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叙事专题 2017 はまれぽ.com

宝可梦开发者增田顺一的原点

横滨地方信息站走访东户冢,请GAME FREAK董事增田顺一讲述童年与创作的原点。

はまれぽ.com 2017.08.09 约 12 分钟 原文 ↗

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

『ピカチュウ大量発生チュウ』は、毎年夏休みにみなとみらい地区で行われ、ポケモン代表的なキャラクター「ピカチュウ」が1500匹で横浜の街に登場する、ポケモンの世界観とキャラクターの愛らしさを満喫することができるイベント。

「皮卡丘大量出现中」每年暑假在港未来地区举办,1500只宝可梦代表性角色「皮卡丘」出现在横滨街头,是一场能充分享受宝可梦世界观与角色可爱之处的活动。

2015(平成27)年にはプロジェクションマッピングも行われた

2015(平成27)年还举行了投影映射。

ポケモンブランドの原点・原作であるゲームソフト『ポケットモンスター』シリーズを開発する「株式会社ゲームフリーク」の取締役開発本部長、増田順一(ますだ・じゅんいち)さんは実は横浜出身なのだ。

开发宝可梦品牌的原点、即原作游戏软件《宝可梦》系列的「GAME FREAK」董事开发本部长增田顺一,其实出身于横滨。

8月に行われる今年のイベントは別個にお届けするが、今回、はまれぽでは多忙を極める増田さんのお時間を特別に頂いて、ポケモン黎明期から開発に携わる増田さんに、クリエーターとしてのルーツに関するお話を、増田さんの生まれ故郷である東戸塚の街をめぐりながら聞いた。

8月举行的今年活动将另行报道,此次はまれぽ特别获得了极为忙碌的增田先生的时间,在增田先生的出生故乡东户冢的街头漫步,同时向他询问了从宝可梦黎明期便参与开发的他作为创作者的原点。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

増田さんの地元・東戸塚でお話を伺います

在增田先生的老家东户冢听他讲述。

増田さんって、どんな事をしている人?

增田先生是做什么的人?

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

東戸塚駅から出発

从东户冢站出发。

当日は増田さんが生まれ育った横浜の地をめぐるということもあり、社内資料にしたいと、2017(平成29)年4月にゲームフリークに入社したゲームデザイナーの浅田優希(あさだ・ゆうき)さん・吉田美久(よしだ・みく)さんも同行した。

当天因为要巡访增田先生出生成长的横滨之地,2017(平成29)年4月进入GAME FREAK的游戏设计师浅田优希、吉田美久也一同随行,打算将其作为公司内部资料。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

左から増田さん、吉田さん、浅田さん

左起为增田先生、吉田、浅田。

ゲームソフトはさまざまな能力を持つスタッフが協力して作り上げる。増田さんはディレクターとして指針を示して作品を作る、映画で言うところの監督のようなポジションを担当されることが多い。

游戏软件由具备各种能力的工作人员协力制作完成。增田先生多担任总监,负责指明方向来打造作品,相当于电影中的导演一职。

ゲームフリークではゲームの企画を担当する職種を「ゲームデザイナー」と呼んでいる。

在GAME FREAK,负责游戏企划的职位被称为“游戏设计师”。

ディレクターである増田さんから「こういう作品作るよ」という大枠を伝えられたら、それに沿った遊びやシナリオなどをゲームデザイナーが企画。プログラマー、サウンドデザイナー、グラフィックデザイナーと連携してゲームを作っていく。

总监增田先生会先传达“我们要做这样的作品”的大框架,游戏设计师则据此企划相应的玩法和剧本等。然后与程序员、音效设计师、图形设计师协作,共同推进游戏制作。

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ざっくりしているが、こういうイメージだ

虽然比较粗略,但大致是这样的印象。

普段はディレクターとしての仕事が多い増田さんだが、最新作『ポケットモンスター サン・ムーン』 ではプロデューサーを担当している。

平时增田先生多以总监身份工作,但在最新作《宝可梦 太阳·月亮》中担任了制作人。

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シリーズ最新作 『ポケットモンスター サン・ムーン』

系列最新作《宝可梦 太阳·月亮》

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

多くのクリエーターをまとめるスゴい人なのだ

他是统率众多创作者的了不起的人物。

ただ、生まれついて監督ポジションだったわけではない。どんな子ども時代を送ったら、そんなスゴいモノづくりをするクリエーターになるのか。そのあたりを解き明かしたい。

不过,他并非生来就处在监督的位置上。究竟度过了怎样的童年,才能成为做出如此了不起作品的创作者呢?我们想弄清这一点。

いざ、冒険へ ~東戸塚駅から草むらに~

出发,踏上冒险之旅 ~从东户冢站到草丛~

現在49歳の増田さん。就職して一人暮らしをはじめる20歳まで東戸塚に住んでいたという。東戸塚駅の東口を抜けて、迷いなく歩いていく。

增田先生现年49岁。据说他直到20岁就业并开始独自生活之前,一直住在东户冢。他穿过东户冢站的东口,毫不犹豫地走着。

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駅から徒歩5分で草むらゾーン

从车站步行5分钟就是草丛区域。

「東戸塚は今でも駅から少し歩くとこういう草むらがあって、昔は駅もなくて虫捕りスポットだった。12歳の時に駅ができたのかな。それまではバスで戸塚や横浜に行ってたんだよ。横浜までは1時間かかったね」と増田さんは懐かしげに語った。

“东户冢现在从车站走一小段路也还有这样的草丛,以前连车站都没有,是个捉虫的好地方。车站建成大概是我12岁的时候吧。在那之前都是坐公交去户冢或横滨。到横滨要花一个小时呢。”增田先生怀念地说道。

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草むらに行くと、出会えるんだよね

走进草丛,就能遇到(虫子)呢

今は東戸塚駅から横浜駅までは電車で8分で移動することができる。今となっては当たり前の存在だが、駅ができるって凄いことだ。

如今从东户冢站到横滨站坐电车只需8分钟。现在这已是理所当然的事,但车站的建成是件很了不起的事。

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「フェンス、昔はなかったなー」

“围栏,以前是没有的啊——”

線路沿いのフェンスそばで立ち止まって「今は柵で囲われているけど、昔はおおらかな時代だったから無かった気がするなぁ。ちょっと危ないところに入って探索してみたり・・・」と語る。

他在铁路沿线的围栏旁停下脚步,说道:“现在被栅栏围起来了,但以前是个宽松的年代,感觉并没有这些东西。还会稍微钻进有点危险的地方去探险……”

「『こういうのやっちゃダメ』って教わっても、自分でチャレンジして失敗して学ぶところも多々あったな。人に教わると飽きちゃうタイプだから・・・」といたずらっぽく微笑む増田さん。見た目のクールな印象と違って、ポケモン的にいうと意外と「ゆうかんな せいかく」なのかもしれない。

“就算被教导‘这种事不能做’,也有很多地方是自己去挑战、失败后才学到的。我是那种别人一教就会腻的类型……”增田先生调皮地笑了笑。与外表冷静的印象不同,用宝可梦的话来说,或许意外地是‘勇敢的性格’。

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貨物列車撮影スポット

货运列车拍摄点

貨物車が撮影できるというスポットに移動。乗り物がお好きなのだろうか。

他移动到可以拍摄货运列车的拍摄点。大概是喜欢交通工具吧。

「昔から役割の特化した乗り物が好きで、ここで貨物列車の写真をカメラでよく撮影してた。今も新幹線とかN‘EX(成田エクスプレス)とか大好き」

“我从小就喜欢有专门用途的交通工具,以前经常在这里用相机拍货运列车的照片。现在也还是很喜欢新干线和N’EX(成田特快)。”

「普段あんまり見ないタイプの列車を撮影できると、新しいコレクションを手にいれた嬉しさがあって、友達に自慢したりね。色違いのポケモンを発見した みたいな面白さだね」と増田さん。

“能拍到平时不太见得到的列车时,会有种获得新收藏品般的喜悦,还会向朋友炫耀。那种有趣程度就像发现了异色的宝可梦一样。”增田先生说道。

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レアものを見つける喜びを当時から知っていた

从那时起就懂得发现稀有之物的喜悦

『ポケットモンスター サン・ムーン』でも「ポケファインダー」というポケモンを撮影できる要素がある。子ども時代からの、撮影へのこだわりが反映された企画なのだろうか。

在《宝可梦 太阳·月亮》中也有名为“宝可搜寻镜”的可以拍摄宝可梦的要素。这大概是一个反映了童年时代对拍摄的执着而策划出来的内容吧。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

ポケファインダー。自分だけのベストショットが撮影できるぞ!

宝可搜寻镜。可以拍摄只属于自己的最佳照片!

「プレーヤーが『撮って人に見せたい』って思ってくれるような絵作りは昔から意識している。自分が遊んだ時に、この画面を『これってすごい 友達に教えたい』って人に見せたくなるかどうかって考えて作っているね」と、ユーザー目線を意識している増田さん。子ども時代の「新しくスゴい写真が取れたから、自慢する」という体験が、ここに繋がる。

增田先生始终意识到玩家的视角,他说:“我从以前开始就意识到要做出让玩家觉得‘想拍下来给别人看’的画面。我自己玩的时候,会思考这个画面是否让人想要‘这个好厉害,想告诉朋友’,是否让人想给别人看,然后才去制作。”童年时代“拍到了新的厉害照片,所以要去炫耀”的体验,就连接到了这里。

ポケモンは「ポケモン交換」や「ポケモン勝負」のように、人とコミュニケーションを取って遊ぶことで面白さが増す仕掛けが多い。「ゲーム画面を自慢したくなる」も、そういった仕掛けのひとつではないだろうか。

宝可梦中有很多像“宝可梦交换”和“宝可梦对战”那样,通过与人交流来游玩会增加乐趣的机制。“想要炫耀游戏画面”或许也是这类机制之一。

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ミステリアスなゲートと増田さん

神秘的门与增田先生

ひっそりと佇む、怪しい鉄門をめざとく発見する増田さん。「こういう風に封鎖された場所を見つけると『何かあるのかな』って入ってみたくなるね」と、少年のように目を輝かせる。

增田先生敏锐地发现了静静伫立着的可疑铁门。他像少年一样眼睛发亮地说:“像这样发现被封锁的地方,就会想‘是不是有什么’,想要进去看看。”

ポケモンのゲーム中にもメインストーリーからちょっと寄り道な存在の、キニナル雰囲気のミステリアスなスポットは登場する。『もりのようかん』や『ストレンジャーハウス』など、懐かしく感じるプレーヤーもいるのではないだろうか。

在宝可梦游戏中,也会出现一些偏离主线剧情、氛围令人好奇的神秘地点。比如“森之洋馆”和“陌生人之家”等,或许会有玩家感到怀念吧。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

コワいけど、キニナル冒険スポット

虽然可怕,却让人好奇的冒险地点

「目的地にまっすぐ繋がるわけではない脇道でも、何があるの? って自分で調べたくなる体験がゲームにも反映されている」のだという。

据说“即使是并非直接通往目的地的岔路,也会让人想要自己去调查那里有什么,这样的体验也反映在了游戏中”。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

この道に入ると何があるかな ドキドキする感覚がある。

一踏入这条路,就会想前方会有什么,有一种心跳加速的感觉。

1作目の『ポケットモンスター 赤・緑』開発時に「柵の向こうを探索するドキドキ感、未知の草むらに入った時の緊張、葉っぱが舞い散る空間、そういった子ども時代の体験は同じ年代の開発スタッフと共有できていて、ゲームを作る時に『こういう体験をゲームに入れたいよね』って話がすぐに通じた」そう。

据说在开发第一款作品《宝可梦 红·绿》时,“探索栅栏另一侧的兴奋感、踏入未知草丛时的紧张、树叶纷飞的空间,这些童年时代的体验与同年代的开发人员是共通的,做游戏时一说‘想把这样的体验放进游戏里’,彼此马上就能理解”。

今は虫捕りをしない環境の子どももいるので、そういった体験の「あるある」が通じないこともありそうだが、開発中、世代や環境による感覚の違いで苦労することはないのだろうか。

如今也有孩子在不会去捉虫的环境中长大,所以这类体验的“共鸣点”可能说不通,不过在开发过程中,会不会因为世代和环境的差异导致感受不同而遇到困难呢。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

セミがいない地域も世界にはある

世界上也有没有蝉的地区

「アメリカ・シアトルにはそもそもセミがいないので、セミの抜け殻をモチーフにしたポケモン『ヌケニン』のローカライズに苦労することもある。ゲームを通じて身近にない文化を知るのも面白いけれどね」と増田さんは語った。

增田说:“美国西雅图本来就没有蝉,所以以蝉蜕为主题的宝可梦‘脱壳忍者’在本地化时也曾费过一番功夫。不过通过游戏去了解身边没有的文化,也是挺有意思的。”

ポケモンは日本国内の幅広い世代に止まらず、世界展開しているコンテンツなので気にかける視野の広さが半端ない。

宝可梦不仅在日本国内覆盖广泛的世代,还是面向全球展开的内容,这种顾及范围的广阔程度非同一般。

自由な発想で、最適解を求める

以自由的构思,寻求最优解

突然、牛舎に立ち寄る増田さん。

增田突然顺路走进牛舍。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

ここにどんな思い出があるのか

这里有着怎样的回忆呢

筆者が不思議に思っていると「この牛舎臭が東戸塚駅の思い出だけど、昔はもっと大きな牧場があったんだよ」と語る。牛舎臭・・・。確かに風向きによっては、駅まで臭いが到達しそう・・・。でも、この臭いが東戸塚出身者にはノスタルジックな思い出を喚起させるんだとか。

笔者正感到不可思议,他说:“这股牛舍的味道就是东户冢站的回忆,以前这里还有更大的牧场呢。”牛舍的味道……确实,看风向的话,气味说不定能飘到车站……不过据说这股气味能唤起东户冢出身者的怀旧回忆。

「牛舎は減ってしまったけれど今はジェラート屋さんがあって、ここで飼育している牛の乳を使っているんじゃないかな。まだ食べたことがないんだけど・・・。実家に帰るときは、両親が食事を作って待ってくれているからね」

「牛舍虽然减少了,但现在有家意式冰淇淋店,说不定用的就是这里饲养的牛的牛奶呢。我还没吃过……。回老家的时候,父母都会做好饭等着我。」

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

以前にもお世話になったジェラート屋さん

以前也承蒙关照的意式冰淇淋店

大人になって親に顔を見せる、というときに「アイス食べるからご飯はいらない」とは言わない優しい増田さん。せっかくだから、きょうは食べてみましょうか、と『アイス工房メーリア』へ。

长大成人后让父母看看自己的脸时,不会说「因为要吃冰淇淋所以不吃饭了」的温柔增田先生。既然难得,今天就去吃吃看吧,于是前往『冰淇淋工房梅利亚』。

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ここまで牛の話をしていたのに、グレープフルーツ味を注文する増田さん

明明一直在聊牛的话题,却点了葡萄柚口味的增田先生

浅田さんはスイカ味、吉田さんはレモン味。筆者以外みんなミルク味を注文しなかった。

浅田先生点了西瓜味,吉田先生点了柠檬味。除了笔者以外,没有人点牛奶味。

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自由すぎるぞ! ゲームフリーク!

太自由了吧!GAME FREAK!

でもたしかに、この日は暑かったので、口当たりがさっぱりするフルーツ系が食べやすかった。ゲームクリエーターは柔軟な発想で、状況にあった最適なアイデアを選択できるスキルを持っているのだ。

不过确实,这天很热,所以口感清爽的水果系吃起来更顺口。游戏创作者拥有灵活的思维,能够根据情况选择最合适的点子的技能。

筆者はここまで牛の話をしたので、やっぱりここはミルクかな と常識に囚われた注文をしてしまった。

笔者因为一直在聊牛的话题,果然还是觉得这里应该点牛奶吧,于是被常识束缚下了单。

母校とトモダチ

母校与朋友

「知らない子や、言葉が通じない外国の子と、遊びを通じて仲良くなることってある。ゲームは『遊びを通じてコミュニケーションして、学ぶ』みたいな所が面白いよね」と、母校・川上北小学校を眺めながら増田さん。

「有时候会通过玩耍,和不认识的孩子、语言不通的外国孩子成为好朋友。游戏有趣的地方就在于,它有点像『通过玩耍来沟通、学习』」增田先生望着母校川上北小学说道。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

「小学校を眺めてて、不審者っぽく思われないかなあ」

「盯着小学看,会不会被当成可疑人物啊。」

「虫捕りスポットとか、皮ふに触れるとカブれてしまう危険な草とか、貨物列車の撮影スポットとか・・・『あの情報はあいつが詳しい』みたい得意分野がそれぞれあって、詳しい子に聞きに行ったりね。遊びの情報交換を通じて仲良くなったり」

「抓虫子的地点啦、碰到皮肤就会起疹子的危险草啦、拍货运列车的地点啦……每个人都有自己擅长的领域,比如『那件事那家伙最清楚』,我们会去找懂行的孩子打听。通过交换玩乐的情报,关系也变好了。」

「ゲームも同じで、一人で全部作るのは無理だから、自分にできないことは得意なスタッフに相談したり任せたりする」のだという。

据说「做游戏也一样,一个人不可能全部包办,所以自己做不到的事就找擅长的同事商量,或者交给他们去做」。

『ポケモン』開発者、横浜・東戸塚出身の増田順一さんにクリエーターの原体験をインタビュー!

小学校のそばの川でザリガニが捕れたことを教えてくれる増田さん

增田先生告诉我们,小学旁边的河里能抓到小龙虾。

なるほど。自分にできないことを知って、それをできる人を探す、というのは自分だけではできないことを成し遂げるために重要な姿勢ですね。

原来如此。知道自己做不到什么,然后去找能做到的人,这可以说是为了完成仅凭自己无法达成的事情时的重要姿态。

増田さんは、子どものころから現在のようなクリエーターの片鱗を見せていたのだろうか。得意だった教科を伺うと「図画工作や算数、理科は得意だったけど、記憶系の国語とか社会はあんまり・・・。ロジックを理解すれば解ける系が得意だったなぁ」

增田先生是不是从小就已经显露出如今这种创作者的特质了呢?问到他擅长的科目,他说:「图画手工、算术、理科都挺擅长,但靠记忆的语文和社会就不太行……我擅长的是那种理解逻辑就能解开的科目。」

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突然「この草、知ってる?」と若手ゲームデザイナーの2人に聞く

他突然问两位年轻游戏设计师:「这种草,你们认识吗?」

増田さんは今でこそディレクターとして活躍しているが、高校卒業後、日本電子専門学校でCGを学び、ゲームフリークにはプログラマー兼サウンドデザイナーとして入社した。

增田先生如今作为总监活跃,但高中毕业后,他在日本电子专门学校学习CG,之后进入GAME FREAK,身兼程序员和声音设计师。

CG、サウンド、プログラム、そしてディレクターはそれぞれ技術としてかけ離れているように感じる。なんでもできちゃう増田さん、どういうことなんですか

CG、音响、程序,再加上总监,感觉各自的技术领域相差很远。增田先生什么都会,这到底是怎么回事呢?

「CGでもサウンドでも、コンピューターで作れるものに興味があって。プログラムもロジックを知っていたほうが、コンピューターでサウンドを作るときに何ができるかを考えることができるから。だから、ピアノでは作曲できないね」

「无论是CG还是声音,我都对用电脑能制作出来的东西感兴趣。程序也是,懂逻辑的话,在用电脑制作声音时就能思考能做什么。所以,用钢琴是没法作曲的。」

コンピューターとロジック、という興味は子ども時代そのままに得意分野として研ぎ澄まされていったのかもしれない。

对电脑和逻辑的兴趣,或许从孩提时代起就原封不动地作为擅长领域被磨炼得愈发敏锐。

はねやすめ 〜新人ゲームデザイナーにも聞く~

羽栖 ~也问问新人游戏设计师~

この日、取材に同行した浅田さんと吉田さんにもゲームに関するお話を伺った。2人は4月に入社したばかり。まぶしすぎるフレッシュさだ。

这一天,我们也向一同参加采访的浅田和吉田询问了关于游戏的事情。两人都是4月刚入职。耀眼得过分的新鲜感。

2人は「ゲームデザイナー企画」を手掛ける。「企画」と一口に言ってもゲーム開発ではさまざまな担当があるが、どんな部分を作ってみたいのだろう。

两人负责“游戏设计师企划”。虽说统称“企划”,但在游戏开发中有各种不同的职责,她们想尝试制作的是哪个部分呢?

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浅田さん(左)と吉田さん

浅田(左)和吉田

「漫画を描くことが好きなので、絵コンテを描いたり物語を描いたりしてみたいです」と浅田さん。

浅田说:“我喜欢画漫画,所以想尝试画分镜、写故事。”

吉田さんは「私は世界観を考えることが好きで。キャラクターの設定とか、どんな世界をつくるとかコンセプトを企画してみたいです」と語る。

吉田说:“我喜欢思考世界观。比如角色设定、要创造怎样的世界,我想尝试企划这类概念。”

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将来、吉田さんの作り出す世界観はどういうものなんだろう

将来,吉田创造出的世界观会是什么样的呢?

ひたすらまぶしい。筆者が人と同じ歳の時、こんなにスムーズにやりたいことを言葉にできていた気がしない。こんなにしっかりした目標があるし、きっといいクリエーターになりますよ。

只是觉得耀眼。笔者在和他们同样年纪时,不觉得自己能这么流畅地把想做的事说出来。有这么明确的目标,一定会成为优秀的创作者。

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若きクリエーターに悩みは尽きない

年轻创作者的烦恼无穷无尽

吉田さんはちょっと困った顔で「でも、やりたいことが自分に向いているとは限らないですよね。まだまだ自分の進む道は探し中です」と話す。

吉田略显为难地说:“不过,自己想做的事未必就适合自己。我还在摸索自己该走的路。”

吉田さんから「増田さんは、自分は本当はポケモンと違うことをやった方がいいのではないかと考えることありますか」と質問。

吉田问:“增田先生,您有没有想过,自己其实也许去做和宝可梦不同的事情更好?”

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増田さんもかつては悩めるクリエーターだったのだろうか

增田是否也曾是烦恼的创作者呢

「考えないといえば嘘になるけれど、自分が今と違うジャンルのゲームを作って、プレーヤーが喜ぶのか? って考えると、それは違うんじゃないかなって思うかなぁ」と増田さん。

增田说:“要说没想过那是骗人的,但我会想,如果我去做和现在不同类型的游戏,玩家会高兴吗?这么一想,就觉得那大概不对吧。”

「プレーヤーがどう受け取るか? って常に問われますね、企画を考える時」と浅田さんが入社して数ヶ月間の仕事をふりかえる。

浅田回顾入职后几个月的工作说:“思考企划时,总是会被问‘玩家会怎么接受?’”

「それは常に意識しているね。『自分が何を作りたいか』ってビジョンはブレやすいけれど、『プレーヤーが何を求めているか』って目線で考えるとブレにくい。みんなで長期にわたって開発する時も、『自分がどう感じるか』ではなく『プレーヤーがどう感じるか』という目線にしっかり合わせたい」と増田さん。

增田说:“这一点我一直有意识。‘自己想做什么’的愿景容易动摇,但以‘玩家在追求什么’的视角来思考就不容易动摇。大家一起长期开发时,也要牢牢对准‘玩家会怎么感受’,而不是‘自己会怎么感受’这一视角。”

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大先輩に質問できる環境も、良い作品の秘訣かもしれない

能向资深前辈提问的环境,或许也是好作品的秘诀

最初に「これを作ろう」と話しても多人数で長期にわたって開発していると、だんだん各自の向いている方向がずれてチグハグな作品が出来上がってしまうことがある。

即使一开始说好“做这个”,多人长期开发的过程中,各自的方向也会逐渐偏离,有时会做出不协调的作品。

だが、ゲームフリークでは『プレーヤー目線』の徹底によって、各自が最終目的地を見失わず、プレーヤーが求める高いクオリティーの作品を世に送り出すことが可能になっているのかもしれない。

但在GAME FREAK,通过彻底贯彻“玩家视角”,或许就能让每个人都不迷失最终目标,向世界送出玩家所追求的高品质作品。

ディレクターと若きゲームデザイナーの対話から、メガヒット作開発の秘訣をチラーミィした気がした。

从总监与年轻游戏设计师的对话中,感觉窥见了大热作品开发的秘诀。

ここが はじめのいっぽ

这里是最初的一步

増田さんの物心がついてから、20歳まで住んでいたという場所にお邪魔した。

我们拜访了增田先生从记事起一直住到20岁的地方。

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20歳まで過ごした場所へ

前往他生活到20岁的地方

なんとここで、増田さんのご両親がいらっしゃった。子ども時代の増田さんについてお話を伺った。

没想到在这里,我们见到了增田先生的父母。我们听他们讲述了孩童时代的增田先生。

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全世界メディア初登場! 増田さんのご両親

全球媒体首次登场!增田先生的父母

お二人は「とにかく優しい子で。今も」と声をそろえる。ここに至るまでの取材で伺ったお話も、一緒に遊んだ友人に、一緒に働く仲間に、プレーヤーに対しての優しさを感じていたために納得のコメントだ。

两位异口同声地说:“总之是个温柔的孩子。现在也是。”在此前的采访中,我们听说了他对一起玩耍的朋友、一起工作的伙伴、以及玩家所展现的温柔,因此这番话令人信服。

「順一とキャッチボールをしていて、ボールを取りに草むらに入って戻ってこないと思ったら、そのまま虫捕りしていたことがありましたね。スポーツよりも、虫捕りの方が楽しかったみたい。あとは自転車をかっこよく改造してたねぇ」とお父さん。

父亲说:“和顺一玩接球时,他跑去草丛里捡球,我以为他不回来了,结果他就在那儿抓起了虫子。比起运动,好像抓虫子更开心。还有,他还把自行车改装得很酷呢。”

増田さんが好きなものが、今もそんなに変わってないように感じられて微笑ましい。

让人感到增田先生喜欢的东西,如今也几乎没有改变,令人会心一笑。

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残念ながら写真は見つからなかったが「デコトラみたいなイメージ」と増田さん

遗憾的是没能找到照片,但增田先生说“大概是那种暴走卡车的感觉”

「ここで育って、50年が経ったんですよ。あっという間だったね。この子もこんなになって・・・」とお母さんが感慨深くつぶやいた。

母亲感慨地说:“在这里长大,已经过去50年了。真是转眼之间啊。这孩子也长这么大了……”

50年の間に虫取り少年が愛する東戸塚には駅ができて人が増え、かつて虫取り少年だった増田さんは就職して東戸塚を出て・・・。そして今、世界で愛される作品をつくるクリエーターになったのだ。

50年间,捉虫少年所热爱的东户塚建起了车站,人口增加,曾经是捉虫少年的增田先生就业后离开了东户塚……而如今,他已成为创作出全世界喜爱作品的创作者。

さよならバイバイ

再见,拜拜

東戸塚という緑豊かな土地での冒険と、家族の温かさと、共に学び遊んだ友達たちがクリエーター・増田順一を育てた。

在东户塚这片绿意盎然的土地上的冒险、家人的温暖,以及一同学习玩耍的朋友们,共同培育了创作者增田顺一。

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昔は川でザリガニが獲れたらしい

据说以前在河里能捉到小龙虾

取材を終えて幼少期を過ごした場所から東戸塚駅への帰路、私たちと入れ違いに住宅街に帰っていく小学生の小さな背中を見る。毎日が冒険で、失敗から学んで、たくさんの経験の中から自分のやれることを見つけていく。

采访结束后,从度过幼年时期的地方返回东户塚站的路上,我们看到与我们擦肩而过、返回住宅区的小学生们小小的背影。每一天都是冒险,从失败中学习,在众多经历中找到自己能做的事。

ゲームクリエーターとして、さまざまな技術と知識を持つ増田さん。今回お話を伺う中で「他者を気にかける視点」と「自分にできることと、仲間にできることを知って協力して目的を達成する姿勢」を幼いころから持たれていたように感じた。

作为游戏创作者,增田先生拥有各种技术和知识。在这次交谈中,我们感到他似乎从小就具备“关心他人的视角”以及“了解自己能做的事和伙伴能做的事,并合作达成目标的态度”。

言葉にすると当たり前だが、多くの人と協力して、多くの人に向けて発信する作品を作るためにとても重要な資質ではないだろうか。

说起来似乎是理所当然的,但这不正是与许多人合作、为许多人创作并发布作品时非常重要的资质吗?

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デコチャリで遠くまで

骑着装饰自行车去远方

最初は徒歩で、自転車を手にいれてもっと遠くへ、少しずつできることを増やしていくうちにあっというまに大人になっていく。

起初是步行,得到自行车后去更远的地方,在一点点增加能做的事情的过程中,转眼间就长大成人了。

増田さん、そして同行してくれた吉田さんと浅田さんも、まだまだクリエーターとして進化していくに違いない。今後のご活躍にも注目しよう。

增田先生,以及同行的吉田先生和浅田先生,作为创作者一定还会继续进化。让我们也关注他们今后的活跃表现。

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ゲームフリークスタッフの名刺には、実はみんな違うポケモンが

GAME FREAK 员工的名片上,其实都印着各不相同的宝可梦

Index 本篇提到

  • §29增田说东户冢站建成时他约12岁,此前坐公交去户冢或横滨要一小时。
  • §62增田说西雅图本来没有蝉,脱壳忍者本地化时曾费过一番功夫。
人
增田顺一 · Junichi Masuda浅田优希吉田美久
宝可梦 2
皮卡丘脱壳忍者
地点
东户冢东户冢站港未来川上北小学冰淇淋工房梅利亚森之洋馆陌生人之家横滨