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2010 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」

[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第223回:“从《宝可梦》中消失的我”(小说第三卷梦碎、小田原深夜跳海获救与诀别系列构成)

首藤刚志 × 汤山邦彦 × 富野由悠季

WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」 2010.05.26 约 20 分钟 原文 ↗

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第223回 从《宝可梦》中消失的我:小说第三卷梦碎、小田原深夜跳海获救与诀别系列构成

TV版『ポケモン』のシリーズ・コンストラクションを降ろしていただいた後の脚本は、できるだけ、バトルが見どころにならない、つまり『ポケモン』アニメで確立しつつあるお約束のパターンと違うものを書くことにした。

在被正式免去电视版《宝可梦》‘系列构成’(Series Construction)的总编剧重任之后,对于后续零星执笔的单集剧本,我下定决心:尽可能不再以宝可梦对战作为剧情主轴与看点,也就是说,全力避开《宝可梦》动画当时正在逐步成型的刻板套路与固定公式。

それでいながら、『ポケモン』の世界でなければ描けないものを見つけようとした。

但与此同时,我又执拗地想要挖掘出唯独在《宝可梦》这一独特世界观之下才能够描摹出来的深层物语。

しかも、僕でなければ書けないだろう内容を意識した。

不仅如此,我更是时刻强烈意识到:这必须是除了我首藤刚志之外、任何人都无法写就的内容。

気楽に書けるだろうと思っていたのだが、非常に苦労した。

本以为卸下总编剧的重担后能够轻装上阵、写得轻松写意,殊不知真正动起笔来却是极其痛苦与煎熬。

気力、体力が衰えていたせいもあるだろうが、『ポケモン』でありながら、通常の『ポケモン』でなさそうなものを見つけるのが難しかった。

这其中固然有我自身心力交瘁、体力衰竭的缘故,但最根本的难点在于:要想既保留《宝可梦》的原汁原味,又要挖掘出跳脱于寻常《宝可梦》既定框架之外的新意,难度堪比登天。

脚本会議に出席していた方達は、映画版やシリーズ・コンストラクションを降りた僕に、気を遣ってくれたのかどうか、僕が持ち込むプロットを、ほとんど素通りにしてくれた。

当时围坐在剧本例会上的各位主创,不知是不是出于对大病初愈、且已主动退下电影与系列构成一线的我的照顾与体谅,凡是我带到会上的故事大纲(Plot),几乎全都不加阻拦、直接一路绿灯放行。

つまり、僕の書きたい『ポケモン』エピソードは何でも書かせてみようという態度を、少なくとも僕の前では見せてくださっていた。

换而言之,至少在当着我的面时,大家所展现出来的姿态皆是:‘只要是首藤先生想写的宝可梦故事,就随他放手去写吧。’

2001年の「テッポウウオのそら!」あたりから、「ポッポとデカポット!まだみぬそらへ!!」を経て、2002年の「ヤドンのさとり!サトシのさとり!」に至るまで、ポツンポツンと見受けられる僕の脚本作品がそれである。

从2001年的第212集《铁炮鱼的天空!》(テッポウウオのそら!),到第244集《波波与特大波波!飞向未见之天!!》(ポッポとデカポット!まだみぬそらへ!!),再到2002年的第260集《呆呆兽的顿悟!小智的顿悟!》(ヤドンのさとり!サトシのさとり!),在这一时期零星点缀的挂有我署名的动画剧本,正是这段挣扎岁月的产物。

それらの作品をここに並べて解説してみても、今や600本を超える『ポケモン』アニメのエピソードの中では、それぞれ単なる1本でしかなく、このコラムをお読みの方達の記憶に残っているかどうかも定かではない。

即便如今我在这里将这些单集一一罗列出来详加拆解与阐述,但在如今已然突破600集浩瀚体量的《宝可梦》长篇动画史册里,它们终归不过是沧海一粟的寻常一集罢了,阅读这篇专栏的各位读者究竟能否对它们留有哪怕一丝模糊的记忆,我都深表怀疑。

インターネットで検索すれば、それらの作品名が分かることは分かるが、書した本人も、そういえば書いたかもなあ……というあやふやさである。

虽说如今只要在互联网上敲击键盘搜索,便能轻而易举查出那些分集的详尽篇目,可就连作为亲笔撰写者的我自己,回想起来也只是恍惚觉得‘经你这么一提,我当年似乎确实写过这么一集来着……’那般记忆支离破碎。

このコラムを書くにあたって、その頃の作品をビデオで見返してはみたが、確かに他の脚本家の方達の書いたものとは毛色が違ってはいて、僕らしい脚本だなあ……とは思うものの、胸を張って『ポケモン』アニメの異色作と呼べるかどうかは疑問である。

为了执笔本期的专栏,我特意翻出录像带重新温习了当年的那几集旧作。诚然,相比其他编剧同仁的作品,它们的调性确实别具一格,让人一眼便能看出‘这确实很首藤刚志’……然而,若要问我能否挺起胸膛骄傲地宣称它们是《宝可梦》全系列中不可磨灭的传奇异色神作,我心中却充满了动摇与自愧。

むしろ、シリーズ・コンストラクションをやっていた頃の初期の脚本作品の方が、何もやっていないようでも、『ポケモン』アニメを成功させようと気を張っていたからか、よっぽど『ポケモン』アニメ全体から見れば異色で、僕の記憶にも残っている。

反倒是当年我身为系列构成全权主政的早期无印篇剧本,即便表面看似信马由缰、什么都未曾刻意把控,但或许正是因为心中始终憋着一股‘誓要让宝可梦动画一炮打响’的狂傲狠劲,从整部《宝可梦》历史的全景回望,早期的那些剧本反倒显得更加离经叛道、光怪陆离,直至今日依然深深烙印在我的心头。

つまり、シリーズ・コンストラクションを降りたからこそ、脚本会議でどんな異論が出ても、結果は作ってよかったと思われるような、TVサイズの『ポケモン』アニメの脚本を書いてやろうと思っていた肝心の脚本が、映画版の脚本と同様、思いつかないのである。

换言之,正因为自己主动退下了系列构成的宝座,我本满心期盼能够借此写出哪怕在剧本会上遭遇狂风骤雨般的质疑、但最终成品出炉后能让所有人拍案叫绝‘幸亏当年力排众议做出来了’的传世电视单话剧本——可残酷的现实却是,与此前在剧场版上的才思枯竭如出一辙,我脑海中根本挤不出任何能担得起这份野心的绝妙点子。

これには参った。

这当真让我彻底举手投降、无地自容。

おまけに『ポケモン』アニメが始まったころ、おそらく励ましの意味で言われたのだろう、「ポケモンの首藤と言われるようになってください」というあるプロデューサーの言葉に、シリーズ・コンストラクションを降りる際に、健康不良を理由にすると同時に「ポケモンの首藤とは呼ばれたくないので……」とうっかり答えてしまっていた。

更糟糕的是,在《宝可梦》动画开播最初期,某位制片人大概是出于对我的勉励与厚望,曾对我说过一句:‘希望首藤先生有朝一日能够成为世人交口称赞的“宝可梦之首藤”!’然而在正式提出辞去系列构成职务的那一天,我除了搬出身体每况愈下的托辞之外,竟然脑子一热,失口接了这么一句混账话:‘因为我从心底里……就不想被世人冠以什么“宝可梦的首藤”的头衔啊……’

つまり、その言葉の裏には、健康不良だからこそ『ポケモン』の他にある書きたいものを優先させたいという意味があったように聞こえるわけで――事実、書かなければいけないと思うものがあった――しかし、『ポケモン』のプロデューサーからすれば、こんなに失礼に聞こえる答えはないだろう。

换句话说,这句话在对方听来,其潜台词简直就像是在狂妄宣称:正因为我身体垮了,所以我必须把所剩无几的宝贵精力优先留给宝可梦之外的个人创作——事实上,我当时心底确实存着许多自认为非写不可的心血结晶——可是站在《宝可梦》制片人的立场上,世间恐怕再也没有比这更加狂妄、失礼且不知好歹的恶劣答复了。

僕は、自分の言葉に自分で追いこまれた。

我被自己说出口的狂言妄语,彻底逼入了退无可退的万丈绝壁。

僕が書くその後の『ポケモン』アニメは、僕が優先させたいと思う他のものに匹敵するか、それ以上のものでなければならないはずである。

既然夸下了如此海口,那我日后写出的《宝可梦》剧本,就理应必须能够与我口中那些‘更优先的宏愿’平分秋色,甚至必须凌驾其上才合乎情理。

まして、僕が優先させたいと思う小説を含めたいくつかの作品の出来が酷ければ、「こんなもののために、『ポケモン』のシリーズ・コンストラクションを降りたのか?」と失笑されるだろう。

更不消说,倘若我自认必须优先完成的包括小说在内的其他作品最终成色平庸拙劣,世人必定会在背后指着我的脊梁骨无情嗤笑:‘难道你当年主动扔掉《宝可梦》总编剧的黄金王座,就为了憋出这么一堆上不得台面的破铜烂铁?’

事実、『ポケモン』の映画を降りる、シリーズ・コンストラクション(つまり『ポケモン』アニメのメイン脚本家)を降りる、と言い出した時、「なぜ、この不況下であんなにヒットしている『ポケモン』を降りるのか?」と、家族、知人のほとんどが反対で、しまいには「お前、気がおかしくなったのか?」「何を言われても『ポケモン』にしがみついているべきだ」とまで言われた覚えがある。

事实上,当我最初提出要辞去《宝可梦》剧场版编剧、辞去系列构成(即整部宝可梦动画的主编剧席位)之时,‘在如今整个日本经济陷入漫长平成大萧条的苦日子里,放着如此如日中天、大赚特赚的全球大金矿《宝可梦》不干,你到底吃错了什么药?’——我身边的亲朋好友几乎无一例外全员激烈反对;到最后甚至有人指着我的鼻子厉声痛骂:‘首藤,你这家伙是不是彻底疯了?’‘无论别人怎么冷嘲热讽,哪怕死皮赖脸你也必须给我死死抱住《宝可梦》的大腿不放啊!’我至今仍清晰地记着这些刺耳的忠告。

まあ、僕が納得できる『ポケモン』の脚本を、僕が書けそうもないと感じたことが、僕の出した結論につながっているわけだが、その「感じ」に過ぎなかったことが、まさに実感になってくると、穏やかな気分ではいられない。

说到底,我之所以做出退场的决断,是因为我深感自己已经再也无法写出能够让自己发自内心认可的宝可梦剧本;然而,当这种原先不过停留在直觉层面的‘预感’,随着交稿困难一步步化为冰冷刺骨的残酷现实时,我便再也无法维持哪怕一丝一毫的平静与从容。

体調、精神状況、ともに最悪だった。何かというとすぐ倒れ入院した。

我的肉体状况与精神心境双双坠入了万劫不复的无底深渊。稍有风吹草动,我整个人就会轰然倒地,被紧急送医抢救。

そこに、僕が書きたいものとは別に、色々なものが飛び込んでくる。

而在这一切的泥淖之中,抛开我心心念念真正渴望执笔的个人夙愿不谈,外部世界各种繁杂纷乱的事务又如同潮水般不由分说地朝我涌来。

TBSの特番「2001まんがはじめて物語」の制作決定……この作品の前身である13年続いた『まんがはじめて物語』シリーズの脚本制作の責任は、大いに僕にあった。特番が成功すれば、シリーズ再開もありうる。そのスタッフの数人は、小田原の病院まで来て僕と打ち合わせ。スタッフの1人は、忙しすぎてがんの発見が遅れ、若くして亡くなった。先に死ぬなら僕だろうと思ったのに……。放映結果は色々な要素がからみ中途半端。2010年現在も企画は動いているらしい。つい最近、前作シリーズのスタッフの同窓会がささやかに開かれたが、とても楽しかった。

TBS电视台敲定了元旦特别企划《2001漫画日本物语》(2001まんがはじめて物語)的制作决定……作为这部开创性作品的前身——当年整整横跨13个年头的长寿系列《漫画日本物语》,其剧本统筹的核心重责很大程度上正由我一手肩负。如果这部特别篇能够斩获佳绩,整个经典长篇系列甚至有望重见天日、全面重启。制作组的几位核心成员甚至不辞辛劳专程赶赴小田原的病房探望我并展开剧本研讨。然而其中一位同甘共苦的年轻制作同仁,却因为连轴转的极度过劳导致癌症确诊延误,年纪轻轻便撒手人寰。我当时心如刀绞:明明最该先死的人是我首藤才对啊……特别篇播出后的反响受制于各种复杂的历史纠葛而显得不上不下、半途而废。到了2010年的今天,听说重组企划似乎依然在悄悄推进。就在不久前,当年老团队的同仁们还低调举办了一场温馨小巧的同窗聚会,大家畅叙旧情,极尽欢畅。

さらに期限なしで約束してはいた舞台ミュージカルのいくつか……そのうちのひとつは企画から6年後に実現し、その2年後再演もされた。ついでながら、今年、上演された魔女っ子ミュージカルらしきものとはぜんぜん別のミュージカルである。念のため書いておく。

除此之外,还有几部虽未设严苛死线但此前早已立下口头契约的舞台音乐剧企划……其中一部在企划立项整整六年后终于登台公映,并在两年后成功复排再演。顺便在此郑重澄清一句:这出音乐剧与今年商业上演的某种所谓魔法少女衍生音乐剧绝非同物,特此记下一笔以正视听。

そういえば、その魔女っ子ミュージカルと似た名前のアニメの第3弾の企画も動いていた。

说起来,与那部魔法少女音乐剧名字相近的传奇动画IP的‘第三弹’全新企划,在当年也曾悄然暗流涌动。

10年前の当時は、過去の同作品の作画スタッフもやる気でいたようだ。脚本も同様。プロットを過去2作の主役2人に頼む話もあり、可能ならば、3弾目の主役の声を含めて3人の主役の声がそろうエピソードも考えてあった。

在整整十年前的那段时光里,参与过以往前两作的原班核心作画团队似乎个个摩拳擦掌、跃跃欲试,剧本团队亦然。当时甚至有过由前两部的主角声优来亲自撰写剧情大纲的设想,并且只要条件允许,我还曾构思过让第三部的新主角与前两作的两位主角声优三代同堂、梦幻共演的传奇集数。

この作品の過去2作の総監督は『ポケモン』の総監督でもあり、この監督を務めるのは基本的に不可能なのだが、せめて監修ぐらいで引っ張り出そうという説もないわけではなかった。ちなみに、僕は当時から御本人の気持ちは聞いてはいたが、2010年の現在、その魔女っ子アニメ制作会社の状況は、あまりに昔と違い、関わることをはっきり断っているらしい。

执导过该系列前两部作品的总监督,恰恰也是《宝可梦》的总监督(汤山邦彦);尽管让他分身再次亲自挂帅执导几乎绝无可能,但在当时团队内部也曾流传着哪怕退一步请他出任总监修也要强行请出山的传闻。顺带一提,我从当年起就早已深知汤山监督本人的真实心意,而到了2010年的今天,那家制作魔法少女动画的原制作公司内部环境已然物是人非、沧海桑田,汤山监督本人似乎早已彻底回绝、明确表示绝不再染指分毫了。

以上、書いたことは、やらなければと思っていたこととは別の一部分である。

以上我所絮叨的这一切,还仅仅只是横亘在我眼前、与我心底自认为‘非完成不可的真正使命’毫无关联的琐碎枝节罢了。

体調はいつ、あの世に行ってもいいような状態である。

我的身体状况早已衰竭到了哪怕在下一秒暴毙撒手人寰也毫不稀奇的绝境。

それを自覚しながらも残された時間にやらなければと思うものが多く、おまけに自分のハードルは、自分で勝手に高くしていたから、半狂乱である。

然而在明知大限将至的清醒绝望中,我心中盘算着必须在有限余生里亲手交出的创作清单却依然堆积如山;偏偏我又任性地将每一项的艺术标杆自作主张地拔高到了极致,整个人由此彻底陷入了歇斯底里的半癫狂状态。

で、子供の小学校入学を理由に、早川の魚港から建物の立派な小学校のある小田原市内のど真ん中にいきなり引っ越し。

就在这种近乎发狂的重压之下,借着女儿即将入读小学的由头,我突然决定全家从面朝早川渔港的避世寓所,仓促搬迁至拥有一所气派小学的现代小田原市中心。

後で思えば、誰より大変だったのは、僕の妻と娘だったろう。

事后回想起来,那段日子里承受了世间最深重苦难与煎熬的,无疑是我的妻子与年幼的女儿。

小田原市内の家は、3人家族にとってはかなり大きな家なのだが、体調不全で、情緒不安定な人間と同居である。

我们在小田原市中心购置的宅邸,对于一家三口而言算得上是一栋相当宽敞气派的大房子;然而,屋檐之下陪伴她们的,却是一个终日缠绵病榻、神志恍惚、情绪极度阴晴不定的重度病患。

僕なら、こんなおじさんと一緒にはいたくない。

易地而处,换作是我自己,我也绝不可能愿意跟这样一个不可理喻的糟老头子同住一个屋檐下。

よく我慢していたと思う。

她们当年究竟是咬紧了怎样的牙关才默默忍受下来的啊,如今思及唯有无尽的痛楚与感激。

で、月に1本などと言っていた『ポケモン』のTV脚本は遅れに遅れ、スタッフには迷惑のかけっぱなし……。もともと僕の書く『ポケモン』脚本の内容は、番組の進行に関わりのない番外編的プロットばかりなので、首藤さんの脚本はローテーションに入れず、「脚本ができた時でいい」ということになり、なおさら、プレッシャーがかかり、ある日の脚本会議で誰も手をつけなかったポケモンをメインにしたプロットを出し、GOサインが出て、書いている途中で考え込みだし、それっきりになってしまった。今は、そのポケモンの名前も忘れてしまっている。確か、アフリカにいるミーアキャットに似たポケモンが大集団で出てくるプロットだったと思う。

果不其然,此前在口头上逞强许诺的‘一个月交一集’的《宝可梦》电视单话剧本,在动笔后陷入了无休无止的恶性拖延,给整个制作团队带来了难以估量的麻烦与困扰……鉴于我所构思的剧本向来都属于与主线旅程推进毫无瓜葛的番外独立单元,制作组最后索性不再把‘首藤先生的轮空回’强行塞入排期表,而是宽容地表示:‘等首藤先生哪天彻底写完了再交稿即可。’然而这种过度的体谅与退让,反而化作了压得我粉身碎骨的无形重轭。在某次剧本例会上,我抛出了一个谁都未曾触碰过的生僻宝可梦为核心的故事大纲,当场顺利拿到了全票通过的制作绿灯;然而在实际执笔的过程中,我的思绪却再次陷入了死胡同般的苦思冥想,从此再也未能写下去。时至今日,我甚至已经彻底遗忘了那只宝可梦的名字,依稀只记得,那是一个关于形似非洲细尾獴(猫鼬)的某种宝可梦以庞大族群形态成群结队现身荒野的故事大纲。

それを書いている途中に、体調不全で、また入院……。脚本会議とはぷっつり音信不通となって、首藤剛志は『ポケモン』を書きたくないんだろうと判断されたのか、それっきりになってしまった。

就在那篇剧本写到一半的关头,由于身体全面崩溃,我又一次被紧急送进了医院长卧不起……与剧本例会的联络就此彻底断绝;制作委员会那边大概也是认定‘看来首藤刚志终究是再也不想写《宝可梦》了啊’,一切就此划上了无声的句号。

しばらくの音信不通に僕としてはいささかほっとした。

面对这突如其来的失联与寂静,我心底甚至不由自主地长舒了一口如释重负的浊气。

ミーアキャットに似たポケモンのエピソードは、他の脚本家の方に書かれた様子もなく、自然消滅したようである。

那篇关于长得像猫鼬的宝可梦的未完成篇章,后来似乎也从未转交由其他编剧同仁接手完成,就这般无疾而终地在岁月的尘埃中彻底自然湮灭了。

その後、『ポケモン』スタッフの方とは、思わぬところで会ったり、別件で電話を交わしたこともあるのだが、『ポケモン』の脚本、そして、2作まで書いた小説の3作目の話は出ない。小説は2作目で終わったままで、他の作者による続きが出た様子もない。

此去经年,我与《宝可梦》制作组的几位同仁有时会在意想不到的场合偶遇,有时也会因其他事务互通电话,然而彼此之间却极具默契地从未再提及半句关于《宝可梦》剧本的事情,更从未有人提起过由我执笔、停留在前两卷的《宝可梦》官方官方原著小说的‘第三卷’下落。那部小说就那样永远停更在第2卷的篇末,而后续也似乎从未安排其他作家接棒续写。

つまり、『ポケモン』に関しては、映画とシリーズ・コンストラクションは降ろさせていただいたのだが、脚本家としての首藤剛志は、脚本執筆途中でいつの間にかいなくなったのである。

也就是说,对于《宝可梦》这艘庞大的旗舰,电影剧场版和电视系列构成确实是我主动恳请请辞的;但作为单话编剧的首藤刚志,却是在执笔写到一半的半途之中,不知不觉间彻底人间蒸发了。

僕が書けなくなったと言ってもいい。だから、消えてしまった。

直白点说,就是我终于彻底写不出来了。正因如此,我选择遁入了虚无。

かなり、僕が無責任なのだろうが、まあ、それでいいとも思う。

世人尽可以斥责我极度不负责任、逃避退场,但思来想去,我觉得这样倒也未尝不是一种解脱与宿命。

『ポケモン』アニメに関しては、僕のやれることは、ぎりぎりまでやった気もしないではないからだ。

因为面对《宝可梦》这部长篇巨制,我心底深知,自己在极限边缘所能倾注的一切,确实已经毫无保留地燃烧到了生命的最后一滴灯油。

誤解されると困るのだが、『ポケモン』アニメスタッフと喧嘩別れしたわけではない。

为了避免读者产生不必要的误解,我必须郑重声明:我与《宝可梦》动画制作组之间,绝非闹翻决裂、不欢而散。

今も毎年、『ポケモン』グッズを送ってくださるプロデューサーがいる。

直到今天,依然有制作人同仁每年雷打不动地给我寄来最新的《宝可梦》官方周边与特产。

僕が関わっていた当時の『ポケモン』の脚本群を、小田原市立図書館に保存していただく際、配慮していただいたプロデューサーの方もいる。

当年我将自己执笔参与《宝可梦》时期的全部原始剧本手稿无偿捐赠给小田原市立图书馆永久典藏时,亦有制片人同仁在背后竭尽全力从中协调、给予了最周到的关照。

いわゆる御前様とも、ある方のお葬式で偶然お会いした。僕の健康を気遣った挨拶をいただいた。

就连那位被戏称为‘御前样’的最高决策层实权人物(注:指小学馆或角川高层),后来在某位业界的告别仪式上与我不期而遇时,也主动走上前嘘寒问暖,诚挚关怀我的身体健康。

たまにだが総監督とも話すことがある。『ポケモン』については、「続いているねえ」「続いちゃってるよ」って感じ。

偶尔我也会与汤山总监督通个电话。谈及如今的《宝可梦》,彼此之间的对白往往是淡然一笑:‘还在一直播着呢啊。’‘是啊,不知不觉就这么一直播下去了呢。’大抵便是如此心境。

むしろ、某魔女っ子アニメの噂話が多いかもしれない。「どうなってるんだろうねえ」「どうなってるんだろう?」って感じかな……。

反倒是聊起当年那部某魔法少女动画的八卦秘辛要频繁得多:‘那边现在到底搞成什么样了呢?’‘天晓得现在变成什么鬼样了啊?’大概就是这种老友间的调侃吧……

そんなわけだから、現在の『ポケモン』に関しては、「今の『ポケモン』をどう思いますか?」と聞かれても何も言えない。

正因如此,若有人跑来问我:‘首藤先生,您对当下的《宝可梦》作何感想?’我实在吐不出任何居高临下的断语。

「がんばっているな」と感心するし、これからも続いてほしいと願っている。

我由衷钦佩他们的拼搏与坚守:‘大家真的非常努力、非常了不起!’并且打心底里虔诚祈愿这部伟大的作品能够长长久久地继续繁衍昌盛下去。

なんにしろ、1作目の脚本を書いたのは、僕なのだから……。

无论这世道如何变幻沧海桑田——亲手写下这部传奇第一集剧本的人,终究是我首藤刚志啊……

ところで、『ポケモン』脚本が途切れた頃の僕だが。病室で他の作品群のこととごっちゃになって悩んでいた。

闲话休提,且说回当年我的《宝可梦》剧本正式断绝的那段时光。我终日蜷缩在白色的病房里,脑子被各种其他作品的企划纠缠成一团乱麻,痛苦不堪。

しかし、体は回復……退院したと思ったら、ある日の深夜、家から抜け出し、次の日、小田原の海……それもテトラポッドがいっぱいの危険な海に浮かんでいたらしい。発見者は海辺にいたホームレスの方だそうで、海から助け上げて警察に通報したようだ。その方は警察には名前も告げなかった。だから、お礼のしようがない。

然而,身体好不容易有了起色刚刚办完出院……万万没想到,在某天漆黑的深夜里,我竟然神志不清地孤身一人从家中游荡溜了出去;到了第二天清晨,人们骇然发现我正漂浮在小田原冰冷刺骨的海面上——而且是布满密密麻麻巨型消波块(Tetrapod)、稍有不慎便会被风浪拍碎骨头的极度险恶海域!最初发现并救起我的,据说是流浪在海边的一位无家可归的拾荒者,正是他拼死将我从惊涛骇浪中拉扯上岸并向警方报警。那位拾荒恩人甚至没有向警察留下自己的姓名便悄然离去,以至于我至今都无法当面向他道一声救命之恩。

その海辺は小田原市内からかなり遠いのだが、僕は車を持っているのにもかかわらず、歩いていったらしい。

那片出事的海滩距离小田原市中心极其遥远,而在自家车库明明停着私家车的情况下,我竟然在神志迷乱中徒步跋涉了无数里路硬生生走到了海边。

かなり精神安定剤(どこでも手に入る市販のもの)を飲んでいたようだが、このへんの記憶は今もまったくない。

据推测,我当时似乎过量吞服了大量随处可买的市售抗焦虑精神镇静药物,但那一整段在黑夜中独行的记忆,直到今天在我的脑海中都是一片死寂的绝对空白。

僕は頭を数針縫う傷を負っていたが命に別条なく、本人に自覚はないのだが、警察は自殺未遂と判断、事情聴取をしたが、意味不明のことを答えたらしい。

我的头部被暗礁撞裂缝了数针,所幸侥幸捡回了一条贱命;虽然我本人毫无求死或轻生的自杀记忆与自觉,但根据现场惨状,警方毫不犹豫地将其定性为‘自杀未遂事件’;在随后的盘问笔录中,我嘴里吐出的似乎尽是些前言不搭后语、不知所云的胡话。

で、処置に困った警察は、僕をとりあえずもよりの精神病院に入れた。

眼见我完全无法正常沟通,束手无策的警方只得先将我转送至就近的公立精神病院临时羁押收治。

僕はそこの医者に東京の渋谷の住所と小田原の家の電話番号を言ったそうだ。

据后来医生转述,我当时对着接诊的大夫报出了东京涉谷旧居的地址,却留下了小田原新家的固定座机电话。

渋谷の住所と小田原の電話番号では、つじつまがあわないが、医者は小田原の電話番号に電話した。

涉谷的门牌号配上小田原的区号,逻辑上完全风马牛不相及,但所幸那位严谨的医生还是抱着试一试的心态拨通了那个小田原的座机号码。

妻が電話に出て、「あらま、どこをふらついているかと思えば、そんなところにいるんですか?」

接电话的正是我的妻子,她闻讯后长叹一声:‘哎呀我的天,我还以为他大半夜又在街头哪个角落瞎转悠,怎么竟跑到精神病院去了?!’

で、翌日、妻が迎えに来たが、その時、僕は全く正気に戻っていた。

次日,妻子赶来医院接我,而彼时的我,早已彻底神志清醒、恢复了常态。

「けれど、少し様子を見ますか?」と医者は言い、僕も妻も同意した。

‘不过鉴于突发状况,要不要在病房里继续观察几天?’面对医生的建议,我和妻子都点头同意了。

そんなわけで、頭の傷の包帯が取れるまで、極めて軽度の精神病患者が十数人いる雑居病室に数日いた。

就这样,在头上缝针的伤口彻底拆线拆除纱布之前,我在一间收治了十多位极轻度精神病患的集体大病房里安然度过了数天光阴。

そこで見た普通に見えて少し壊れた人たちの行動は、なんというか、つまり僕にとっては、とても勉強になった。

在那几天里,静静观察那些表面看似与常人无异、内心却在某些微妙之处悄然崩坏破碎的病友们的举手投足,怎么说呢……对我这样一个以写作为生的人而言,简直是获益匪浅、大开眼界的人性大课堂。

この話を妻から聞いた僕の精神カウンセラー(著名な精神科医である)があわてて、「そんなところに長居をしていると、本当におかしくなる」と、精神病院に直接かけあってくれて、静養を目的とした病院に転院させてくれた。

后来,常年负责为我诊疗的专属心理咨询师(一位业界极富盛名的精神科名医)从我妻子口中得知此事后大惊失色:‘让那家伙在那种鱼龙混杂的集体精神病房里长期待下去,他早晚会变成真正疯掉的疯子!’于是这位名医亲自出面与那家精神病院直接交涉斡旋,火速将我转院至一家以静心疗养为宗旨的舒适医院。

この事件を、僕は別に隠そうとは思わない。

对于这段骇人听闻的溺海濒死往事,我从未打算刻意遮掩隐瞒。

考えごとに熱中している時、その手助けにしろ市販している薬やアルコールを飲むなという教訓である。

这是血淋淋买来的沉痛教训:人在极度沉迷于剧本构思与精神内耗时,千千万万不要妄图借助市售的精神药物与烈性酒精来催化灵感或麻痹神经,否则大祸必至。

ちょうどその年、プロ野球の阪神が優勝した。狂喜した大阪のファンが何人も道頓堀に飛び込んだ。

恰好在出事的那一年,日本职棒中央联盟的阪神猛虎队在时隔多年后奇迹般夺冠!欣喜若狂的大阪球迷们纷纷成群结队跃入道顿堀川狂欢庆祝。

僕は阪神ファンである。だから、この出来事、阪神が優勝して喜んだ僕が、道頓堀の代わりに小田原の海に飛び込んだという笑い話にしている。

碰巧我自幼就是个狂热的阪神铁杆粉丝。因此,面对这场自杀未遂的惨剧,我后来在酒桌上总是戏谑地把它当成笑柄讲给旁人听:‘那是我因为阪神队夺冠高兴得发狂,一时找不着道顿堀,索性就直接替大阪老乡跳进小田原的大海里庆祝啦!’

さて、『ポケモン』の脚本を書かなくなった僕には、もちろん、その後がある。

闲言少叙,在彻底封笔不再为《宝可梦》撰写任何剧本之后,我的生命轨迹自然还在继续延伸。

体裁よく言えば、自分のやりたいことのために、あれやこれやと悩んだり、のたうちまわった軌跡がそこにある。

若是往脸上贴金,那是一段为了追求自己心底真正渴望的创作、在尘世的泥潭里抓心挠肝、摸爬滚打的曲折奋斗史。

だが、いいおじさんがじたばたする話は語るのも恥ずかしいし、聞いてもスマートには感じてもらえないだろう。

然而,一个上了岁数的油腻糟老头子在生活的泥坑里垂死挣扎的糗事,讲出来委实令人面红耳赤,旁人听了也绝不会觉得有半分体面与潇洒。

アニメや脚本に興味のある方にとって、あまり関心が持てることとも思えない。

对于那些单纯对日本动画与剧本创作怀揣着美好憧憬的读者而言,想必也根本提不起兴趣去窥探这些颓丧阴暗的糟心事。

たまに書いてみようかなと思った脚本が、とんでもない作品になったこともあったし……これについては、下のコラムに以前少し書いたが、困った意味の参考にしかならないだろう。

偶尔心血来潮尝试动笔写出的零星剧本,甚至有时会演变成令人啼笑皆非的失控怪胎……关于这些,此前在专栏底部的副栏里偶尔略有提及,充其量也只能作为反面教材供人引以为戒吧。

今までの話にしても、実はアニメマニアが、興味を持てそうな作品を選んで重点的に書いてきたところがある。

回顾迄今为止在这篇专栏中所吐露的全部过往,其实我也大多是精准挑选那些广大动画硬核发烧友们大概率会抱有浓厚兴趣的代表作来进行重点剖析。

そういう作品は『ポケモン』で終わりにして、みなさんが脚本を書く上で、僕の独断と偏見で役に立ったことを少しお話ししてこのコラム全体を終わらそうと思う。

关于具体商业动画作品的揭秘与复盘,到这部《宝可梦》就正式画上句号了;在接下来的最后篇章里,我打算纯粹凭借我个人的独断与偏见,向大家分享一些对于各位有志于动笔写剧本的人而言当真切实行之有效的肺腑之言,以此来为这整整五年的连载专栏拉上大幕。

このコラム、僕が僕自身を見直すコラムでもあったのだが、4年も続けて分かったのは、あまり過去の扉を開くのは僕自身にとって精神衛生上よくないということである。どうしても気分が後ろ向きになる。だからこそ、少しでもみなさんのお役に立てればいいとは思っている。前向きなみなさんにね……。

这篇专栏,原本也是我用来审视与清算自己前半生创作生涯的忏悔录;然而在跌跌撞撞连载了四年有余之后我终于大彻大悟——频繁地去推开尘封着过去创伤的潘多拉之门,对于我脆弱的心理与精神卫生而言是极具毁灭性的。它总会不可逆地将我的心绪拖入灰暗阴冷的负面漩涡。正因如此,我才愈发期盼在最后能将这残存的火光,化作对大家的哪怕一丝微薄助力。奉献给依然心向光明、积极前行的你们……

つづく

(待续)

02

●昨日的我(比起近况杂谈不如说是人人都能胜任的编剧指南)

このコラムの最初に、なにはともあれ映画をたくさん見ろと書いたはずである。

在本专栏刚刚开篇的最初期,我曾言之凿凿地告诫过大家:无论如何,首要之务必须是不管三七二十一去海量观摩经典电影。

その中には、過去に名作と言われた作品が100本や200本はあるはずである。

在那些阅片储备中,历史上被世人奉为传世名作的殿堂级电影至少应当有上一两百部。

それらは、あなたの血や肉になっているはずである。

那些经典的养分,理应已经深深刻进你的骨髓、化为了你创作本能的一部分。

そうしてきたあなたが、ここ数年の日本の実写映画を見てどう感じるだろう?

倘若你当真带着这身真功夫,再去审视这几年日本院线公映的所谓真人实拍电影,内心究竟会激起怎样的波澜?

ボケやスカ映画のあまりの多さに辟易するはずである。

你必定会被那如过江之鲫般泛滥成灾的装疯卖傻、空洞无物的劣质大烂片恶心到退避三舍、扼腕叹息。

そう感じることができたら、あなたは、いい脚本が書ける人である。

一旦你在心底能够产生这股由衷的嫌恶与痛心,那么恭喜你——你已然具备了写出优秀剧本的天赋与潜质。

なぜ、最近の日本映画にボケやスカが多いのか?

为什么当下的日本真人电影里会充斥着如此多粗制滥造、味同嚼蜡的空洞庸作?

それは、作り手たちが、安易に作られたTVのドラマやアニメやゲームを見すぎていて、その引き出しから映画を作ってしまう傾向があるからだと思う。

究其根源,我认为是因为如今这批幕后创作者,平日里过度浸泡在那些快餐化、粗鄙化的廉价电视剧、快餐动画和流行快餐游戏之中,进而仅仅依赖自己脑海中那个贫瘠廉价的抽屉去拼凑所谓的电影。

つまり、TV育ちの作り手が、過去のドラマやアニメやゲームの表現を映画に移し替えているだけなのである。

说白了,就是一群吃着小荧幕电视快餐长大的新一代创作者,不过是在单纯机械地把过往电视剧、动画和游戏里用烂了的陈词滥调,生硬地倒换进大银幕的皮囊里罢了。

だから、どこかにありふれた既視感があり、つまらなく感じてしまう。

因此全片入目之处尽是令人昏昏欲睡的廉价既视感,让人觉得索然无味。

しかし、優れた既視感というものもある。

然而,世间同样存在着一种所谓‘高超而卓越的既视感’。

優れた既視感は、どこかで見たようでいながら、しかし新しい何かを、あなたに感じさせてくれる。

真正高超的既视感,是虽然让你隐隐觉得在何处曾经相识,但下一秒却能电光石火般带给你前所未有的崭新视听震撼。

いわゆる名作と言われる映画は、優れた既視感を持っているから、いつの時代でも新しい何かを感じさせてくれる。

那些历经岁月洗礼被尊为传世名作的电影,正因掌握了这种卓越的既视感魔法,才得以跨越时空的鸿沟,无论在任何时代都能唤醒世人内心崭新的共鸣。

だから、名作と呼ばれているのである。

这正是它们得以被称为名垂青史之作的根本底蕴。

そう言っている僕が、今のアニメを面白いと思うのはなぜか?

话虽如此,向来挑剔的我为何反倒觉得当下的日本动画有趣得令人刮目相看呢?

今のアニメの作り手は、すでに視たアニメを土台に、新しい表現を見つけ出そうとしているからだろう。

那是因为如今的动画创作者们,正牢牢立足于自己过往阅尽的前辈动画地基之上,拼死探寻着某种此前从未存在过的全新视听语言。

アニメを他の映像媒体に移し替えるのではなく、アニメ自体の中で新しい表現を模索している。

他们不是去生搬硬套其他映像媒介的皮毛,而是在动画这一载体内部进行着彻彻底底的本体语言革命。

だから、面白い。

所以,它才会如此鲜活、如此迷人。

今、面白いアニメが、数十年後に見て面白い名作になるかどうかは分からない。

如今这些令人眼前一亮的当红动画,在数十年后是否依然能够经得起时间淘洗成为永恒的名作,尚未可知。

でも、今は面白いのである。

但至少在此刻,它们是实实在在地有趣着。

今の脚本家にできることのひとつに、アニメの表現に、名作映画の優れた既視感を持ち込んでみる手があるような気がする。

作为当下的新一代编剧,能够施展拳脚的杀手锏之一,便是在动画的崭新表达之中,巧妙注入那些来自过去传世电影经典的高超既视感。

そんな気持ちでアニメの脚本を書けば、過去の名作が血肉になっているあなたが、今のアニメに新しい何かを持ち込むことができないはずはないと思うのだが、いかがですか?

倘若你怀揣着这般气魄去操刀动画剧本,早已将世界电影名作融会贯通、化为自身血肉的你,又怎可能无法给当下的日本动画注入划时代的全新生命力呢?不知各位意下如何?

僕の言っている意味が分かりにくいですか?

我说这番话的深意,不知大家是否能领会呢?

つづく

(待续)