2010 WEBアニメスタイル「シナリオえーだば創作術」
[访谈翻译] 首藤刚志动画创作手记 第217回:“病房里的妄想症恶化?在《宝可梦》的世界里所谓的‘第一’究竟是什么?”(巴黎公社梦碎、暴发户刻板印象、世界第一的伪善虚相与小田原圣地巡礼)
第217回 病房里的妄想症恶化?在《宝可梦》的世界里所谓的“第一”究竟是什么?
その頃の入院中の僕の精神状態が少し変なのは、自覚してもいた。
回想那段住院急救的日子,连我自己都清醒地觉察到,自己的精神状态已然极其不对劲、彻底失常了。
僕は病院の個室の中で、とりとめもなくいろいろなことを考えていた。
孤身一人关在医院白茫茫的单人病房里,我的脑海中漫无边际、不受控制地胡思乱想。
つきつめれば「自分はこれからどう生きるか?」である。
若追本溯源抽丝剥茧,所有焦虑的终极原点无非是:‘我接下来的余生究竟该如何苟活下去?’
いいおじさんになって、「自分はどう生きたらいいのか?」などと考えるのは青臭くて、手遅れ状態である。
一个年过半百、胡子拉碴的老大叔,居然还在那里矫情呻吟‘人究竟该怎样活着’,这种青春期式的青涩迷惘,在现实岁月面前不仅滑稽可笑,更是早已无药可救的为时已晚。
まして、40歳半ばでひと回り年下の女性と結婚して、5歳に満たない幼い子供もいる状態である。
更何况,自己在四十多岁人到中年时迎娶了比自己小整整一轮的娇妻,膝下还嗷嗷待哺着一个不满五岁的幼小幼女。
人生の半分は完全に通り過ぎてしまっている。
人生的半程早已彻彻底底被我抛在了身后。
まれに超高齢者で創作活動を続けている方もいらっしゃるが、僕には無理だと思っている。
世间固然偶有耄耋高龄依然笔耕不辍、挥洒创作生命的长寿泰斗,但扪心自问,我深知自己绝无那等造化与体魄。
20代の時は、ものを書いて気楽に生きていけるのは、奇跡的なラッキーが続いても僕には50歳が限界だと思っていた。
早在二十多岁的青葱岁月里我就认定:靠着码字卖文这种勾当优哉游哉混迹于世,哪怕奇迹般的滔天鸿运接连不断,于我而言五十岁也绝对是不可逾越的终极寿命极限了。
それまでに表現したいものを書けたかどうかは、ほとんど確実に「?」だが、ともかく、生まれてからそれぐらいの年月はたってしまった。
至于在五十岁之前自己究竟有没有写出过真正值得传世的表达,打上一个大大的问号近乎是板上钉钉的事实;但无论如何,自呱呱坠地迄今,大半个世纪的光阴已然这般无情流逝。
あとの人生はおまけで、どこかの山奥にこもって浮世離れした仙人もどきの暮らしをして、世界を達観しつつのんびり死ぬのを待とうかとも、若いころの僕は考えてえいたのである。
年轻时的我甚至曾浪漫地设想:五十岁之后的残生纯粹是命运额外附赠的添头,索性躲进某个杳无人烟的深山老林里,过着餐风饮露、不问俗事的冒牌仙人生活,一边以超然物外的冷眼达观俯瞰尘寰,一边慵懒安详地坐以待毙、静候死神降临。
それが無理なら、都会の公園でホームレスとして、迷惑をかけないように死体処理の費用ぐらいは持っていて野垂れ死。
倘若做不到那般出尘,便索性在繁华都市的公园长椅上沦为流浪汉;为了死后不给市政环卫添麻烦,口袋里好歹揣上一笔足够支付火化收尸的薄款,随后悄无声息地暴毙路旁。
ところが現実は違う。
然而残酷的现实,却将所有空想砸得粉碎。
達観というのが難しいというか面倒くさいというか……。
所谓的‘达观超脱’,与其说是高不可攀的禅境,倒不如说是极其麻烦、费力不讨好的沉重苦差事……
映画版の『ポケモン』にしたって、
就拿我自己亲笔执笔的《宝可梦》剧场版三部曲来说吧:
自己存在?――わかっちゃいない。
‘自我存在’?——我这编剧自己打心底里就根本没搞懂。
共存?――無理だろう。
‘生命共存’?——普天之下压根绝无可能。
生きている世界とは何?――知るか。
‘自己所生存的世界究竟为何物’?——老子天晓得!
脚本を書いた本人が、このありさまである。
亲手写出那些高深剧本的始作俑者我自己,骨子里居然正是这副德行。
残念なことに、僕は自分が信じ自分を納得させる宗教も哲学も持ち合わせていない。
极其遗憾的是,在我的灵魂行囊里,既没有任何能够让我全盘信奉托付的宗教信仰,也没有一套足以自圆其说宽慰内心的哲学体系。
なぜ自分が生きているかへの探究心もない。
我对于‘人究竟为何而生’这等宏大命题,甚至连一丝一毫探究挖掘的欲望都没有。
あるとしたら、生きている世界への極めて薄く広い好奇心だけである。
倘若非要说我还剩下些什么,那大概仅仅是对自身所寄居的这大千世界,抱有着一种极度浅薄、却又漫无边际的浮泛好奇心罢了。
広い好奇心と言っても、もともと不勉強だから自分の経験や体験から生じる好奇心にすぎない。
即便说是浮泛辽阔的好奇心,归根结底因为我生性不学无术,终究不过是源于我自己凡俗肉身所经历的狭隘体验与见闻而滋生出的浅陋兴致而已。
それでも、そんな好奇心から生まれた様々なアイデアやテーマは山のように溜まり、全部、自分が納得できる終わりを見つけ出していない。少しの作品以外は、みんな模索中である。
可即便是这种肤浅的好奇心,在数十年的岁月发酵下,所催生出的各种稀奇古怪的灵感点子与庞大命题依然堆积如山;而其中绝大多数,我至今都未能给它们寻觅到一个能让自己彻底释怀认可的终极答案。除了凤毛麟角的少数个例,全都在混沌中艰难求索。
たとえば『魔法のプリンセス ミンキーモモ』のテーマは、誰のものでもない自分自身の夢をかなえよう……のつもりである。
举个例子,当年我创作《魔法小天使》(明琪桃子)的核心母题,原本的宏愿是:去实现不属于任何他人、唯独属于你自己的梦想……
しかし、僕自身の夢が自分自身にも分かっていないから、誰のものでもないあなた自身の夢をかなえよう……という提案になる。
然而,正因为我连我自己内心的梦想究竟为何物都一无所知,所以落到剧作层面上,最终便不得不变成了一句向观众单向投射的探询:去实现不属于任何他人、唯独属于‘你’自己的梦想吧……
あなたは僕ではない。現実に生きている人間であるあなたである。
因为‘你’绝不是我首藤刚志;‘你’是活生生呼吸在尘世间的一个个独立存在。
まあ、少なくとも生きているあなたであって、死んでしまっては、夢なんか見ることはできない。……と僕は思っている。僕は、死後の極楽地獄、輪廻転生、最後の審判、等々の宗教的感性(?)は持ち合わせていないようなのである。
至少,是‘活着’的你;一旦肉身化作尘土撒手人寰,便再也不可能做什么幻梦了……我一直是这般坚信的。在我的骨子里,似乎从来就不曾具备相信死后极乐地狱、轮回转世、乃至末日审判等超自然因果的任何宗教性(?)感官神经。
だから、現在、生きているあなたの夢をかなえませんか、であり、僕はあなたを知らないから、まあ、いろいろあってもいいんじゃない、ええだば、ええだば、になる。
所以,我的诉求无非是:趁着你还活生生立于世间的当下,为何不去全力绽放你的梦想呢?而既然我对你的人生遭际一无所知,那么纵使历尽坎坷曲折,不也全都是宝贵的生命体验吗?‘这样挺好、挺好的啦(ええだば、ええだば)’——最终便化为了这句口头禅。
だが、それでは無責任な気がするから、僕なりの物語としての『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の結末は考える。
但若仅仅停留在这种虚无的安慰上,未免显得太不负责任了;因此,我一直试着以我自己的方式,去推敲构思《魔法小天使》作为一部叙事史诗真正的终极宿命大结局。
これがとても面倒くさい。でもまあ作品である以上、それを見て、読んで、何かを感じる相手がいるだろう。
这过程极其繁琐、麻烦透顶。但既然它作为一部作品立于世间,就必定会有千千万万的人观看它、阅读它,并由此在灵魂深处激荡起某种莫名的悸动。
その人たちは、キツネにだまされたように感じるかもしれないが、とりあえず『魔法のプリンセス ミンキーモモ』という物語の終わりは思いついている。それが、3代目『ミンキーモモ』になる予定だった。
那些观众或许会觉得自己被像狐狸施了障眼法一样捉弄了一番,但我心底确实早已构思好了《魔法小天使》这一庞大童话的真正终局。而那个终局,原本正是要寄托在传说中的‘第三代《明琪桃子》’身上的。
『魔法のプリンセス ミンキーモモ』といえば、よく引き合いに出される哲学的(?)児童文学の「モモ」というエンデという人の小説(時間泥棒との戦いを描いたこの作品を初代『魔法のプリンセス ミンキーモモ』の頃、僕は知らなかった)があるが、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』は、「モモ」よりも、同じ作家の虚無との戦いを描いた「はてしない物語(ネバー・エンディング・ストーリー)」に近いかもしれない。
谈及《魔法小天使》,世人常爱拿米切尔·恩德(Michael Ende)那部探讨时间盗贼搏斗的哲学儿童文学《毛毛》(Momo)来穿凿附会(其实在写初代动画时我压根就没读过那本小说);但在我看来,《明琪桃子》的精神气质比起《毛毛》,或许反而与同一位作家描摹生灵同‘虚无(Nothingness)’殊死搏斗的《永不结束的故事》(The Neverending Story)更为血脉相通。
エンデは、この作品の後、僕の知る限り、わずかしか児童文学風のものは書いていない。
据我所知,恩德在写完那部震撼人心的宏大巨构之后,便几乎再也没有执笔过寻常意义上的儿童文学了。
「はてしない物語」を書いてしまったら、次回作が書けなくなることは、僕にもなんとなくわかる気がする。
一个人一旦把《永不结束的故事》这种掏空灵魂的作品彻底宣泄于世,之后便会陷入万念俱灰、再难动笔的虚脱绝境——对此我内心隐约能感同身受。
だが、『魔法のプリンセス ミンキーモモ』には一応、楽観的な終わりがある。
不过在《魔法小天使》的构想里,我好歹还是为它保留了一个充满乐观救赎的温情结局。
それを見つめるのは、楽しいが、とても面倒くさくもあった。
凝视着那个结局虽然令人愉悦欣慰,但要把那庞大的意象具象化为剧本文字,却也是要命的折磨。
僕が書くものは、思いつきが身近かだから、アイデアやテーマは一瞬だが、大風呂敷を広げすぎて、収拾が難しいものが多い。
我笔下的故事,其灵感往往源于身边触手可及的微小琐事,刹那间便能迸发出电光石火的命题;可一旦动笔,我总是本能地把叙事格局吹得无限辽阔宏大,以至于最后往往骑虎难下、难以收拾残局。
僕は何の思想性も持ちあわせていない。だが、たまたま、1970年近辺の学生運動が、20代前後にあったから、「そもそも、共産主義、社会主義ってなんなのさ」から思いついて、子供でも面白く見られるように書いたつもりのアニメ脚本が『巴里のイザベル』という、ほとんど知られていないアニメ作品だ。これまでも触れたように、世界最初にして最後の労働者革命と言われることもあるパリ・コミューン(知らない方はネットで概略を……別に知らなくてもいいけれど)を背景にしていて(実在した人物、マルクスらしき人物も出てくる)、いいかげんに数冊の関連書物を調べて書いた。
我骨子里没有任何坚定的政治思想。只是恰好在我二十岁出头的大好年华,赶上了1970年前后轰轰烈烈的安保斗争与左翼学生运动大狂潮,于是我脑子里冷不丁冒出一个问号:‘说到底,所谓的共产主义与社会主义究竟是个什么玩意儿?’为了让懵懂孩童也能津津有味地理解这一宏大社会思潮,我曾执笔过一部如今几乎被世人彻底遗忘的冷门动画剧本——《巴黎的伊莎贝拉》(巴里のイザベル)。正如我此前提到过的,那部作品以被誉为人类历史上首个无产阶级政权的‘巴黎公社’为时代背景(甚至还登场了形似马克思本人的历史真实人物),当时我不过是草草翻阅了几本历史文献,便大刀阔斧地写成了动画。
作品が放送された後で、「パリ燃ゆ」という故・大佛次郎氏のパリ・コミューンについて書いたノンフィクション大作があることを知ってあわてたが、それこそ後の祭り……アニメとは全然アプローチの仕方が違う大作だから、比較するほうが馬鹿みたいだが、僕が参考として使うには欠かせない作品だったはずである。若気の至りというよりも、不勉強の極みである。
直到动画全部公映播完之后,我才惊悉文豪已故大佛次郎先生曾亲笔撰写过剖析巴黎公社的非虚构史诗巨著《巴黎在燃烧》(パリ燃ゆ),令我悔恨得直拍大腿;虽说那种鸿篇巨制与儿童动画切入历史的角度完全不可同日而语,拿来强行对比纯属自取其辱,但对于当初意欲构建历史世界观的我而言,那本该是无论如何都不可或缺的案头宝典才对。这何止是年少轻狂的莽撞,简直是不学无术的荒唐极点。
で、アニメ『巴里のイザベル』はパリ・コミューンの最後の戦いがラストだが(最後の戦闘が行われたパリのペール・ラシェーズ墓地には、20代の時、何度か通った)、本当は、大人向けの小説にして、続編を続け、ロシア革命で共産主義、社会主義の限界を予測するという大風呂敷を広げた作品にするつもりだった。
在动画《巴黎的伊莎贝拉》的结局里,剧情收束在巴黎公社最后一场浴血巷战之上(二十多岁流浪巴黎时,我曾多次踏足发生最后决战的拉雪兹神父公墓凭吊);然而在我原本那极度狂妄的宏伟蓝图中,我是打算将其扩写为面向成年人的严肃鸿篇小说,一路续写下去,直到借由日后的‘十月俄国革命’全面预言共产主义与社会主义在人类社会实践中的制度性极限!
ところが、だらだらしているうちに、あれよあれよと言う間に、東西ドイツの壁がなくなりソ連が崩壊してしまった。
然而,正当我拖拖拉拉、游手好闲之际,眼见着柏林墙轰然倒塌、东西德一统,紧接着庞然大物苏联竟然在一夜之间土崩瓦解烟消云散!
いまさら共産主義や社会主義の限界など書いても、証文の出し遅れである。
到了这步田地,我若再跑出来长篇大论论证‘社会主义的局限性’,纯粹是事后诸葛亮、马后炮的废纸一张。
数年前、ペール・ラシェーズ墓地に行ったが、パリ・コミューンの戦士たちが銃殺された壁の前に供えられた花束の数は、20代に訪れた頃に比べ、極端に少なかった。
数年前我再次故地重游拉雪兹神父公墓,在那堵公社战士们英勇就义被集体枪杀的‘公社社员墙’前,凭吊献上的鲜花数量,比起我二十出头初访巴黎时所见到的海洋,已然稀稀落落、凋零得触目惊心。
時代は、どんどん移り変わっているのである。
大江东去,时代的车轮正以摧枯拉朽之势决绝地滚滚向前。
別に思想小説を書く気は最初からないから、パリ・コミューンからロシア革命までを、1人の女性を通して描く手法は、今でも可能だろうが、次々と明らかにされていく事実を調べ、フイクションと混ぜ合わせる体力も気力もない。
我打心底里原本就毫无撰写政治思想小说的狂妄野心,借由一位传奇女性的宿命去串联从巴黎公社到俄国革命的壮澜史诗,在技法上今时今日依然完全行得通;但要把不断解密重见天日的浩瀚历史文献彻底翻查透彻、并与虚构戏剧严丝合缝地杂糅在一起,对于如今这副身心残破的我来说,早已没有哪怕一丝一毫的气力与心智了。
僕の書いていない作品(書いていないから作品とはいえないのだが)は、そんなのばかりである。
我那些‘胎死腹中未曾面世的废案作品’(既然没写出来,严格意义上甚至都配不上称为作品),放眼望去全都是诸如此类的大而无当之物。
そのくせいろいろな経験や体験はしてきたから、新しいアイデアやテーマは増える一方である。
可偏偏我自己这一生经历的离奇风浪实在太多太杂,导致脑海深处不断滋生出的全新灵感与主题只增不减、疯狂膨胀。
18年も住んでいる小田原に関わる話もまだ何も書いていない。
在小田原这座海滨古城安家落户了整整十八年,我甚至连哪怕一篇以小田原为舞台的故事都还未曾动笔写过。
ネタは山ほど転がっているのに……。
明明数不胜数的绝妙素材与市井灵感就这般散落在身旁的沙滩与巷弄之中……
小田原の病院の天井を見ながら、「俺って何にもやってないなあ」と、どんどん、気分がマイナーになっていく。
仰望着小田原急救医院惨白的天花板,‘我这辈子到底干成了个什么啊……’的自责与虚无感如同一滩污泥,将我的心境拖入了愈发万劫不复的灰暗深渊。
ついでといっては家族に失礼だが、30代から40代前半の僕は、まるで結婚や子供など考えていなかった。
顺带一提——虽说这话对妻女显得极不庄重甚至冒犯——三十岁至四十出头时的我,脑子里根本从未有过成家立业、养育子嗣的概念。
それが、50代間近かの僕にはいる。
然而等一只脚踏进五十岁门槛时,我却不可思议地拥有了至亲至爱的骨肉家庭。
若いころに子供のできた知人には、孫のいる人もまれにいる。
在年纪轻轻便早早结婚生子的昔日旧友当中,如今甚至有人已经含饴弄孙、当上祖父了。
本来なら自分の家族を守る姿勢にとっくになっている年齢である。
以常人伦理而言,这本该是早已饱经风霜、张开羽翼誓死捍卫家庭港湾的沉稳年纪。
「これでいいのか……これでいいのか……これでいいのか」の繰り返しである。
‘这样真的行吗……这样真的行吗……我这样的人真的配吗……’这句如同诅咒般的沉重问号,在脑颅内不休地机械回荡。
精神状態が、落ち込んでくると他のことまで気になってくる。
精神一旦深陷抑郁的泥潭,周围原本微不足道的一切闲杂人事都会化作刺痛神经的毒刺。
今このコラムは、『ポケモン』を話題にして書いている。
眼下这篇专栏,正在以《宝可梦》的幕后秘辛为主线进行连载。
「僕は物書きです」というと、必ず帰ってくる問いが「今、何をお書きですか?」である。
每当在社交场合我随口说起‘我是靠写作为生的文人’时,对方必定会条件反射地追问:‘那您眼下正在写些什么高作呢?’
相手が知らない作品を言っても分からないだろうから、「ポケモンとか……」というと、相手の反応は、「子供が夢中ですよ」はいいとして、いささか品のない表現をすると「わあ、儲かっているんですね」である。
报出对方听都没听过的冷门小众作品无非自讨没趣,于是我往往含糊其辞地答上一句‘《宝可梦》之类的……’听到这个词,对方的反应除了客套一句‘哎呀我家孩子迷得不行呢’之外,若用稍微不客气的话来形容,所有人眼中瞬间闪烁起的精光无非是四个大字:‘哇!那您肯定发大财、赚翻了吧?!’
「面白いアニメですね」「いいアニメ」ですね、の評価は少ない。
能够发自肺腑赞叹一句‘真是一部精彩有趣的动画啊’、‘真是一部触动人心的优秀杰作啊’的纯粹评价,简直凤毛麟角。
その評価は日本では絶大な人気を誇る国民的アニメ作家の作品群に向けられている。
那等至高无上的艺术礼赞,在日本向来全都被毫无保留地倾注给了那位享有绝高国民声誉的泰斗大师(宫崎骏/吉卜力工作室)的经典神作群之上。
事実、その方の所属している制作会社のアニメのクオリティは高いし、本場のアカデミー賞もとっているし、毎年の日本映画の中では、図抜けたヒットである。劇場版『ポケモン』が日本映画のアニメ映画のトップになるのは、日本で国民的アニメが上映されていない年である。
客观而言,那位泰斗所在制作公司的动画制作水准确实登峰造极、惊艳尘寰,不仅斩获了美国好莱坞奥斯卡金像奖至高桂冠,在每年全日本本土院线公映的大片中更是所向披靡、独领风骚。剧场版《宝可梦》能勉强登上全日本国产动画电影票房年度榜首的年份,无一例外全都是那位国民泰斗当年恰好没有新作上映的‘空窗之年’罢了。
確かに『ポケモン』は制作体制のしっかりた大プロジェクトだから、他の作品よりは収入は多い。特にしっかりと出してくれる脚本印税収入は、貧乏物書きとしては仰天するぐらいである。
平心而论,《宝可梦》作为一家体制森严庞大的国家级超巨企划,带给主创的报酬确实远非寻常小作坊可比。尤其是制作委员会足额且准时发放的编剧版税分红,对于一个半生穷困潦倒的落魄文人来说,确实丰厚得令人咋舌。
『ポケモン』を書いている脚本家の誰かが、思わず「僕たち勝ち組ですね」と言ったぐらいだ。
甚至在当年参与执笔《宝可梦》动画的某位常规编剧口中,曾忍不住脱口而出一句得意忘形的真心话:‘咱们这帮人,现在可真算得上是人生赢家(勝ち組)了呢!’
しかし、皆さんが知る『ポケモン』は、アニメ、グッズ、ゲーム、大々的なPRによる総合的な大ヒットである。
然而,全天下世人所亲睹的《宝可梦》滔天财富神话,是集结了掌机游戏、衍生周边、万千玩具、电视动画以及铺天盖地的全球商业营销协同引爆的综合性商业奇迹。
『ポケモン』の脚本家の得る収入は、アニメの脚本が関わる部分でしかない。「ポケモン」ヒットの一部分である。
作为幕后编剧所分润到的微薄收入,仅仅局限于动画剧本直接关联的狭小份额,不过是那座庞大商业冰山露出海面的一粒微尘罢了。
一般の方の連想する『ポケモン』全体の儲けと、脚本家の収入は、かなり、いや相当誤差があるのである。
寻常大众脑海中所脑补的‘整个宝可梦帝国的金山银山’,与编剧实际落袋的真实收入之间,横亘着极其悬殊、甚至大到荒谬的巨大认知鸿沟。
『ポケモン』の脚本家が「ポケモン」全体のヒットの恩恵にあずかったことはまぎれもない事実である。
不可否认,作为《宝可梦》的编剧能够承蒙这股席卷全球的狂潮庇荫而分得一杯羹,是毋庸置疑的铁打事实。
けれども、精神的にマイナー状態の僕は、「ポケモン」=「もうかっている」の図式的、評価がひっかかってしょうがない。
但是在精神极度灰暗病态的我心头,面对世人将‘宝可梦编剧’简单粗暴等同于‘捞大钱暴发户’的公式化嘴脸,却如鲠在喉、刺痛难耐。
「ポケモン」ヒットは、「ポケモン」に関わる様々な人たちの、その人たちの立場の努力の集合である。
《宝可梦》的辉煌奇迹,是千千万万不同战线、不同立场的幕后工作者在各自岗位上倾尽心血的汗水结晶。
『ポケモン』アニメの脚本家が、言われて嬉しいのは、「あのアニメ、よかったですよ」「あのアニメ、面白かったですよ」のはずである。「儲かってますね」ではないと僕は思う。
对于一个坚守文人格调的动画编剧而言,真正能让我们灵魂震颤、欣慰落泪的至高褒奖,本该是观众由衷的一句‘那部动画真的太棒了’、‘那个故事实在太精彩了’!而绝不是一句满嘴铜臭的‘您这下可赚大发了吧’!
自分の関わった作品に、自分で突っ込みを入れだすのは、精神的にドつぼにはまりつつある徴候である。
一个人一旦开始对自己呕心沥血参与铸就的代表作疯狂挑刺、极尽苛责反噬,正是其精神世界已然不可遏制地跌入毁灭泥潭的最危险征兆。
本来、素直に喜んでいればいいのである。しかし、そうは思えなくなってくる。
按常理来说,面对如此空前的成就,坦率地喜形于色、开怀大笑便足够了;然而彼时的我,却无论如何也无法这般宽慰自己。
たとえば、映画第1弾『ミュウツーの逆襲』は実写、アニメを通して世界で一番ヒットした日本映画である。2位も映画第2弾。3位は別の映画だが、4位はまたまた『ポケモン』映画弟3弾、5位に日本で一番ヒットした国民的アニメが入っている。
打个比方,第一部剧场版《超梦的逆袭》,在当时囊括真人与动画在内的全日本影史上,高居全球海外票房榜首第一位!第二名同样是第二部《洛奇亚爆诞》。第三名虽然被另一部真人作品占据,但第四名赫然又是我们的第三部《结晶塔的帝王》,直到第五名才轮到那部在日本本土最卖座的国民动画神作。
僕自身もうれしそうにいろいろなところで、そのことを書いたり、しゃべったりしている。
我自己也曾在无数访谈与聚会场合,眉飞色舞、喜气洋洋地大肆宣扬吹嘘过这一辉煌战绩。
でも、そうしながらも、僕のマイナーな部分はどこかでそれでいいのかと思う時があった。
可是,每当得意洋洋吹嘘之际,我内心深处那片永远无法驱散的阴暗角落里,却总有一个冰冷的声音在质问:当真就可以这样沾沾自喜了吗?
ひっかかるのは世界で一番の「世界」の部分である。
真正让我如芒刺在背、寝食难安的,是所谓‘世界第一’当中被冠以的那个‘世界’!
世界とは、欧米、特にアメリカである。アジア、中東、アフリカは計算に入っていない。
在资本与票房的统计报表里,他们所谓的‘全世界’,本质上不过是指欧美发达国家,尤指美国一国独大的市场!亚洲广大第三世界、中东阿拉伯世界、辽阔的非洲大陆,从始至终甚至连被计入统计筹码的资格都没有!
『ポケモン』が中東でヒットした話は聞かない。
我从未听说过《宝可梦》在中东大地上掀起过什么狂热浪潮。
むしろ、『ポケモン』アニメを非難している。
恰恰相反,在那些地区,保守的宗教神学舆论对《宝可梦》动画所散播的价值观充满了严厉的口诛笔伐与抵制斥责。
世界の映画産業は、アメリカを中心に動いている。
当今全球的电影工业,完全是以好莱坞为绝对圆心在疯狂旋转。
世界で一番映画が多く作られている国は、アメリカである。
世人往往想当然地以为,全世界电影年产量最高的国家是美国。
ご存知の方も多いだろうが、世界で2番目に多く映画が作られているのはインドである。
然而熟稔行业数据的人都清楚:全球电影年产量高居第二位的,是拥有宝莱坞的印度!
そして、3番目は、なんと、ナイジェリア……アフリカの国である。
而紧随其后高居世界第三位的,竟然是尼日利亚(诺莱坞)——一个地处非洲腹地的大国!
映画が作られている本数が多いということは、観客が多いということでもある。
一个国家能以井喷之势产出浩繁庞大的电影长片,直接佐证了其本土背后栖息着何等汪洋大海般的狂热观影大众。
そして、それらの国々は、欧米とは違う宗教観世界観をもっている国々である。
而那些生息在不同水土之上的亿万生灵,怀揣着与欧美基督教文明截然不同的独特宗教信仰、神话体系与宇宙观。
「世界」でヒットしたといっても、その「世界」は、本当の世界の半分にも満たない「世界」なのだ。
我们吹嘘所谓的‘风靡全球、世界大卖’,那个被肆意包装的‘世界’,在真正完整的地球人类版图面前,甚至连半壁江山都填不满!
世界の半分以上で、ポケモンは支持されていない。
在这个星球上,有超过一半以上的大众与文明,根本从未接纳支持过所谓的宝可梦!
大まかな理由は、分かるような気がしていた。
其中的深层缘由,我心中隐约能够体察明悟。
しかし、精神的にマイナーな状態では、それが気になってしょうがない。
然而对于此时此刻躺在病榻上陷入精神绝境的我而言,这个死穴却化作了挥之不去的梦魇,疯狂噬咬着我的心智。
気にしてもどうしようもないことなのだが、どんどんそんな気持ちが大きくなってくる。
明明理智告诉我这根本不是我一个落魄编剧所能左右改变的宿命,可心底的那份执念与妄想却如野火燎原般愈演愈烈、铺天盖地。
やっぱり、僕は病んでいたのである。
回首望去,彼时的我首藤刚志,确确实实是病入膏肓、精神崩溃了啊。
つづく
(待续)
●昨天的我(比起近况报告不如说是谁都能当的编剧)
小田原に行ってきた。文学館で開かれる、ほかのイベントにも参加しろというのである。
前些天我专程回了一趟小田原。因为主办方盛情相邀,催促我出席小田原文学馆举办的周边关联文化盛典活动。
桜の季節を間近にして、様々なイベントが企画されているが、小田原文学館の僕の展示は、その中のささやかな企画のひとつにすぎない。
眼看浪漫的樱花季近在咫尺,全城筹划了五花八门的盛大节庆;而小田原文学馆为我举办的手稿展,不过是这浩大樱花祭里一抹微不足道的微薄点缀罢了。
この文学館の本来の見ものは併設された北原白秋の家である。
事实上,这座文学馆真正名垂青史的镇馆至宝,是馆区内并设复原的伟大诗人‘北原白秋’故居。
いくら21世紀に生きる若い人でも、北原白秋の数多い童謡を聞いたことのない人はいないだろう。
即便是在21世纪成长起来的新生代年轻人,普天之下也断然找不出哪怕一个从未听过北原白秋先生那些传世童谣的日本人吧。
こっちのほうが本命だから、お見逃しのなきよう。
人家那座文学圣殿才是真正的正主门面,大家前去踏青时可千千万万别买椟还珠错过了。
ところで僕の展示物だが、僕が選んだものでなく、図書館の方に選んでいただいたものである。
顺带聊聊我个人的展区:陈列出来的所有文献手稿,并非出自我个人的授意挑选,而是全权由图书馆的学者们严谨筛选出来的。
個人的には、うひゃー、これを選んだの? というものもある。
从我私心来看,其中真有不少让我当场失声惊呼‘哎呀妈呀,你们怎么把这玩意儿都给摆出来了啊?!’的社死展品。
たとえば、いのまたむつみさんの描かれた不思議なキスマーク入りの色紙――『ゴーショーグン』のブンドルのような人物が描かれているが、あれは僕の似顔絵である。もちろん、ご本人は冗談で描いてくださったのだろうが、キスマークについては……まあいいや。
比方说,传奇插画大师猪股睦美(いのまたむつみ)老师当年亲笔为我绘制的一幅留有神秘鲜红唇印的签名色纸——上面画着一位神似《战国魔神豪将军》里美男子布鲁多鲁的华丽人物,但其实那画的是我首藤刚志本人的美化肖像!当然猪股老师当年纯粹是带着恶作剧玩笑性质画给我的;至于那个香艳的唇印嘛……咳咳,往事不提也罢。
それぞれの展示品にいろいろな思い出がある。
每一件泛黄的陈列遗物背后,都深埋着波澜壮阔的青春回忆。
展示されているのは、図書館に収蔵されているものの1/20ほどである。
不过这次摆进橱窗公开展出的,充其量仅占图书馆浩瀚馆藏中的二十分之一左右。
代表作だけというわけでもない。
展品遴选也绝非仅仅偏执于世俗意义上的所谓大牌代表作。
もっとイラストやフィギュア、ポスターの原画、セル画なども展示していただきたかったが、文学館の性格上、オタク的趣味だけにも走れなかったのだろう。
作为我个人,原本私心希望能多搬出些精美的赛璐珞原画、宣传海报手稿甚至绝版手办周边来助兴;但考虑到‘文学馆’严肃端庄的学术定性,显然无法彻底放飞自我偏向二次元御宅狂欢吧。
比較的、内容の真面目な脚本が並んでいる。
因此展厅里规规矩矩陈列的,大多是立意严肃、文本厚重的正统剧本。
原稿用紙に万年筆で書いた原稿なんて、今の僕は書けないなあ。
看着当年在方格稿纸上一笔一划用钢笔墨水蘸写出的厚厚手稿,如今这副敲键盘的双手,怕是再也写不出那般苍劲的墨迹了。
脚本は展示されているだけで中身は読めないので、じっくり中身を閲覧希望の方は、小田原市立図書館に、希望する3日ぐらい前に電話してほしい。展示物以外のものももちろん閲覧可能だ。
由于展厅橱窗内的剧本仅作封面陈列而无法上手翻阅,若有学者或读者渴望逐字逐句深读全本,请提前三天致电小田原市立图书馆预约调阅。未展出的庞大文献库同样全面面向公众开放预约。
図書館に所蔵されたもののリストは、図書館のホームページからダウンロードできる。
馆藏文献的完整编目索引总清单,大家可以在小田原市立图书馆官方主页上直接免费下载。
なお、文学館で展示されなかったもののいくつかは、3月27日、小田原ダイナシティウエスト(小田原駅の隣、JR鴨宮駅が近い)で開かれる、小田原スタイルEXPO2010というイベントでも展示される。
此外,部分未能在文学馆陈列的珍贵藏品,也将于3月27日在邻近JR鸭宫站的‘小田原Dynacity West’商厦所举办的‘小田原Style EXPO 2010’特展上与公众见面。
桜と小田原城をメインに、小田原は必死に頑張っているようだ。
以烂漫樱花与巍峨小田原城为核心名片,当地文旅部门眼下可谓是在全力以赴拼命招徕四方宾朋。
とても残念なのは、小田原駅を出るとせっかく小田原城が見えるのに、その視界に入る手前のビルに、金融会社レイクのおおきな看板があって、小田原城がレイクの宣伝のようなのだが、これは気にしないでほしい。駅前の地図どおり、10分も歩けば、桜と広大な城の世界が待っている。
唯一大煞风景的遗憾是:刚踏出小田原车站本该一眼远眺到气势恢宏的小田原古城,视线正前方的大厦楼顶却赫然立着高利贷放贷公司‘雷克(Lake)’硕大刺眼的巨幅商业霓虹招牌,活生生把堂堂战国名城衬托得宛如借贷公司的代言广告一般——但请大家千万别被劝退扫兴!按车站地图漫步走上十分钟,一整片落樱缤纷、气象万千的古城天地便在眼前展开。
なお、小田原の海と魚料理と桜もついでに楽しみたい方は、辺鄙を絵にかいたようなJR早川駅(小田原の隣)から、早川の橋を渡り小田原駅に歩いていくコースがある。その途中、桜並木の途中に文学館、そして小田原城が見えてくる。僕は、このコースがお勧め。
对于希望将小田原的碧海、绝品海鲜刺身与樱花胜景一网打尽的雅士,我在此极力推荐一条私房散步线路:从毗邻的破旧幽静小站‘JR早川站’下车,跨过早川大桥一路向小田原站漫步,沿途在漫天樱花树荫掩映下,小田原文学馆与宏伟的小田原城将如画卷般次第映入眼帘。我个人最推崇这条神仙路线!
以上、今回、小田原の客寄せパンダならぬ客が敬遠するかもしれないアニメおじさんに徹してみた。なにせ、18年もいたし、いい街であることは確かなので……。
以上,我这老头子破天荒地当了一回小田原的文旅宣传大熊猫——虽说保不齐是个把游客吓退的古怪动画老汉。无论如何,在此扎根十八载,我可以拍着胸脯保证:这确实是一座温润美好的风水宝地。
僕とはお会いしただけの関係ですが、ガンダム先生の故郷であり、1泊すれば、これも僕とは関わりないけれど、小田原、箱根、芦ノ湖というエヴァンゲリオンコースも可能。
虽说与我仅仅是有过一面之缘,但这里可是‘高达之父’富野由悠季老先生的故里;若肯在此留宿一宵,还能顺路踏上巡礼小田原、箱根与芦之湖的《新世纪福音战士》(第三新东京市)圣地巡游之旅。
あ、不景気の折、薪を担いでお勉強の二宮金次郎の里でもある。ついでながら。
啊对了,在如今经济大萧条的苦日子里,这里顺带还是那位背着柴捆苦读圣贤书的‘二宫金次郎’的诞生地呢。
つづく
(待续)
■第218回へ続く
■待续至第218回
(10.03.24)
(2010年3月24日)