至宗主国法国避难。

もとが、フランスの占領下だったのだから、ベトナム人はフランス語が上手い。ついでだが、アルジェリア人もフランス語を話せる人が多い。

正因曾受法国殖民统治,越南人的法语极为流利。顺便一提,许多阿尔及利亚人的法语也极好,同样因为阿尔及尔曾是法国殖民属地。

アルジェもフランスの占領下だったからだ。

言归正传,相比之下,西德乡间小镇的民众可谓淳朴至极。

話をもとに戻すが、ドイツの田舎町の人たちは親切だった。

虽然不知道他们对待其他黄种人态度如何,但至少在那座小镇,我享受到了即便在本国同胞身上也从未体味过的至尊礼遇。

黄色人種の他の東洋人に対してはどうかしらないが、僕はその町で、同じ日本人から受けた事もない歓待をされた。

某天,我无意中注意到,酒馆里新来了一位负责打杂帮佣的年轻女子。

そんなある日、気がつくと、酒場で小間使いのような仕事をしている女性がいた。

比起普遍高大的德国人,她身形略显娇小,与我的个头恰好相称。

ドイツ人と比べると、いささか小柄だったが、僕の身長にはぴったりだった。

她没有德国女性特有的土豆般丰腴体态,是个五官清秀深邃的白人姑娘,我用手势询问年纪,她比划着回答说二十一岁。

ドイツ人特有のジャガイモ太りでもなく、目鼻立ちの整った白人の女の子で、パントマイム風に年齢を聞いたら21だと答えた。

面对完全不懂德语的我,她展颜露出的试图理解我的温柔笑容可爱极了。

ドイツ語の分からない僕を、分かってくれようとする笑顔が可愛かった。

我帮她搭手拎水桶时,她会用清脆悦耳的声音道谢:“Vielen Dank(非常感谢)”。那嗓音美妙动听,至今仍清晰回荡在我的耳畔。

手伝いにバケツなどを持ってやると「フィーレンダンク(とてもありがとう)」。声も素敵だった。今も耳に残っている。

每逢她手头得闲,我便唤她坐到桌旁,一同喝上一杯咖啡或偶尔来点啤酒。

彼女が暇の時には、テーブルに呼んでコーヒーかたまにビールを飲んだ。

或许也是因为孤身一人漂泊异乡的缘故吧,我心头甚至涌起一种寻觅到了今生挚爱的悸动。

1人でドイツにいたこともあっただろうが、最高の女性に巡り合えた気がした。

尽管彼此言语不通,但无论未来是在德国还是回日本,我都萌生了想与她永远相守相伴的念头。

ろくに言葉も通じないのに、そこがドイツであろうと日本であろうと、いつも一緒にいたいと思った。

我们在镇上唯一一家简陋破旧的电影院里,看了一场不知所云的德国电影。当时的德国电影水平不高(当然也可能只是那部片子太烂),我甚至痴心妄想着索性狠狠自学德语,留在德国当个编剧算了。

町に1軒しかない粗末な映画館で、言葉も分からぬドイツ映画を観たが、当時のドイツ映画のレベルは低く(もっともその映画だけだったのかもしれないが)、ドイツ語を勉強して、ドイツの脚本家になってやろうかとさえ思った、

整整一个星期,酒馆里的德国老主顾们默默看在眼里,谁也没有多说一句话,只是静静守护着我们。

そんな2人の様子を、酒場に来たドイツの人たちは1週間ほど何も言わずに見守ってくれていた。

直到有一天,其中一位常客带着满脸混杂着同情与不忍的复杂神情,缓缓踱步走到我的桌前。

ある日、そのうちの1人が、とても気の毒そうな顔で、僕のテーブルにやってきた。

他似乎竭力搜肠刮肚,夹杂着生硬蹩脚的英语低声对我说:

一所懸命覚えたのだろう、片言の英語を交えて言った。

“She is Nein… You cannot understand… Nein, Nein… She is Gypsy… Gypsy, you know?(她是Nein……你不能明白……不行,绝对不行……她是吉普赛人,吉普赛人,你懂吗?)”

「彼女はナインだ。君はキャンノット アンダースタンド……ナインナイン……彼女はジプシイ、ジプシー ユー ノー?}

起初我完全没反应过来。然而看着老人急切费力的措辞,再扫视吧台周围其他客人们纷纷颔首附和、投向我的那一抹抹怜悯同情的目光,我瞬间全明白了。

初めは分からなかったが、一所懸命の言葉と、その人の言葉にいちいちうなずくカウンターの客の僕に対する気の毒そうな顔で、何となく理解できた。

与酒馆里上了年纪的德国妇人相比,她的身段确实纤细苗条得多,但年轻人肌肤紧致光洁本就是常理。我也曾去过附近的大城市斯图加特,平心而论,她与城里的年轻德国女性在外表上根本毫无二致。除了在我眼里,唯独她是最美丽、最惹人怜爱的那一个……

彼女は他のドイツ人の女性と比べたら、すこしスマートな体つきだったが、比べるドイツ人の女性が年配の方だったから、若いし、肌がぴちぴちしているのは当り前だろう。近くの大都会、シュトウットガルドに行ったこともあったが、彼女と他の若いドイツ女性との間に違いなどなかった。彼女が一番きれいでかわいいと思った以外は……。

然而,她是一个吉普赛人。

だが、彼女はジプシーだったのだ。

在我的固有认知里,总以为德国人排斥歧视的对象唯有二战时期的犹太人。

ドイツ人の差別対象など、戦時中のユダヤ系の人達しかいないと思っていた。

况且犹太裔人哪怕仅凭外貌特征,隐约也能辨识一二。

それに、ユダヤ系の人はなんとなく見てわかる。

德国人、法国人、英国人与意大利人之间的面貌差异,大抵也能看出端倪。

ドイツ人とフランス人と、イギリス人とイタリア人の違いも、見た目で分かる気がする。

若论骨骼长相、身形肤色,身为东洋人的我,在德国人眼中显然更为扎眼惹目。

顔形、姿からすれば、東洋人の僕の方が、ドイツ人からすれば分かりやすいだろう。

可一旦知晓我是日本人,他们便毫不吝啬地倾注了令人难以置信的亲昵与敬意。

だが、僕が日本人であることが分かると、信じられないほど親愛の情を示してくれた。

镇上的德国老人们在日常中,也并未用任何白眼去孤立冷落那位吉普赛姑娘。

ドイツの人達も、ジプシーの女の子を疎外した目では見ていない。

彼此交往平平淡淡,宛若常人。

ごくごく普通につき合っている。

然而,那里确实存在着一道冰冷刺骨、绝不容逾越的歧视铁壁。

しかし、そこには確かに差別があった。

在酒馆老人们眼中,一个茫然不知内情、险些陷进去的异国日本青年,是何等可怜而令人担忧的存在。

それに気がつかず付き合っている日本人が、その酒場のドイツの人達から見て、気の毒だったのだろう。

日本人一听到“吉普赛”这个词,脑海里联想到的或许只是浪迹天涯的浪漫异域风情与怀旧诗意。

日本人は、ジプシーと聞けば、なんとなくノスタルジックな感じをうけるかもしれない。

但在德国,不,在整个欧洲大陆,他们是被深深钉在社会底层、世代遭受无形歧视的流浪族群。

しかし、ドイツ、いやドイツだけでなくヨーロッパ諸国では、差別されている人たちなのだ。

德国人、日本人与吉普赛人……而且是在彼此言语都不甚通晓的缝隙中,横亘着如此巨大的歧视沟壑……

ドイツ人と日本人とジプシー……しかも、お互い、言葉もよく分からない間にある差別……。

寻常概念里的世俗偏见,我自以为早已洞若观火。

ありきたりの差別なら、分かっているつもりだった。

然而,在异国他乡猝不及防撞上的这一堵无形之墙,带给我的精神冲击是毁灭性的。

けれど、外国で予期しない時に突然現れた差別はショックだった。

超梦在目睹自己亲手制造的克隆宝可梦与世间所谓“本物”的惨烈厮杀后,其心头所撕裂开的空洞与绝望,或许远比我当年所感受到的,还要深邃浩瀚得多。

ミュウツーが、自分が生み出したコピーポケモンと本物のポケモンの戦いの末に感じたものは、もっと大きかったかもしれない。

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