2016 INSIDE
宝可梦20年:连接现实与虚拟
石原恒和
株式会社宝可梦社长石原恒和回顾《宝可梦 红·绿》诞生20年,谈交换、海外拓展与未来。
Contents 本篇 16 章
- 恭喜迎来20周年。首先能请您谈谈直率的感想吗?
- 我想请教您与宝可梦的相遇,听说您第一次看到企划书是在糸井重里的Ape公司任职时。当时是什么印象?
- 原来如此。在《宝可梦》的企划中,经常被使用的是“没有闭合的游戏”这个说法。这是出于怎样的意...
- 通信处于中心位置,游戏是以赋予其意义的形式被构建起来的
- 您当时确信交换会成为玩家最享受的环节吗?
- 宝可梦热潮在社会上逐渐升温,我也是实时看着并切身感受到的。
- 宝可梦在海外也算是例外地大热的作品吧。让玩家阅读文本的游戏,说它大热的前例几乎为零也不为过。
- 听说在推向海外时,宝可梦的命名很费了一番功夫。
- 在海外,人气也是以和日本同样的路径高涨起来的吗?
- 在海外也获得成功的原因之一,是否在于宝可梦追寻的是人类普遍的主题呢?
- 宝可梦不仅有《宝可梦》系列,还有许多相关作品和商品化。作为石原先生,您把“这是宝可梦,这不...
- 作为株式会社宝可梦,是否有前进的方向?
- 《Pokemon GO》是非常令人关注的产品呢
- 与源自谷歌内部创业公司的Niantic合作也很有意思呢
- 经过20年,有什么事情变得能够做到了吗?
- 最后,能请给热爱宝可梦的人们说几句话吗?
20周年を迎えた『ポケットモンスター』シリーズ。その初代作品となった『ポケットモンスター 赤・緑』は1996年2月27日に発売され、それまでのゲームには見られなかった、通信ケーブルを使ってポケモンを交換するという遊びで子供たちを魅了し、口コミからの一大ブームを巻き起こしました。それは一過性のブームでは終わらず、世界に飛び出し、ゲーム以外にも広がり、そしてゲームも新作が登場する度に進化を遂げ、新たなユーザーを巻き込みながら、世代を超えてユーザーに愛される存在となっています。
迎来20周年的《宝可梦》系列。其首部作品《宝可梦 红·绿》于1996年2月27日发售,凭借此前游戏中未曾有过的、使用通信线缆交换宝可梦的玩法吸引了孩子们,并通过口口相传掀起了一大热潮。这股热潮并未止步于一时,而是走向世界,扩展到游戏之外,游戏本身也随着每部新作的推出不断进化,在吸引新用户的同时,成为跨越世代深受用户喜爱的存在。
今日は『ポケットモンスター』シリーズにとって通過点でしかありませんが、この20年の歩みは多くの影響を与えてきました。微力ながらポケモンを追ってきたインサイドは16年目を迎えていますが、小学生の頃、『ポケモン 緑』を買ってドハマりした筆者(編集長ですが)の体験が無ければ違うものになっていたかもしれません。ゲームの楽しさを知った人も居るでしょう。ゲーム作りの道に進んだ人もいるかもしれません。あるいは生物学の道に進んだ人、集めることの楽しさを知った人も居るかもしれません。
今天对《宝可梦》系列来说只是一个途经点,但这20年的历程带来了诸多影响。虽然力量微薄,一直追随宝可梦的INSIDE也迎来了第16年,如果没有笔者(其实是主编)小学时买了《宝可梦 绿》并深深沉迷其中的经历,或许会是另一番样子。有人因此体会到了游戏的乐趣,有人或许因此走上了制作游戏的道路,也有人或许因此走上了生物学的道路,还有人或许因此懂得了收集的乐趣。
そんな『ポケットモンスター』はどう生まれて、成長し、次は何を目指すのか。その誕生からプロデューサーとして携わり、現在は『ポケットモンスター』シリーズをプロデュースする株式会社ポケモン代表取締役社長CEOを務める石原恒和氏にお話を聞きました。(聞き手: ゲームジャーナリスト平林久和、インサイド編集長 土本学)
这样的《宝可梦》是如何诞生、如何成长,接下来又将以什么为目标?我们采访了从诞生之初便作为制作人参与其中、如今担任制作《宝可梦》系列的株式会社宝可梦代表董事社长CEO的石原恒和先生。(采访者:游戏记者平林久和、INSIDE主编土本学)
石原恒和(いしはら つねかず)
石原恒和(いしはら つねかず)
株式会社ポケモン代表取締役社長CEO
株式会社宝可梦代表董事社长CEO
1957年三重県鳥羽市に生まれる。1983年筑波大学大学院芸術研究科修了。ゲームプロデューサーとして数々のゲームソフト開発に携わり、1995年に株式会社クリーチャーズを設立。96年には後に連なる全ポケモン関連商品の原点となった『ポケットモンスター 赤・緑』をプロデュースし、その後、ポケモンソフト全作品にプロデューサーとして携わる。1998年、ポケモンセンター株式会社(現・株式会社ポケモン)設立と同時に代表取締役社長に就任。現在は、株式会社ポケモンにおいて、ゲーム、カードゲーム、テレビアニメ、劇場映画、などポケモン全体のブランドマネジメントを手がける。
1957年生于三重县鸟羽市。1983年筑波大学研究生院艺术研究科毕业。作为游戏制作人参与众多游戏软件开发,1995年设立株式会社Creatures。96年制作了后来所有宝可梦相关商品原点的《宝可梦 红·绿》,此后以制作人身份参与宝可梦软件全部作品。1998年,在宝可梦中心株式会社(现株式会社宝可梦)设立的同时就任代表董事社长。目前在株式会社宝可梦负责游戏、卡牌游戏、电视动画、剧场版电影等宝可梦整体的品牌管理。
实现了游戏未来的《宝可梦》
INSIDE
20周年おめでとうございます。まずは率直な感想を聞かせてもらえますか?
恭喜迎来20周年。首先能请您谈谈直率的感想吗?
石原恒和
『ポケットモンスター 赤・緑』は1996年に発売されたゲームですが、実際の開発は90年頃からスタートしていますので、そこから数えると26年、四半世紀を超えますが、ずっとこの仕事をやることになるとは思わなかったというのが素直な感想です。自分の人生の中でも、一番濃厚な時間をポケモンに注いできたと思っていますし、これをやりたい、あれを実現したい、という事が尽きない幸せな時間でした。自分がどこまで貢献できたか分かりませんが、ポケモンがこれだけ長く皆さんの評価を得続ける事が出来たというのは有難いですし、本当に嬉しいですね。
《宝可梦 红·绿》是1996年发售的游戏,但实际开发从90年左右就开始了,从那时算起已经26年,超过四分之一世纪了,而坦率地说,我没想到自己会一直做这份工作。我认为在自己的人生中,把最浓密的时间倾注给了宝可梦,而且这是一段幸福的时间,因为想做的事、想实现的事层出不穷。虽然不知道自己贡献了多少,但宝可梦能如此长久地持续获得大家的评价,实在难得,我真的很高兴。
石原恒和
1996年2月27日に発売された『ポケットモンスター 赤・緑』すべてはここからはじまった
1996年2月27日发售的《宝可梦 红·绿》,一切由此开始
INSIDE
ポケモンとの出会いを伺いたいのですが、最初に企画書を見たのは糸井重里さんのエイプにいらっしゃった頃だと聞きました。どんな印象だったのですか?
我想请教您与宝可梦的相遇,听说您第一次看到企划书是在糸井重里的Ape公司任职时。当时是什么印象?
石原恒和
ええ、そうです。その企画の前提としてゲームボーイがもたらしたものについて少し触れておきたいです。任天堂が1989年に発売したゲームボーイは、ソニーのウォークマンが音楽を持ち歩けるようにしたのと同様に、ゲームを外に持ち運ぶ事を可能にしました。デザインは当時としては洗練されていて、性能はモノクロ3階調、2ビット、液晶のレイテンシーも遅いのですが、通信ケーブルという発明が合わさった『テトリス』は本当に熱く、ゲームの未来はここにあると多くの人が興奮しました。(ポケモンを作った)ゲームフリークの皆さんもその中に含まれていました。
是的,没错。作为那个企划的前提,我想先稍微谈一下Game Boy带来的东西。任天堂于1989年发售的Game Boy,就像索尼的Walkman让音乐可以随身携带一样,让游戏可以带到外面去玩。设计在当时算是洗练的,性能是黑白3阶调、2位,液晶的延迟也慢,但加上通信线缆这一发明后的《俄罗斯方块》真的非常火热,很多人都兴奋地认为游戏的未来就在这里。GAME FREAK的各位也身处其中。
石原恒和
田尻さん(※)の提案も、ゲームボーイというハードを使ってこんな新しい遊びが実現できるんじゃないか、というものでした。具体的には『テトリス』が対戦に使った通信ケーブルを、ポケモンの交換というデータ通信のために使うという提案でした。企画として荒削りな所もあって、技術的な検証もできていないものでしたが、これが実現できれば今までとは全く違う遊びができるんじゃないかという印象はありましたね。
田尻先生的提案也是,能不能用Game Boy这台硬件实现这样一种新的游玩方式。具体来说,就是提案把《俄罗斯方块》用于对战的通信线缆,用于宝可梦交换这种数据通信。作为企划也有粗糙的地方,技术上的验证也还没做,但给人的印象是,如果这能实现,应该就能做出与以往完全不同的游玩方式。
(※)田尻智氏
(※)田尻智氏
株式会社ゲームフリーク代表取締役社長
株式会社GAME FREAK代表董事社长
ゲームクリエイターで、「ポケットモンスター」の生みの親。
游戏创作者,也是“宝可梦”的创造者。
INSIDE
なるほど。『ポケットモンスター』の企画で、よく使われるのは「閉じていないゲーム」という表現です。これはどういう意図で生み出されたものなのでしょうか?
原来如此。在《宝可梦》的企划中,经常被使用的是“没有闭合的游戏”这个说法。这是出于怎样的意图产生的呢?
石原恒和
物語を伝える装置としてのロールプレイングゲーム(RPG)は、ゲームプレイと共に物語が進行して、何十時間か遊ぶとエンディングを迎え、スタッフロールが流れて完結するわけです。ただ、『ポケットモンスター』の場合はRPGの仕組みを基本的には利用していますが、目指すところは物語を伝えることじゃなくて、通信で交換や対戦を楽しんで貰うことだったんです。なので、スタッフロールを見て終わり、じゃなくて「あれまだ100匹しかいないんだけど・・・?」となる必要があったんですね。なので、パッケージとしてエンディングで完結しない、という意図がありました。
作为传达故事装置的角色扮演游戏(RPG),是随着游玩推进故事,玩上几十个小时后迎来结局,播放工作人员名单并完结。不过,《宝可梦》的情况下,基本上利用了RPG的机制,但目标并不是传达故事,而是让玩家享受通信交换和对战。所以,不能是看完工作人员名单就结束,而必须让人产生“咦,这才只有100只啊……?”的想法。因此,作为包装商品,意图上就是不在结局处完结。
石原恒和
もちろんRPGとしての完成度は高くて、チャンピオンを目指す楽しさは当然あるのですが、ゲームフリークが注力していたのは、もっと交換するのが面白くなるにはどうしたらいいのか、交換でケーブルを通る時に進化するアイデアはどうだろう、里親に預けたら鍛えられた方が面白いので経験値を多めにしよう、というような楽しい仕組みを作ることでした。この仕組みを楽しんでもらうために、何度も繰り返しエンディングを迎えても快適になっていきました。
当然,作为RPG的完成度很高,以冠军为目标的乐趣当然也有,但GAME FREAK着力的是,怎样做才能让交换变得更有趣,让通过线缆交换时进化的点子如何,寄养在培育者那里的话锻炼过的会更有趣所以让经验值多一些吧,就是制作这样快乐的机制。为了让玩家享受这个机制,即使多次迎来结局也变得越来越舒适。
INSIDE
通信が中心にあって、それを意味付けするような形でゲームが組み立てられている
通信处于中心位置,游戏是以赋予其意义的形式被构建起来的
石原恒和
そうですね。交換する意味や価値が無くてはいけませんからね。例えば、レベル50のリザードンを持っている人と、レベル15のコラッタを持っている人がいる。その交換は、普通は成り立たないのですが、どうしてもコラッタが見つからなくて図鑑を埋めたい人なら交換するかもしれない。じゃあ、ポケモンにふしぎなアメを付けて等価交換に持ち込む、だと意味は無いと思うんです。双方がゼロサムではない仕組みを作りたい、どうすれば作れるかというアイデアはゲームフリークが一番考えたポイントだと思います。
是啊。因为交换的意义和价值必须存在。比如,有人拥有50级的喷火龙,有人拥有15级的小拉达。这种交换通常是不成立的,但如果有人无论如何都找不到小拉达、想要填满图鉴,也许就会交换。那么,给宝可梦附上神奇糖果来促成等价交换,我认为就没有意义了。想要建立一种双方并非零和的机制,以及该如何实现,我觉得这是GAME FREAK思考最多的要点。
INSIDE
交換がユーザーにとって一番楽しいポイントになるはずだという確信はあったのですか?
您当时确信交换会成为玩家最享受的环节吗?
石原恒和
いや、確信はもてませんでした。それでも信じて、それを楽しんで貰う仕掛けは導入していました。上手くいった実感があったのは、2月にゲームを発売して、5月頃から通信ケーブルが品切れになったくらいからですね。任天堂がいくら生産しても追い付かない。何のために買ってるかというと、それがポケモンの交換だというんです。通信ケーブルが市場から消えて、ゲーム自体の成功も実感できましたし、皆が熱中する遊びの中核が交換にあったというのも分かりました。
不,我并没有确信。尽管如此,我还是相信这一点,并引入了让玩家享受交换的机制。真正有成功实感,是在2月游戏发售、5月左右通信线缆开始断货的时候。任天堂无论生产多少都跟不上。问大家为什么买,说是为了交换宝可梦。通信线缆从市场上消失,让我切实感受到游戏本身的成功,也明白了大家热衷游玩的核心在于交换。
INSIDE
ポケモン熱が世間でじわじわ高まってくというのは私もリアルタイムで見ていて実感できました
宝可梦热潮在社会上逐渐升温,我也是实时看着并切身感受到的。
石原恒和
ゲームボーイは「電子玩具」という言葉で片付けるには少し高度なところがあって、それでいて任天堂らしいおもちゃっぽさも兼ね備えていたように思います。そこに通信ケーブルという不思議な存在があって、その中をポケモンが行き来する。これを沢山の人が興味を持って深く研究してくれたんです。途中で抜くと消えたり、特殊な増殖ができたり、どうこうするとミュウが出現するとか、開発者が意図してない不思議な現象が色々と起こって、それが都市伝説的に広がって、ゲームボーイというハード自体も含めて楽しんで貰えた。もちろん『ポケットモンスター』がそれ自体、面白いという事はありながら、それを媒介にしての楽しさも見出してもらった。そうしてプログラマーになった人もいれば、ゲームメディアを作った人もいる。それが、『ポケットモンスター 赤・緑』が生み出した熱量だったのかなと思います。
Game Boy有些地方用“电子玩具”这个词来概括显得过于高级,同时又兼具任天堂特有的玩具感。其中还有通信线缆这一不可思议的存在,宝可梦在其中往来。许多人对此产生兴趣并深入研究。中途拔出会消失、可以进行特殊的增殖、怎样怎样就会出现梦幻,开发者未曾意图的奇异现象接连发生,并以都市传说的形式传播开来,连同Game Boy这台硬件本身一起被大家享受。当然,《宝可梦》本身有趣是一方面,但大家也从中发现了以它为媒介的乐趣。因此有人成了程序员,也有人创办了游戏媒体。我想,这就是《宝可梦 红·绿》所产生的热量吧。
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以创意跨越壁垒的海外拓展
INSIDE
ポケモンは海外でも例外的にヒットした作品ではないでしょうか。テキストを読ませるゲームで、ヒットした例は皆無と言っても過言ではないと思います。
宝可梦在海外也算是例外地大热的作品吧。让玩家阅读文本的游戏,说它大热的前例几乎为零也不为过。
石原恒和
海外版は山内さんの鶴の一声でスタートしたんです。無論、アメリカでは厳しいよねという空気があるところにです。僕と岩田さんとで、「山内さんがやれというならやるしかないよね」と言って。でも当時、ゲームフリークは続編の『ポケモン 金・銀』で精一杯だったので、岩田さんにエンジニアリングの部分はお任せしたんです。彼の凄いところは「ゲームフリークさんは『ポケモン 金・銀』に専念してください。『ポケモン 赤・緑』は仕様や構造を一切聞かずにローカライズします」と言うわけです。もちろんクリエイティブ面ではポケモンや町や技の名前など新しいものが沢山必要でしたけどね。
海外版是山内先生一锤定音开始的。当时周围的气氛是,在美国肯定很难。我和岩田先生说:“既然山内先生说要做,那就只能做了。”但当时GAME FREAK正全力投入续作《宝可梦 金·银》,所以工程部分就交给了岩田先生。他厉害的地方在于,他说:“GAME FREAK请专心做《宝可梦 金·银》。《宝可梦 红·绿》的本地化,我完全不问规格和结构就来做。”当然,在创意方面,宝可梦、城镇、招式名称等需要大量新东西。
※山内溥氏
※山内溥氏
任天堂の3代目の社長で中興の祖。1949-2002年に社長を務めた。故人。
任天堂第三代社长,中兴之祖。1949年至2002年担任社长。已故。
※岩田聡氏
※岩田聪
任天堂の前社長。HAL研究所の社長を経て4代目の任天堂社長に就任。2002-2015年に社長を務めた。故人。
任天堂前社长。在担任HAL研究所社长后,就任第四代任天堂社长。2002年至2015年担任社长。已故。
※石原氏も出演している4Gamer.netの岩田氏の追悼特集で『ポケットモンスター 赤・緑』のローカライズにおける岩田氏の功績については詳しく述べられている
※在石原也出演的4Gamer.net岩田追悼特辑中,详细讲述了岩田在《宝可梦 红·绿》本地化中的功绩
INSIDE
海外に持っていくに当たってポケモンのネーミングは苦労があったそうですね
听说在推向海外时,宝可梦的命名很费了一番功夫。
石原恒和
ピカチュウはピカチュウで良いのか? という問題には非常に苦労しました。ピカチュウは日本人からすると、電気の「ピカ」とネズミの「チュウ」で意味のある単語に感じられますが、日本以外では意味が通じない、ナンセンスなんです。ナンセンスは評価できない。意味のない擬音語の羅列を良いか悪いかと聞かれても答えようが無いわけです。これはもう、1つ1つ考える他なかったんです。
皮卡丘到底叫皮卡丘好不好?这个问题让我们非常苦恼。对日本人来说,皮卡丘可以感受到电的“皮卡”和老鼠的“啾”这样有含义的词,但在日本以外含义讲不通,是无意义的。无意义就无法评价。就算被问一串没有含义的拟声词是好是坏,也无从回答。这只能一个一个去想了。
石原恒和
ピカチュウは世界共通にしました。意味は通じないかもしれませんが、全世界で商標も取れるし、ピカチュウで行きましょうと。でも、全部そのままだと意味不明のオンパレードになってしまいますので、フシギダネは不思議な種を背負ってるからフシギダネなので、種を意味するBulbと恐竜を表すSaurusを合わせてバルバザー(Bulbasaur)に。念のためアメリカ人に聞いてみるとツボミを背負ったトカゲや両生類をイメージするというのでOKと。ヒトカゲは木炭を表すCharcoalと火のトカゲを表すSalamandraを合わせてチャーマンダー(Charmander)に。アーボも分かりづらいからアメリカではイーカンス(Ekans)。でもそれってスネークの逆さ読みで、アナグラムなんです。
皮卡丘决定全球通用。虽然含义可能讲不通,但在全世界都能取得商标,就用皮卡丘吧。不过,如果全部都保持原样,就会变成一连串不明所以的名字,所以妙蛙种子因为背着不可思议的种子,才叫妙蛙种子,于是把表示种子的Bulb和表示恐龙的Saurus合起来,变成Bulbasaur。为保险起见问了美国人,他们说会联想到背着花苞的蜥蜴或两栖类,所以OK。小火龙则把表示木炭的Charcoal和表示火蜥蜴的Salamandra合起来,变成Charmander。阿柏蛇也不好懂,所以在美洲叫Ekans。不过那是把snake倒过来读,是变位词。
石原恒和
何か法則性を持って英語にしたわけじゃなくて、みんなで一生懸命、1つずつ言葉にクリエイティブを込めて考えていったんです。それによってそれぞれのポケモンが生き生きとしたものに感じられるようになったと思います。その国のダジャレのようなものも取り入れながら、不思議な生き物の中に込めていったわけです。151匹のうち、かなりの割合で日本語と異なる名前が付いたことで、アニメの吹き替えでの大変さは何倍にもなりましたけど・・・。でも頑張って名前を付けたお陰で、世界中で受け入れられたという側面も大いにあると思います。
并不是按照某种法则改成英语的,而是大家一起拼命地给每一个词注入创意想出来的。由此我觉得每一只宝可梦都变得生动起来了。也融入了那个国家类似谐音梗的东西,把它放进不可思议的生物之中。151只当中,有相当比例被起了与日语不同的名字,这让动画配音的难度增加了几倍……但多亏努力起了名字,我认为在很大程度上也让它被全世界接受了。
英語版でもピカチュウはピカチュウ
英文版里皮卡丘也还是皮卡丘
INSIDE
海外でも日本と同じような流れで人気が高まっていったのでしょうか?
在海外,人气也是以和日本同样的路径高涨起来的吗?
石原恒和
海外展開がスタートしたのは、日本から2年以上遅れてのことだったので、やり方は随分変わりました。2年あったので、その間にアニメが放送され、映画もあり、カードゲームも発売されました。なので米国に上陸するに当たっては、既に色々な武器をもっている状態でした。米国ではまずアニメを先に放送して、ポケモンの世界を広めておいて、ゲームでより一層深い体験をしてもらう、カードゲームではもっと戦略性の高い遊びを提供する、という戦略でスタートしました。日本では当然ゲームからスタートでしたので、順番を変えて提供したということになります。山内さんからの鶴の一声から、実際にリリースできるまでには2年かかっていて、その間に武器が色々作れたので上手く立ち上げられました。これが日本と同時だったら失敗していたかもしれませんね。運やタイミングもあったと思います。
海外展开是在日本之后晚了两年多才开始的,所以做法有了很大不同。因为有这两年时间,期间动画播出了,电影也上映了,卡牌游戏也发售了。因此登陆美国时,已经处于拥有各种武器的状态。在美国,首先先播出动画,让宝可梦的世界广为人知,再通过游戏提供更深入的体验,卡牌游戏则提供更具策略性的玩法,以这样的战略起步。在日本当然是从游戏开始,所以可以说是改变了提供的顺序。从山内先生的一句话开始,到实际能够发售花了两年时间,在此期间制作出了各种武器,所以得以顺利启动。如果这和日本同时进行的话,或许会失败呢。我觉得也有运气和时机的因素。
石原恒和
「ポケモンワールドチャンピオンシップス」現在では世界大会も開催され盛り上がりを見せている
“宝可梦世界锦标赛”如今也举办世界大赛,盛况空前
INSIDE
海外でも成功した要因として、ポケモンが人類の普遍的なテーマを追っているということもあるのでしょうか?
在海外也获得成功的原因之一,是否在于宝可梦追寻的是人类普遍的主题呢?
石原恒和
そういうこともあるかもしれません。ポケモンは身近なテーマを描いているんです。小動物を飼うとか、昆虫が蛹になって蝶になるというような成長とか。そういう体験は人類共通の部分があるかもしれません。これが剣と魔法の世界だと、好みが分かれるでしょうし、バイオレンスの要素が入ってくると対象年齢も上がってきてしまいますからね。見方によっては、ポケモンは日本の怪獣や西洋ファンタジーの伝説上の生き物の延長線上の存在、という捉え方もできますが、日常生活で誰もが体験するような、昆虫採集の虫、家で飼っている犬、川で釣った魚、のようなもっと身近な存在として理解されたんじゃないかと思います。
或许也有这方面的原因。宝可梦描绘的是身边的主题。比如饲养小动物,或者昆虫化蛹成蝶这样的成长。这样的体验或许有人类共通的部分。如果这是剑与魔法的世界,喜好就会分化,加入暴力元素的话,对象年龄也会提高。从某种角度看,宝可梦可以理解为日本怪兽或西方奇幻传说生物延伸线上的存在,但我想它被理解为更贴近日常生活的存在,比如昆虫采集的虫子、家里养的狗、在河里钓到的鱼。
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宝可梦想要向前迈进
INSIDE
ポケモンは『ポケットモンスター』シリーズだけでなく多くの関連作品や、商品化がなされています。石原さんとして「これはポケモンで、ポケモンではない」というような価値基準はどういう所に置いてらっしゃるのでしょうか?
宝可梦不仅有《宝可梦》系列,还有许多相关作品和商品化。作为石原先生,您把“这是宝可梦,这不是宝可梦”这样的价值标准放在什么地方呢?
石原恒和
究極的には人の真似をしない、という点が判断基準になるかなと思います。その上で考えているのは、「それはポケモンを次のステップに進めるものなのか」という事です。『鉄拳』シリーズを長年開発してきたバンダイナムコエンターテイメントさんとのタッグで『ポッ拳』というゲームを作って来月Wii Uでも出ます。「いわゆるコラボ商品ですね」と言われてしまうかもしれませんが(笑)、僕はブランドと組むというよりは、メカニズムと組む、という考え方をしています。どういう仕組みをポケモンが獲得すると、ポケモンに新しい世界が生まれるか、ということを考えています。
最终来说,判断标准或许是不模仿他人这一点。在此基础上考虑的是,“那是否能让宝可梦进入下一步”。我们与长期开发《铁拳》系列的万代南梦宫娱乐合作制作了《宝可拳》这款游戏,下个月也将在Wii U上推出。或许会被人说“这就是所谓的合作商品呢”(笑),但我认为与其说是与品牌合作,不如说是与机制合作。我在思考,宝可梦获得怎样的机制,会为宝可梦带来新的世界。
石原恒和
『ポケモン 赤・緑』がスタートした時点での質の高さと素性の良さが、これまでのポケモンの全ての引き金となっているのは間違いなくて、常に原点に立ち返って、伝統を壊さず、保守的な芸術として生きていく道もあるはずです。それでも自分としては20年間、叡智と工夫を注いできて、何とか皆さんに支持をいただいているようでもありますので、ポケモンの世界を拡大する上で壊す必要があれば壊すし、守る必要がある場所は守るという姿勢で今後も取り組んでいきたいと思っています。
《宝可梦 红·绿》起步时的高品质和良好血统,无疑成为至今为止宝可梦一切的触发点,始终回归原点、不破坏传统、作为保守的艺术生存下去的道路也应该存在。即便如此,我自己20年来倾注智慧与巧思,似乎也总算得到了大家的支持,所以在扩展宝可梦世界的过程中,如果需要破坏就破坏,需要守护的地方就守护,今后也想以这样的姿态继续努力。
『鉄拳』と『ポケモン』がタッグを組んだ『ポッ拳』
《铁拳》与《宝可梦》联手打造的《宝可拳》
INSIDE
株式会社ポケモンとして進む方向性はあるのでしょうか?
作为株式会社宝可梦,是否有前进的方向?
石原恒和
「ポケモンという存在を通して、現実世界と仮想世界の双方を豊かにすること」ということを株式会社ポケモンのミッションステートメントに掲げています。これは非常にシンプルで、『ポケモン 赤・緑』でゲームの中でトレーナーがカモネギと交換してくれない? と言われて交換する。現実世界で学校の友だちにニャースくれない? と言われて交換する。ゲームの中で起きている価値の交換と、現実世界の価値の交換が同等になっているわけです。ゲームの中で知り合ったトレーナーと現実世界のトレーナーが繋がっていく。ポケモンは現実世界と仮想世界を仲立ちしているのです。VRはゲームにはまりこんで閉じこもって引きこもっていくのに適していますが、そういう世界の閉じ方の真逆にポケモンはいきたいと考えています。現実世界も仮想世界も両方繋いでリッチにしていきたい。これを凄く意識して『Pokemon GO』というものも生まれてきました。
我们将“通过宝可梦这一存在,让现实世界与虚拟世界双方都变得丰富”作为株式会社宝可梦的使命宣言。这非常简单,在《宝可梦 红·绿》中,游戏里的训练家问“能和我交换大葱鸭吗?”,然后进行交换。在现实世界里,学校的朋友问“能给我一只喵喵吗?”,然后进行交换。游戏中发生的价值交换与现实世界中的价值交换是等同的。在游戏中认识的训练家与现实世界中的训练家连接起来。宝可梦在现实世界与虚拟世界之间充当媒介。VR适合沉迷于游戏、封闭自己、变得孤立,而宝可梦希望走向这种世界封闭方式的完全相反方向。我们希望将现实世界和虚拟世界都连接起来,使其变得丰富。我们非常意识到这一点,《Pokemon GO》也由此诞生。
INSIDE
『Pokemon GO』は非常に気になる商品ですね
《Pokemon GO》是非常令人关注的产品呢
石原恒和
3年前に岩田さんとプロジェクトをスタートさせた時、スマートデバイスに対する1つの答えとして考えたのが実はこの『Pokemon GO』でした。ゲーム業界の大半を占めるようになったスマホゲームの世界では我々は新参者ですから、誰かの真似ではいけません。新しい遊びはこれだという答えであり、挑戦という気持ちで鋭意、開発を進めています。また、世界中で普及しているスマホというデバイスは、地域的、言語的な広がりがより拡大できるのではないかと期待しています。
3年前与岩田先生启动这个项目时,作为对智能设备的一个答案,实际上想到的就是这个《Pokemon GO》。在占据游戏业界大半的智能手机游戏世界里,我们是新来者,所以不能模仿别人。这是“新的游玩方式就是这个”的答案,我们以挑战的心态锐意推进开发。此外,对于在全世界普及的智能手机这一设备,我们期待它能在地区和语言上进一步扩大覆盖面。
INSIDE
元グーグルの社内スタートアップであるナイアンティックとのコラボレーションというのも興味深いですね
与源自谷歌内部创业公司的Niantic合作也很有意思呢
石原恒和
彼らはルールが動かす世界を見ていて、我々はクリエイティブが動かす世界を見ているので、この文化の違いたるや、なかなか面白いんです。大変な部分もありますが、ああそういう風に考えるんだ、と刺激になります。任天堂とアップルというのは似ていて、ハードウェアとソフトウェアが一体化したプラットフォームビジネスをやってきた。グーグルはプラットフォームは物理的なものではなくソフトウェアだと考えます。検索、マップ、Gmailがプラットフォームなのであって、Androidを搭載したデバイスを誰が製造しようと構わないわけです。この違いも刺激的ですね。
他们看到的是由规则驱动的世界,而我们看到的是由创意驱动的世界,这种文化差异相当有趣。虽然也有艰难的部分,但会让人受到刺激,觉得“啊,原来是这样思考的”。任天堂和苹果很相似,一直在做硬件与软件一体化的平台业务。谷歌则认为平台不是物理性的东西,而是软件。搜索、地图、Gmail就是平台,至于谁制造搭载Android的设备都无所谓。这种差异也令人兴奋。
INSIDE
20年経って出来るようになったことはあるのでしょうか?
经过20年,有什么事情变得能够做到了吗?
石原恒和
象徴的な事が最近あって、それは今年初めてスーパーボウル(※)でCMを流したら、それがYouTubeで行われた投票で、52社のCMの中で1位を取ったんです。どれだけポケモンが成功しても、これまでは「サブカルチャーだよね」と言われ続けてきて、じゃあ「ポップカルチャーってなに?」というとマイケル・ジャクソンやビヨンセだったりするわけです。まだまだゲーム好きの特殊な人たちが幼少期にはまりがちなのがポケモン、そういう認識は拭えなかったわけです。でも今回、ポップカルチャーの最も晴れ舞台であるスーパーボウルのハーフタイムショーに流れるCMで最高の評価を得られたというのは転機のように感じますね。
最近有一件象征性的事,今年首次在超级碗(※)播放广告,结果在YouTube上进行的投票中,在52家公司的广告里获得了第一名。无论宝可梦多么成功,此前一直被人说“毕竟是亚文化吧”,而要说“流行文化是什么”,那就是迈克尔·杰克逊或碧昂丝之类的。宝可梦仍然摆脱不了“是喜欢游戏的特殊人群在幼年期容易沉迷的东西”这种认知。但这次,在流行文化最辉煌的舞台——超级碗的中场秀时段播放的广告中获得最高评价,我感觉这像是一个转折点。
石原恒和
それは20年間の重みというのもあるかもしれません。やはり一時代ではありますよね。それから、20年続いたことで世代を繋げられたという感覚があります。「お前らは知らないだろうけどお父さんが小さい時はこんな遊びをしてたんだよ」じゃなくて、一緒にポケモンを語り合えるというような。将来は「おじいちゃんはこのリザードンで遊んでいたんだよ」とお孫さんと語り合えるような、そんな世界を作りたいですね。環境は出来つつあると思います。
这或许也有20年积累的分量。毕竟已经成为一个时代了。而且,持续20年让我们有了一种能够连接世代的感觉。不是“你们不知道吧,爸爸小时候玩过这样的游戏”,而是能够一起谈论宝可梦。将来希望能打造一个“爷爷当年是用这只喷火龙玩的哦”这样与孙子交谈的世界。我认为这样的环境正在逐渐形成。
※スーパーボウル
※超级碗
毎年2月上旬に行われる、アメリカンフットボールリーグ(NFL)の優勝決定戦。一年で最も高い視聴率を叩き出す、国民的なイベントとなっていて、その中継で流れるCMも大きな注目を集める。
每年2月上旬举行的美国职业橄榄球联盟(NFL)冠军决定赛。它是一年中收视率最高的国民级赛事,转播中播放的广告也备受关注。
INSIDE
最後にポケモンを愛する人たちにメッセージをいただけますでしょうか?
最后,能请给热爱宝可梦的人们说几句话吗?
石原恒和
この20年間、自分の人生の一番濃い時期を賭けて、少しでもポケモンが面白くなるように常に新しい遊びの仕掛けを作り続けてきたつもりです。その全てとは言いませんが、1つでもプレイヤーの皆さんの琴線に触れるものがあったなら、プロデューサーとしては嬉しいですね。先ほども言いましたが、ポケモンは現実世界と仮想世界を繋いで共に豊かにできる構造を持った遊びだと思っています。そこを起点にクリエイティブを生み出せるタネがまだまだ沢山あります。ここは通過点です。次のポケモンに期待していてください。もっともっと面白いものが出ますから。
这20年来,我赌上了自己人生中最充实的时期,一直为了让宝可梦哪怕更有趣一点,不断设计新的游玩机制。虽然不敢说全部都是如此,但只要其中有一样能触动玩家的心弦,作为制作人我就很高兴了。刚才我也说过,我认为宝可梦是一种拥有将现实世界与虚拟世界连接起来、让两者共同丰富起来的结构的游玩。以那里为起点,能够孕育创意的种子还有很多。这里只是一个经过点。请期待下一款宝可梦。一定会推出更加有趣的东西。
特集 ポケットモンスター20周年
专题 宝可梦20周年
ポケモンゲーム史
宝可梦游戏史
・1996年2月27日、全てはここから始まった「ゲームボーイ」編
・1996年2月27日,一切从这里开始“Game Boy”篇
・世界はカラフルになった「ゲームボーイカラー」編
・世界变得色彩缤纷“Game Boy Color”篇
・アドバンスに進化するルールやシステム達「ゲームボーイアドバンス」編
・向Advance进化的规则与系统们“Game Boy Advance”篇
・通信もWi-Fiで進化した「ニンテンドーDS」編
・通信也通过Wi-Fi进化的“Nintendo DS”篇
・そして未来へ繋がっていく『ポケットモンスター』「ニンテンドー3DS」編
・然后连接向未来的《宝可梦》“Nintendo 3DS”篇
特別インタビュー
特别访谈
・ポケモンが現実世界と仮想世界を繋いでいく、20年目の挑戦・・・株式会社ポケモン代表取締役社長・石原恒和氏インタビュー
・宝可梦将现实世界与虚拟世界连接起来,第20年的挑战……株式会社宝可梦代表董事社长石原恒和访谈
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宝可梦・Pokemon・Pokken・POKKEN TOURNAMENT是任天堂、Creatures、GAME FREAK的注册商标。