特定年代复古专刊 INTERVIEW ARCHIVE 2000年07月01日

N.O.M 2000年7月号:田尻智 × 石原恒和 特别对谈(二人的相遇、六年长征与生命感哲学)

Archive record

档案记录

Date
2000.07.01
Source
未标注来源
People
未标注
Game / Work
未标注
Page
未标注
Language
ja
Status
published
模式
氛围

宝可梦开发史上最高价值的黄金对话!任天堂官方杂志《N.O.M》2000年7月号特邀‘宝可梦之父’田尻智(Game Freak社长)与‘总掌舵人’石原恒和(Creatures社长/宝可梦社社长)促膝长谈:从两人在爱普生时期的初次相识、见到Game Boy连接线时触电般的启示,到制作宝可梦之前田尻智对昆虫采集的热爱与创办《Game Freak》同人志的初心;详细披露了《赤·绿》历经整整六年艰苦漫长研发、资金几乎断绝濒临崩溃边缘却因深信其魅力而咬牙坚持的心酸内幕;深度剖析了为什么宝可梦能‘跨越语言与文化的隔阂’引发全球儿童的共鸣;以及石原恒和提出的核心美学信条——‘宝可梦绝不是冷冰冰的战斗机器,它们是具有自己生活习性、呼吸与温度的生命体’!

Source shelf

原始资料

N.O.M 2000年7月号:田尻智 × 石原恒和 特别对谈(二人的相遇、六年长征与生命感哲学)

图像作为阅读入口保留;正文仍以可检索、可对照的文字档案为主。

访谈阵容
Transcript / Parallel reading

逐段译读

N.O.M 2000年7月号:田尻智 × 石原恒和 特别对谈(二人的相遇、六年长征与生命感哲学)
N.O.M 采访者 受访
2 N.O.M 采访者

原文

=== 前篇第1节:二人的相遇(在爱普生与Game Boy连接线触电般的灵感) ===

译文

=== 前篇第1节:二人的相遇(在爱普生与Game Boy连接线触电般的灵感) ===

N.O.M 采访者 受访
3 N.O.M 采访者

原文

まずは、お二人が最初に出会われたときのことから。

译文

首先,请从二位最初相遇时的事情开始谈起。

田尻 智 受访
4 田尻 智

原文

それはもう六本木に古い家があった頃の話ですからねぇ。WAVEなんかがある六本木に、なぜか築60年くらいの古~い家があって。

译文

那已经是六本木还留有老房子的时代了。在如今有WAVE等店铺的六本木,当时不知为何还有一栋约有60年历史的古老房屋。

N.O.M 采访者 受访
5 N.O.M 采访者

原文

なんの話ですか、それは?

译文

那是什么话题?

石原 恒和 受访
6 石原 恒和

原文

1980年代のあたま頃にね、当時、僕はCG(コンピュータ・グラフィックス)を中心とした映像の制作プロダクションに所属していて、その会社が六本木にある古い民家をテレビ番組なんかの制作室として使っていたんです。

译文

那是1980年代初期的事。当时,我隶属于一家以CG(计算机图形)为核心的影像制作公司,那家公司租用了六本木的一栋老式民宅,用作电视节目等的制作室。

田尻 智 受访
7 田尻 智

原文

ちょうどあれだ、フジテレビが深夜枠に面白い番組をたくさん提供するようになってきた時代で、そのために石原さんもゲームを題材にした番組を作っていたんですよ。だからそういう古い日本家屋なんだけど、なかに入るとビデオ機材とか、『ゼビウス』の業務用ゲーム機とか、コンピュータなんかがたくさん置いてあって、そこで岩井俊雄さんというメディア・アーティストが番組の素材用に『ブロック崩し』みたいな昔のゲームを再現していたりしたんです。

译文

正好是富士电视台开始在深夜时段推出许多有趣节目的时代,为此石原先生也在制作以游戏为题材的节目。所以那虽然是一栋古老的日式房屋,但走进去一看,里面摆放着许多视频器材、业务用的《铁板阵》街机、电脑等设备。在那里,一位名叫岩井俊雄的媒体艺术家,为了制作节目素材,正在重现类似《打砖块》那样的老游戏。

石原 恒和 受访
8 石原 恒和

原文

僕は当時それほどテレビゲームというものに興味はなかったんだけど、大学時代からCGには強いあこがれがあって、コンピュータやビデオ制作の仕事をしたかったんですよ。そうしたときに、後輩の岩井俊雄くんが作ってきたゲームやプログラムを見たら非常に面白くて、だったら「ゲームを題材にしたテレビ番組を作ろうよ」っていう話になって、日本のゲームをいちばん知っているのは誰だろう? と考えた末に行き当たったのが、田尻くんだったわけです。

译文

我当时对电视游戏并没有那么感兴趣,但从大学时代起就对CG抱有强烈的憧憬,想做计算机和影像制作的工作。那时,看到后辈岩井俊雄做的游戏和程序觉得非常有趣,于是就说“那就做一个以游戏为题材的电视节目吧”,最后想到“谁最了解日本的游戏呢?”,结果就找到了田尻君。

田尻 智 受访
9 田尻 智

原文

その頃、僕はいまの会社の母体でもある「ゲームフリーク」というミニコミを作っていたし、個人的にもゲームセンター用のゲーム基板をコレクションしていて、’70年代の終わりから’80年代にかけてのゲームはほとんど網羅していましたから。

译文

那时候,我还在制作现在公司前身的同人志《GAME FREAK》,并且个人收藏街机基板,70年代末到80年代的游戏几乎都收集齐了。

石原 恒和 受访
10 石原 恒和

原文

あの当時いちばん強烈な印象として残っているのは、田尻くんが持っているゲームの知識と、その知識が体系化されているということだったな。基板にしても、ただ無闇に集めているんじゃなくて、ゲームの歴史とか亜流の存在とか、体系化された知識に合わせてコレクションしている。僕は、まさかゲームにそんな歴史があるなんてことは知らなかったの。たとえば、『ゼビウス』が家で遊べるということで任天堂のファミコンが飛ぶように売れていった時期があったわけだけど、その『ゼビウス』というものがどういう風に生まれて、自分たちがどう遊び、つぎに何をしようとしたかとか、そういうことを田尻くんから教えられた。

译文

当时最强烈的印象是,田尻君所拥有的游戏知识,以及这些知识被系统化了。即使是基板,也不是胡乱收集,而是配合游戏历史、支流存在等系统化的知识来收藏。我完全不知道游戏竟然有这样的历史。比如,因为《铁板阵》可以在家里玩,任天堂的FC红白机卖得飞快,但《铁板阵》是如何诞生的,我们是怎么玩的,接下来想做什么,这些事都是从田尻君那里学到的。

田尻 智 受访
11 田尻 智

原文

僕としては、データイーストの『ミッションX』やコナミの『スクランブル』というシューティングゲームの歴史があって、その延長上にベトナム戦争を題材にしたゲームのひな形ができて、そこから『ゼビウス』が生まれた、というような流れは当たり前のように知っていて、それをミニコミに書いたりもしていましたから。

译文

对我来说,从Data East的《Mission X》和Konami的《Scramble》等射击游戏的历史,到以越南战争为题材的游戏雏形,再到《铁板阵》的诞生,这样的发展脉络是理所当然知道的,我也曾把这些写进同人志里。

石原 恒和 受访
12 石原 恒和

原文

だから、そういう人物がいるということに僕はびっくりしたわけ。知識もコレクションもね。基板集めて、業務用のゲーム機まで持っていて、それでハーネスという基板を接続するケーブルまで自作していて、この情熱はなんなんだろうという(笑)。

译文

所以,我惊讶于竟然有这样的存在。无论是知识还是收藏。收集基板,甚至拥有业务用游戏机,还自己制作连接基板的线束(harness),这种热情到底是怎么回事(笑)。

田尻 智 受访
13 田尻 智

原文

でも、僕もうれしかったんですよ。当時はそんな話を喜んで聞いてくれる大人なんて少なかったですからね。

译文

不过,我也很高兴。因为当时很少有大人愿意高兴地听我说这些话题。

【章节导览】 受访
14 【章节导览】

原文

=== 前篇第2节:制作宝可梦之前(昆虫采集、《Game Freak》同人志与街机黄金时代) ===

译文

=== 前篇第2节:制作宝可梦之前(昆虫采集、《Game Freak》同人志与街机黄金时代) ===

N.O.M 采访者 受访
15 N.O.M 采访者

原文

田尻さんと石原さんが一緒にゲームを作られたのは、『ヨッシーのたまご』が最初でしたね。

译文

田尻先生和石原先生最初一起制作的游戏是《耀西的蛋》吧。

N.O.M 2000年7月号:田尻智 × 石原恒和 特别对谈(二人的相遇、六年长征与生命感哲学)
田尻 智 受访
17 田尻 智

原文

そうなんですが、企画として立ち上げたのは『ポケットモンスター』の方が最初です。そもそも『ポケットモンスター』は、もっとコンパクトなゲームになる予定だったんです。 最初、スクウェアさんの『魔界塔士SaGa』を見たときに「ゲームボーイでもアクションゲームじゃない分野を追求できるんだな」という可能性に気がついて、ゲームボーイなら半年くらいで作れるのではないかと思っていました。ところが、夢とか志がそのスケールの何倍もあったわけで、半年で完成させるのは難しいかもしれないっていうのは感じていたんだけど、やっぱりできなかったんですよね(笑)。ゲーム制作においては、たとえば「車をヒッチハイクしてA地点からB地点まで乗せてもらったらうれしいね」というようなアイデアが出た場合、いちおう作って確かめたくなるんですよ。そういう小さい実験を繰り返しているうちにすぐ半年くらい経っちゃったわけで。それで、石原さんの方から「まずは『ヨッシーのたまご』とか『マリオとワリオ』のような制作期間の短いゲームを作ることで会社の資金繰りやスタッフの能力といった様々な面を向上させて、それからあらためて『ポケットモンスター』に取りかかろう」っていう提案をいただいたわけです。

译文

确实如此,但作为企划,《宝可梦》才是最先启动的。原本,《宝可梦》预定做成更小巧的游戏。最初,当我看到史克威尔的《魔界塔士SaGa》时,我意识到“原来在Game Boy上也能探索非动作游戏领域”,于是觉得用Game Boy的话,大概半年就能做出来。然而,梦想和志向的规模远超于此,虽然我也感觉到半年内完成可能很难,但结果还是没做到(笑)。在游戏制作中,比如冒出“搭便车从A点到B点会很高兴吧”这样的点子,就会想先做出来试试。就这样反复进行小实验,转眼半年就过去了。于是,石原先生提议:“先制作像《耀西的蛋》或《马里奥与瓦里奥》这样周期较短的游戏,来改善公司资金状况、提升员工能力等各方面,然后再重新挑战《宝可梦》吧。”

N.O.M 采访者 受访
18 N.O.M 采访者

原文

思い入れの強い『ポケットモンスター』を中断することに、すぐ納得はできたんですか?

译文

对于中断倾注心血的《宝可梦》,您能立刻接受吗?

田尻 智 受访
19 田尻 智

原文

うん。僕なんかはむしろいい話だと思ってました。『ヨッシーのたまご』なんかはゲーム制作へのアプローチが『ポケットモンスター』と違うんですよ。『ポケットモンスター』の場合は自分たちが思い描く「こんな素晴らしいゲームを作ってみたいね」っていう動機からはじまっているんだけど、『ヨッシーのたまご』の場合は「ヨッシーというキャラクターで半年で1本作ってください」という、つまり与えられた宿題でどれだけいい点をとれるかという課題ですよね。だから、作る姿勢がまったく違うというのは、かえって僕にとっては並行してできるゲーム制作のやり方だったわけです。

译文

嗯。我反而觉得这是件好事。《耀西的蛋》的制作方法与《宝可梦》截然不同。《宝可梦》源于我们自己的愿景——“想做出这样出色的游戏”,而《耀西的蛋》则是“请用耀西这个角色在半年内做出一款游戏”,也就是给定课题,看能取得多好的成绩。因此,制作姿态完全不同,这对我来说反而成了一种可以并行推进的游戏制作方式。

石原 恒和 受访
20 石原 恒和

原文

その人の、それをたまたま担当した人生のなかでの年齢であるとか、経験してきたことの数であったり、そのチームの力量であったり、そういうものによってゲームの作り方はまったく違ってきます。チームによってこんなに作り方が違うのか、ゲームの作り方にはこんなにバリエーションが存在するのか、というような創作物って他にはあまりないじゃないですか。1人で作れてしまうかもしれないし、100人がかりで作るものもあるかもしれないし。そのときに、夢を追ってひとつのビジョンに向かって試行錯誤していく作り方と、ある課題に対してどこまで効率よく完成させられるかっていう作り方と、僕はいつもふたつくらい頭のなかにあった方が、それぞれが刺激し合って、より良いものが生まれると思うんです。

译文

根据一个人在其人生中恰好负责该项目时的年龄、积累的经验数量,以及团队的能力,游戏制作方式会完全不同。像这样,团队不同制作方式竟有如此大的差异,游戏制作方法竟存在如此多的变体,这样的创作物在其他领域并不多见吧。可能一个人就能完成,也可能需要上百人协作。在这种情况下,我认为,脑海中始终同时存在两种方式——一种是追逐梦想,朝着一个愿景反复试错;另一种是针对某个课题,思考如何高效地完成——它们相互激励,往往能催生更好的成果。

田尻 智 受访
21 田尻 智

原文

結果として『ヨッシーのたまご』は日本国内だけじゃなく、ワールドワイドな商品として売られていったので、非常にありがたかったですね。つまり会社が生きのびるための課題だったんだけれど、日本の外側でも売れてくれた分はオプションとして利益が入るわけで、会社の経営的にかなり助かったんです。それに、もともとテレビゲームって日本人が作ったものでも世界中のマーケットに売られて行くのが当たり前だったんだよね。そういう意味でも、ゲームの歴史の基本に忠実な商品として認められたというのが、僕はすごくうれしかった。

译文

结果,《耀西的蛋》不仅在日本国内,还作为全球性商品销售,这让我非常感激。也就是说,虽然这是公司存续的课题,但在海外销售的部分作为额外收益,极大地缓解了公司的经营压力。而且,电视游戏本来就是即使由日本人制作,也理所当然地销往全球市场。从这个意义上说,能被认可为忠实于游戏历史基本规则的商品,我感到非常高兴。

【章节导览】 受访
22 【章节导览】

原文

=== 前篇第3节:跨越语言之壁的游戏(把人与人真正连接起来的魔法) ===

译文

=== 前篇第3节:跨越语言之壁的游戏(把人与人真正连接起来的魔法) ===

N.O.M 采访者 受访
23 N.O.M 采访者

原文

『ポケットモンスター』も海外で高く評価されましたね。

译文

《宝可梦》在海外也获得了高度评价呢。

石原 恒和 受访
24 石原 恒和

原文

それは正直に言って意外でした。『ヨッシーのたまご』も『マリオとワリオ』も説明する言語がいらないタイプのゲームじゃないですか。取扱説明書を読まないでゲームをはじめたとしても、3回くらいゲームオーバーになれば何をすればいいゲームなのかがわかるという。つまりテキストを必要としないゲーム作りがなされていたわけで、世界中の遊ばれ方に対して共感できる要素がちゃんとあったんです。だから、そのあとに『ポケットモンスター』を完成させたときには、これは絶対アメリカに持っていくことはできないだろう。こんなにテキストの多いゲームは、『ヨッシーのたまご』と違って直感的でないために、最初のメッセージ・ウィンドウをいくつか読んだ段階で「なんだこりゃ?」ってことになるだろうと思ったんです。とくに当時アメリカでは「子供がボタンを押してテキストを読むようなゲームは売れるわけがない」っていう常識がありましたから。

译文

说实话,这出乎我的意料。《耀西的蛋》和《马里奥与瓦里奥》都是不需要语言说明的游戏类型。即使不读说明书直接开始玩,只要游戏结束三次左右,就能明白该做什么。也就是说,这些游戏的设计不依赖文本,确实包含了能与世界各地玩家的游玩方式产生共鸣的要素。因此,当后来完成《宝可梦》时,我想这绝对无法带到美国去。这款游戏文本量如此之大,不像《耀西的蛋》那样直观,玩家在读完最初几个消息窗口后,大概会想“这是什么东西?”吧。尤其是当时美国有一种常识:“小孩子按按钮读文本的游戏不可能卖得出去。”

田尻 智 受访
25 田尻 智

原文

奇跡ですね。それまでゲームフリークではアクションゲームばかり作っていたけど、『ポケットモンスター』は生まれてはじめて取り組むアクション以外のゲームだから、ということは自分がいままで確信を持ってやってきた仕事と違うものに挑戦することになるわけで、それが世界で通用するかどうかっていうのは、まったくリアリティがなかったんです。

译文

这真是奇迹。在此之前,GAME FREAK只制作动作游戏,而《宝可梦》是我们第一次挑战非动作类游戏。这意味着要挑战与自己一直确信的工作不同的领域,它能否在世界上行得通,我完全没有现实感。

石原 恒和 受访
26 石原 恒和

原文

他にも海外版を作る過程では問題がたくさんあって、日本語だとカタカナ4文字や5文字くらいであらわせる名前なんかも、アルファベット4文字だとJOHN(ジョン)くらいしかなかったりしてね。 そのためにどうしても10文字欲しいとかってなると、もうプログラムの構造から変わってくるじゃないですか。しかもポケモンの名前を変えたり、テキストをすべて英語に翻訳したり、そしてそのプログラムが全部動くための労力をこなしてまで「アメリカ市場は本当にあり得るのか?」と。さらに、かつて日本で大ヒットしたRPGがアメリカでは思うように売れてくれなかったという歴史もあるので、『ポケットモンスター』が海外で売れる成功率なんか1割だろうと思ってたんですよ。

译文

此外,在制作海外版的过程中还有很多问题。比如,日语中可以用四五个片假名来表示的名字,换成四个字母的话,大概只能像“JOHN”那样。因此,如果非要十个字符,那就得从程序结构开始改变。而且,还要修改宝可梦的名字,将所有文本翻译成英语,并付出让整个程序运行的劳力,即便如此,还要问“美国市场真的可行吗?”再加上,过去在日本大受欢迎的RPG在美国并没有如预期那样畅销,所以我认为《宝可梦》在海外成功的概率只有一成左右。

田尻 智 受访
27 田尻 智

原文

結局、日本国内で超絶的に売れてくれたから、それではじめて「海外に持っていったらどうだろう?」って話になったくらいでね。 キャラクターの問題はどうですか? 可愛いキャラクターはアメリカでは受けないという通説がゲーム業界にはありますが。

译文

最终,因为它在日本国内卖得极其火爆,我们才开始讨论“把它带到海外会怎么样?”这个问题。关于角色的问题呢?游戏行业有一种说法,认为可爱的角色在美国不受欢迎。

石原 恒和 受访
28 石原 恒和

原文

やっぱりね、ポケモンを最初に向こうで見せたときには「Too Cute(可愛らしすぎる)」って言われたんですよ。そのときにアメリカ側のスタッフが出してきたキャラクター案というのがあって、それはもう生涯誰にも見せるわけにはいかないイラストなんだけど、劇団四季の「キャッツ」のような感じの、たとえばピカチュウだったらトラ猫のような形で、胸が大きいキャラクターに変わってるわけよ。「えっ? これのどこがピカチュウなの!?」って言うと「いや、この尻尾があがってるところが」みたいなね。 コミケでピカチュウのコスプレしてる女の子みたいな感じですか(笑)。

译文

确实,当我们最初在美国展示宝可梦时,他们评价说“Too Cute(太可爱了)”。当时美国方面的工作人员提出了一些角色设计方案,那些插图我一生都不会给别人看。它们就像是四季剧团的《猫》那样的感觉,比如皮卡丘被设计成了虎斑猫的样子,胸部变得很大。我问“这哪里像皮卡丘了?”,他们回答说“不,你看这个尾巴翘起来的地方……”就像在Comic Market上扮演皮卡丘的女孩子那样吗?(笑)

石原 恒和 受访
29 石原 恒和

原文

そうそう、マジでそういうのが提案されていて、僕としては文化の違いを楽しもうっていう意味では面白いかもしれないけど、それで勝負しようという気にはなれない。結局「どうせテキストのゲームはダメだと言うのであれば、むしろ何も変えないで勝負しましょう」ということで、あらゆるグラフィックは変更しないことに決めたんです。あそこでピカチュウを変えていたら、いまのような状況はなかったでしょう。

译文

没错,真的有人提出了那样的方案。对我来说,从享受文化差异的角度来看或许有趣,但我不想用那种方式去冒险。最终我们决定:“既然他们说文字游戏不行,那我们不如什么都不改,直接去挑战。”于是我们决定不改变任何图形。如果当时改了皮卡丘,就不会有今天这样的局面了。

【章节导览】 受访
30 【章节导览】

原文

=== 前篇第4节:放之四海皆准的童年冒险(哪怕身处异国也共通的成长渴望) ===

译文

=== 前篇第4节:放之四海皆准的童年冒险(哪怕身处异国也共通的成长渴望) ===

N.O.M 2000年7月号:田尻智 × 石原恒和 特别对谈(二人的相遇、六年长征与生命感哲学)
N.O.M 采访者 受访
32 N.O.M 采访者

原文

『ポケットモンスター』は、田尻さんが虫捕りやザリガニ釣りなどをしていた少年時代の思い出がベースになっているそうですが、お二人の年齢差による世代のギャップはなかったのでしょうか?

译文

据说《宝可梦》是基于田尻先生少年时代捉虫、钓小龙虾等回忆创作的,那么两位年龄差异是否导致代沟呢?

石原 恒和 受访
33 石原 恒和

原文

それはないですね。20年も離れていれば話は別でしょうけれど、僕と田尻くんとでは8年くらいの年齢差ですから。

译文

没有代沟。如果相差20年的话另当别论,但我和田尻君只差8岁左右。

田尻 智 受访
34 田尻 智

原文

それに僕が育った場所が、東京のなかでも町田というかなり自然の残っている土地だったのも大きいと思います。それこそ名前もわからないような生き物がいっぱいいて、そこでオタマジャクシを捕ったり、ザリガニを釣ったりして育った。それはたぶん、僕より8年早く生まれていた石原さんの少年時代とそれほど変わりはなかったんだと思います。

译文

而且,我成长的地方,在东京之中也是町田这样自然留存相当多的土地,这一点也很重要。那里有无数连名字都不知道的生物,我就是在那里抓蝌蚪、钓小龙虾长大的。我想,那大概和比我早出生八年的石原先生的少年时代没有太大差别吧。

石原 恒和 受访
35 石原 恒和

原文

さすがに僕の子供時代にはゲームセンターはなかったけどね。

译文

不过,我的童年时代确实还没有游戏中心呢。

田尻 智 受访
36 田尻 智

原文

そう。それで僕が中学生になった頃から駅前の釣り堀がゲームセンターになったりして、そうすると虫が一切捕れなくなるかわりに『インベーダーゲーム』とか『ギャラクシーウォーズ』ができるようになる。一気に自分の人生の興味がそっち側に傾いていったわけです。もちろん、受験勉強の年代になって塾に行くようになるんだけど、自分としては勉強するよりテレビゲームがしたいから、ゲームセンターが近くにある塾を選んだりして(笑)。それで塾の15分休みとかになると走ってゲームセンターまで行って『ミサイルコマンド』をやって、それからまた急いで戻る、と。結果的にはそういう体験をひとつひとつ思い出して『ポケットモンスター』のなかに詰め込んだっていうことなんですよね。

译文

是的。于是,当我升入中学前后,车站前的钓鱼池变成了游戏中心,这样一来,虽然再也捉不到虫子了,但取而代之的是可以玩《太空侵略者》和《银河战争》了。我人生的兴趣一下子全部倾向了那边。当然,到了备考的年纪,我也开始去补习班,但对我来说,比起学习更想玩电视游戏,所以特意选择了附近有游戏中心的补习班(笑)。然后,补习班休息的15分钟里,我就会跑着去游戏中心玩《导弹指令》,然后再匆匆赶回来。结果就是,我是一边回忆着这样一个个体验,一边把它们塞进了《宝可梦》里。

石原 恒和 受访
37 石原 恒和

原文

田尻くんには「テレビゲーム以前」と「テレビゲーム以後」という両方の体験があって、それをうまく自分の少年時代の体験としてひとつに集約したわけですね。ポケモンに。

译文

田尻君既有“电视游戏之前”也有“电视游戏之后”两种体验,并且巧妙地将它们作为自己少年时代的体验,凝聚成了宝可梦。

田尻 智 受访
38 田尻 智

原文

あくまでもそれは少年時代の自分なんですよ。だから大人になってからの視線は一切入っていない。子供の視線で世界を見ると、大人とは違うように見えてくるっていう部分にこだわって作ったんです。僕は子供の頃「ちびっこ」とか「ぼうず」って言われるのがすごい嫌いで、そりゃあ大人から見ればそうなんだけど「オレはちびっこじゃない!」っていつも思ってた。で、そういうのが『ポケットモンスター』にも入ってるわけ。だからゲームに登場する少年少女のキャラクターっていうのは対等な関係なんだけど、大人はちょっと自分を見下したような言い方をするんです。でも、大人のトレーナーと戦闘のやりとりをすると、相手がちょっと見直してくれたりする。そういう人間関係を繰り返していって、自分が認められて、少しずつ成長していく。それはすべて僕の個人的な体験の再現だったわけだけれど、そこにこだわったおかげで、世界中の子供もじつはみんな似たような体験をしながら成長していってるんだと、あとになってわかってきた。

译文

那始终是少年时代的自己。所以完全没有加入长大后的视角。我执着于用孩子的视线看世界时,会看到与大人不同的景象这一点来制作。我小时候非常讨厌被人叫做“小鬼头”或“小毛孩”,虽然从大人看来确实如此,但我总是想“我才不是小鬼头!”。而这种心情也融入了《宝可梦》中。因此,游戏中登场的少年少女角色之间是对等的关系,但大人会用一种有点居高临下的口气说话。然而,与成年训练家对战交流后,对方会对我刮目相看。通过不断重复这样的人际关系,自己得到认可,逐渐成长。那虽然全是我个人体验的再现,但正因为执着于此,后来我才明白,原来全世界的孩子们其实也都经历着相似的体验而成长着。

石原 恒和 受访
39 石原 恒和

原文

前に田尻くんが言ってたんだけど、『ポケットモンスター』の舞台になっているカントーっていうものが、つまり南に海をしたがえていて、北に山地があって、ちょっと東京湾のような入り江をぐるっと回れそうな雰囲気の地形があったときに、それがアメリカだったらカリフォルニア半島の端っこの方にあるんじゃないかとか、あるいはフロリダ半島のこの辺にないだろうかとか、探してみたことがあるんだよね。世界地図で調べると、意外と『ポケモン』が描いた世界と同じような場所が、フラクタル的な相似性を持って世界中のいろんなところに当てはまるんです。

译文

以前田尻君说过,《宝可梦》的舞台关都地区,也就是南面临海、北面有山地、有点像东京湾那样可以绕一圈的海湾地形,我曾试着在世界地图上找过,如果是在美国的话,会不会在加利福尼亚半岛的顶端附近,或者佛罗里达半岛的某个地方呢?结果调查世界地图后发现,意外地,与《宝可梦》描绘的世界相似的地方,以分形般的相似性,在世界各地都能找到对应。

田尻 智 受访
40 田尻 智

原文

それは地形の相似性だけではなくて、たとえば『ポケットモンスター』で最初に1階へ降りると母親がテレビで映画の『スタンドバイミー』を観ているように、少年がなにかこう知的な刺激を得たり、新しい道具を手に入れたりしたときに、自分の見ている世界観が変わるようなことと同じで、それは世界中のどこへ行っても10代くらいの少年の気持ちのなかには共通してあるものなんです。だから、アメリカ向けにフィールドマップのデザインを変えたりしなくても、アメリカで遊んでいる子供たちは自分の知っている地形に照らし合わせて「あの辺の話なんだろうか」と想像して遊んでくれるに違いないと。それで調べてみると、アメリカには1950年代くらいからグレイハウンドバスっていうのがあるって、国道が縦横に走っていて、それで18歳くらいになるとバスに乗ってアメリカ一周の旅に出かける体験をたいていの青少年はするっていう話があったりね。だから、やっぱり僕らでいう関東くらいの大きさの世界観。あれがちょうど良かったんですよね。それに、ベトベターなんていう具体的にありそうで、でも抽象性を持っているモンスターにしても、公害の歴史っていうのは日本だけじゃなく世界各地にあって、オタマジャクシを捕りに行った川がヘドロで汚れていたなんてのは、ほとんどの国の子供が体験している。だから、ひとつひとつのモンスターが持っている物語は、多くの人間が世界中で共有できるものなんだろうな、と思うんです。 さて、後編では「ゲームを作るためのエネルギー」「なぜポケモンたちはあんなに生き生きとしているのか?」「はたして『金・銀』のつぎは作られるのか?」など、ひじょーに気になるテーマでお送りします。後編へGO!!

译文

这不仅仅在于地形的相似性。比如在《宝可梦》中,当你第一次下楼时,母亲正在电视上看电影《伴我同行》——就像少年在获得某种智识上的刺激或得到新工具时,他所看到的世界会随之改变一样。这种体验,无论在世界何处,在十来岁少年的心中都是共通的。因此,即使不针对美国市场改变地图设计,美国的孩子在游玩时,也一定会对照自己熟悉的地形,想象着“这讲的是哪一带的故事”来享受游戏。后来我调查发现,美国从1950年代起就有灰狗巴士,国道纵横交错,许多青少年到了18岁左右,都会乘巴士进行环美旅行。所以,对我们而言,那种相当于日本关东地区大小的世界观,恰好是合适的。再者,像臭泥这种看似具体存在却又带有抽象性的宝可梦,公害的历史并非日本独有,而是世界各地都有;去捉蝌蚪的河流被淤泥污染,这种经历大多数国家的孩子都体验过。因此,我想每一只宝可梦所承载的故事,是能够被全世界许多人共同分享的。那么,在后篇中,我们将围绕“制作游戏的能量”“为什么宝可梦们如此生机勃勃?”“《金·银》之后还会不会再有新作?”等令人十分在意的话题展开。让我们直奔后篇!

【章节导览】 受访
41 【章节导览】

原文

=== 后篇第1节:田尻智与石原恒和的六年(长达六年的漫长艰苦研发与执念) ===

译文

=== 后篇第1节:田尻智与石原恒和的六年(长达六年的漫长艰苦研发与执念) ===

N.O.M 采访者 受访
42 N.O.M 采访者

原文

というわけで、お二人は『ポケットモンスター』を作るためのベスト・パートナーとして、かれこれ10年ほどコンビを組んでこられました。こんな長いおつきあいになるとは思っていましたか?

译文

那么,二位作为制作《宝可梦》的最佳搭档,至今已经合作了大约十年。你们当初有想过会交往这么久吗?

田尻 智 受访
43 田尻 智

原文

最初は石原さんとパートナーシップを組んで何かをやろうっていうよりも、お互いが別の場所にいることで刺激的な関係を維持しつつ、プロジェクトごとに一緒に仕事をするという間柄だったんです。なにしろ僕はゲームフリークを運営して、スタッフのひとりひとりにケアができて、そのうえでどこまでクオリティの高いゲームを作れるか、そういうことに精一杯でしたから。でも、石原さんが糸井さんのところにパッと移ったとき、僕はものすごく驚いたんですよ。 糸井重里さんがAPE(エイプ)という会社を設立されて、そこに石原さんが移籍されたときのことですね。

译文

最初,与其说是和石原先生搭档做事,不如说我们是在各自不同的地方保持一种相互刺激的关系,然后针对每个项目一起合作。毕竟,我要经营GAME FREAK,要照顾到每一位员工,同时还要尽可能做出高品质的游戏,已经忙得不可开交。不过,当石原先生突然转到糸井先生那里时,我着实吃了一惊。那是在糸井重里先生创立APE(艾普)公司,石原先生跳槽过去的时候。

田尻 智 受访
44 田尻 智

原文

そう。そのときに、石原さんは「僕が思っていた以上にテレビゲームの世界に魅力を感じているんだ」とわかったんです。だから、僕が「将来ポケモンになるソフト」の企画書をAPEに持っていったのは、石原さんがそこにいたからなんですよ。それで、のちに石原さんが独立してクリーチャーズを設立するっていうときに、本当は二人でパートナーシップを組んでひとつの会社を作らないか、っていう話もあったんです。

译文

是的。那时我才明白,石原先生对电视游戏世界的着迷程度远超我的想象。所以,我之所以会把那份“将来会成为宝可梦的软件”企划书带到APE,正是因为石原先生在那里。后来,当石原先生独立创办Creatures时,我们其实还讨论过要不要两人合伙,共同创建一家公司。

N.O.M 采访者 受访
45 N.O.M 采访者

原文

えっ! それは『ポケットモンスター』の制作中の話ですか?

译文

咦!那是在《宝可梦》制作期间的事吗?

田尻 智 受访
46 田尻 智

原文

そろそろ『ポケットモンスター』の完成が見えてきたかな、というときですよ。

译文

差不多是《宝可梦》的完成开始显现轮廓的时候了。

石原 恒和 受访
47 石原 恒和

原文

でも一方でゲームフリーク内部での開発資金とか、開発環境がいちばん苦しかった時期ですね。その頃の田尻君は本当につらそうに見えた。

译文

但另一方面,那也是GAME FREAK内部开发资金和开发环境最艰难的时期。那时候的田尻君看起来真的很痛苦。

田尻 智 受访
48 田尻 智

原文

それで、僕がそれなりの数のスタッフを抱え込んでひとつひとつ指示をしながら、経営もやりながら、ゲームのディレクションもゲームデザインもやるという作業の限界に達していた時期ですね。結果的にいまは、石原さんはクリーチャーズで、僕はゲームフリークで、お互いが別々の会社で仕事をしていますけど、言い換えれば部署の違いみたいなもんですから、実質は一体なんです。それで、じゃあ「なぜ、あのとき一緒の会社にしなかったのか?」と言えば、あの頃のゲームフリークのやり方を一回分解して、あらたに石原さんと一緒に組み立て直すという方法に僕は危機感をおぼえていたんです。つまりそれはアイデンティティの問題なんですよ。僕がゲームフリークでなくなる、あるいはゲームフリークが僕ではなくなるということですから。

译文

那时,我带着相当数量的员工,一边逐一指示,一边兼顾经营、游戏执导和游戏设计,已经达到了工作的极限。结果现在,石原先生在Creatures,我在GAME FREAK,虽然我们在不同的公司工作,但换个说法就像部门不同一样,实际上是一体的。那么,要说“为什么当时没有合并成一家公司?”是因为我对将当时的GAME FREAK的做法拆解一次,再和石原先生一起重新构建的方法感到危机感。也就是说,那是身份认同的问题。因为我将不再是GAME FREAK,或者GAME FREAK将不再是我。

石原 恒和 受访
49 石原 恒和

原文

田尻くんは学生時代から「ゲームフリーク」を名乗っていたからねぇ。アダナが「社長」だったし(笑)。そういう意味では、田尻君はゲームフリークの全てだったし、ゲームフリークは田尻君そのものだったと思います。責任感強いですよね。

译文

田尻君从学生时代起就自称“GAME FREAK”了。绰号也是“社长”(笑)。从这个意义上说,田尻君就是GAME FREAK的全部,而GAME FREAK也就是田尻君本身。责任感很强呢。

田尻 智 受访
50 田尻 智

原文

現実的には会社の経営が苦しくて、石原さんと一緒にやるっていうのを真剣に考えもしたんだけれど、ゲームが好きで会社にする以前からゲームフリークを名乗ってきたわけでしょ。10代の頃から築いてきたものを崩壊させることに、大きな迷いがあったんです。この話は他人にするのははじめてだと思いますが。

译文

现实上,公司经营困难,我也认真考虑过和石原先生一起干,但自从喜欢游戏、成立公司之前,我们就一直自称GAME FREAK了。对于摧毁从十几岁起建立起来的东西,我有着巨大的犹豫。我想这个话我是第一次对别人说。

石原 恒和 受访
51 石原 恒和

原文

僕自身、自分の会社をはじめるタイミングだったし、会社経営ということでは田尻社長の方がはるかに先輩なわけで、むしろ僕は社長の先輩としての田尻社長に「会社ってどういう風に作るんだろう?」って相談する意味もあったわけですよ。

译文

我自己也正好是开创自己公司的时机,而在公司经营方面,田尻社长要远远前辈得多,倒不如说我作为社长前辈,也有向田尻社长请教“公司是怎么创建的呢?”的意义。

田尻 智 受访
52 田尻 智

原文

結果として僕らが一緒の会社を設立することはなかったわけですが、とにかくずうっと課題になっている『ポケットモンスター』を完成させるために一緒に付き合っていきましょうというお互いの気持ちの確認を、そのとき得られたんですね。

译文

结果我们并没有共同创立公司,但那时我们确认了彼此的心意:无论如何,都要一起完成一直作为课题的《宝可梦》。

【章节导览】 受访
53 【章节导览】

原文

=== 后篇第2节:宝可梦们的生命感(不是冰冷机械,而是拥有生态与温度的生物) ===

译文

=== 后篇第2节:宝可梦们的生命感(不是冰冷机械,而是拥有生态与温度的生物) ===

N.O.M 采访者 受访
54 N.O.M 采访者

原文

ゲームの世界では、キャラクターに人工知能を組み込むというような流れもありますが、ポケモンではそういう方法をとられていません。それでも、ポケモンたちがあれほど生き生きと感じられるのは、なぜなんでしょう?

译文

在游戏世界中,也有为角色植入人工智能的潮流,但宝可梦并没有采用那种方法。尽管如此,宝可梦们却如此栩栩如生,这是为什么呢?

石原 恒和 受访
55 石原 恒和

原文

コンピュータをやってる人間って、AI(人工知能)が素晴らしいとか、自律的なプログラムが動いていくとか、コンピュータの中に人工生命的な構造を作れるかもしれないというような、そういうサイエンスにあこがれる人は多いと思うんですよ。僕もある時期はそういうことが面白いと思っていたんだけど、結局それは子供の興味とは関係ないんですよね(笑)。子供たちが友達にしたいと思う生き物や、一緒に連れて歩きたいと思う生き物とは関係のないコンピュータ・サイエンスっていう狭い分野の科学の話なんです。

译文

搞计算机的人,很多都憧憬这样的科学:人工智能很了不起,自律程序在运行,或许能在计算机中创造出人工生命般的结构。我自己也曾有一段时间觉得这些很有趣,但最终,那和孩子们的兴趣毫无关系(笑)。那是与孩子们想成为朋友的生物、想一起带走的生物无关的、计算机科学这一狭窄领域的科学话题。

田尻 智 受访
56 田尻 智

原文

勝手に生きているものっていうのは、どんなによくできていても人と関係ないからね。ゲームの中でポケモンと旅したり、野生のポケモンに襲われたり、トレーナーと対戦したり、あるいは現実の世界で友達とポケモンを交換したりするわけで、そうしたコミュニケーションがあるからこそ、ポケモンに様々な思い出が生まれたり、生命を感じることができるんですよ。

译文

自行生存的东西,无论做得多么精巧,都与人类无关。在游戏中与宝可梦旅行、被野生宝可梦袭击、与训练家对战,或者在现实世界中与朋友交换宝可梦——正因为有这样的交流,宝可梦才能诞生各种回忆,让人感受到生命。

石原 恒和 受访
57 石原 恒和

原文

ポケモンは人工生命とは違って、かなり複雑なデータを秘めてはいるけれど、それが明らかにされている部分と、されていない部分と、将来変わるかもしれない部分と、そういう様々な要素で構成されているんです。だからこそ、レベルを上げたり通信で交換したりしていると、いつの間にか進化して「なんでコイツこんなになっちゃったんだろう?」っていうような偶然性を感じたりするわけ。そんな出会い方が最初から最後までプログラマーに仕組まれていることではなくてね、たまたまそうなったときにドラマを感じるというのがポケモンなのであって、それがコンピュータ・プログラムにおける一番高度な生命の住まい方なんですよ。きっと。

译文

宝可梦不同于人工生命,虽然隐藏着相当复杂的数据,但它由已揭示的部分、未揭示的部分、将来可能改变的部分等多样要素构成。正因为如此,在提升等级或通过通信交换时,不知不觉间进化,会让人感受到“为什么这家伙会变成这样?”的偶然性。这种相遇方式并非从一开始就被程序员设计好,而是在偶然发生时感受到戏剧性,这才是宝可梦。我想,那或许就是计算机程序中最顶级的生命栖息方式吧。

田尻 智 受访
58 田尻 智

原文

『ポケットモンスター』では、ポケモン一体一体の情報量がかなり多いんですよ。この先いろんな続編が作られたときに、たとえばピカチュウの色が変わるとか、耳の形が変わるとかでもいいんだけど、そういうことが可能なように、大きなデータの配列のなかに空白の部分も残してあるんです。それって、じつは遺伝子の並び方によく似てるんですね。いまはまったく意味をなさないデータの羅列と意味を持ってるデータの羅列。だけど、将来ポケモンに新しい属性ができたときに、空白になって通信交換してるところがそれを判定する場所として使われたりする。そういう意味で言うと、生命科学の理にかなった成り立ちになっていて、そこはもう少しみんなにわかって欲しいなって思う。というのは、シンガポールなんかだと「生命科学の勉強のために『ポケットモンスター』が役立つ」っていうようなことをニュースで言ってたりするんです。

译文

在《宝可梦》中,每一只宝可梦所包含的信息量都相当庞大。为了将来制作各种续作时,比如皮卡丘的颜色改变、耳朵形状变化等,我们在大规模的数据排列中特意预留了空白区域。这实际上与基因的排列方式非常相似。有些数据目前毫无意义,有些则承载着意义。但将来当宝可梦获得新的属性时,这些空白区域——比如通信交换时用来判定属性的地方——就会被派上用场。从这种意义上说,这套系统符合生命科学的原理,我希望大家能更深入地理解这一点。实际上,在新加坡等地,新闻中甚至提到“《宝可梦》有助于生命科学的学习”。

【章节导览】 受访
59 【章节导览】

原文

=== 后篇第3节:多媒体跨界联动(卡牌、动画与衍生周边如何丰满世界观) ===

译文

=== 后篇第3节:多媒体跨界联动(卡牌、动画与衍生周边如何丰满世界观) ===

N.O.M 采访者 受访
60 N.O.M 采访者

原文

ところで、ゲームではどのポケモンも鳴き声しか発しませんが、テレビアニメーションではニャースだけ人間語を話しています。あれはなぜなんでしょうか?

译文

话说回来,在游戏中,所有宝可梦都只会发出叫声,但在电视动画中,只有喵喵会说人话。这是为什么呢?

石原 恒和 受访
61 石原 恒和

原文

それはですねぇ(笑)、アニメ化に向けて田尻くんがポケモンの設定を作ったときに、それぞれの知性レベルを考えながら「こいつは人間の言語を理解するはずがない」とか「こいつは将来的にしゃべってもいいかな」とか、そういう全体の表を作って、人間の言葉をしゃべるとしたらコレとコレ、という風に決めたんだよね。

译文

这个嘛(笑),在动画化之际,田尻君制定宝可梦设定时,考虑了每个宝可梦的智力水平,并制作了一张总表,判断“这家伙不可能理解人类语言”或“这家伙将来或许可以说话”,从而决定了哪些宝可梦能说人话。

田尻 智 受访
62 田尻 智

原文

だから、今後の展開次第ではニャース以外にも人間の言葉を話すやつが出てくる可能性は十分にあります。まぁ、アニメも僕が作るのであればもっとゲームに忠実なものになるんだろうけど、実際には専門のスタッフの方々が独自に作るわけですから、すべてをゲームに忠実なものとして作る必要はないんです。一種のパラレルワールドっていうか、ちょっとズレた世界でいい。

译文

因此,根据未来的发展,除了喵喵之外,其他宝可梦也完全有可能说人话。嗯,如果动画由我来制作,可能会更忠实于游戏,但实际上是由专业团队独立创作,所以不必完全忠实于游戏。可以看作是一种平行世界,稍微有些偏差的世界也无妨。

石原 恒和 受访
63 石原 恒和

原文

その場で積み重ねられていくクリエイティブってかなり重要で、とくにアニメなんかの場合では、現場の声優さんの力がすごく影響してます。たとえば、ピカチュウというのは大谷育江さんの力があったからこそあそこまで性格が形作られたわけだし、ロケット団なんかでも、林原めぐみさんという才能がその個性を引き出してくれているわけでね。ロケット団がやられたときに「やなカンジ~!」って飛んでいくのは台本にはなかったけど、林原さんが絵を見ながらなんとなくつぶやいた言葉が「それ面白いから使おうよ!」ってことになって、それ以来、毎回ロケット団は「やなカンジ~!」って言いながら飛んでいく。コラボレーションされたり、現場のノリによって作品が前へ進んだときにね、これは「いいチームだな」と思えるんです。

译文

现场即兴的创意非常重要,尤其是在动画制作中,声优的力量影响巨大。例如,皮卡丘正是因为大谷育江的演绎才形成了那样的性格;火箭队也是如此,林原惠美的才华赋予了其个性。当火箭队被打飞时,那句“好讨厌的感觉~!”原本并不在剧本中,而是林原女士看着画面随口嘟囔出来的,结果大家觉得“这很有趣,就用它吧!”,从此以后,每次火箭队都会喊着“好讨厌的感觉~!”飞出去。当通过协作和现场氛围推动作品前进时,我就会觉得“这是个好团队”。

田尻 智 受访
64 田尻 智

原文

社会的には僕が『ポケットモンスター』の原作者ということになってますけど、ゲームソフトだってゲームフリークのスタッフが団結して作ったわけだし、ポケモンカードもアニメも僕がひとりでコントロールしているわけじゃなくて、それぞれ現場のクリエイターたちが、原作を中心にして作り上げたものですから、そういったことがもっときちんと伝わってくれれば『ポケットモンスター』の世界のありようもわかってもらえるかな、と。

译文

虽然在社会上我被视为《宝可梦》的原作者,但游戏软件是GAME FREAK的全体员工团结一心制作出来的,宝可梦卡牌和动画也并非由我一人掌控,而是各个领域的创作者们以原作(游戏)为核心共同打造而成的。如果这些事实能够更准确地传达出去,或许大家就能理解《宝可梦》世界的真实面貌了。

石原 恒和 受访
65 石原 恒和

原文

アニメを作る前に、田尻くんは「とにかくゲームをやってください。ゲームをやって『ポケットモンスター』を理解したうえでアニメを作って欲しい」というようなことを言ったんだよね。ゲームをやってくれたのであれば、あとはゲームとは違うことをやっても、あえて変えているんだというのがわかりますから。

译文

在制作动画之前,田尻君曾说过:“请务必先玩一下游戏。在玩过游戏、理解《宝可梦》之后再制作动画。”如果对方玩过游戏,那么即使动画中出现了与游戏不同的内容,也能明白那是刻意为之的。

【章节导览】 受访
66 【章节导览】

原文

=== 後篇第4節:気になる未来(ポケモンシリーズは止まらない新たな挑戦) ===

译文

=== 后篇第4节:令人瞩目的未来(宝可梦系列永不停步的新挑战) ===

受访
67

原文

『ポケットモンスター』は最初に「赤・緑・青」とありましたが、そこから第2弾で一気に「金・銀」という名前になりました。そこに何やら打ち止めのようなニュアンスを感じるのですが。

译文

《宝可梦》最初有“红·绿·青”,但到第二作时一下子变成了“金·银”这个名字。这让人感觉到一种“到此为止”的意味。

田尻 智 受访
68 田尻 智

原文

いや、そういうわけではないんです。最初の『ポケットモンスター』のときも能力の限界を尽くして作ったわけですが、第2弾ではそこからさらにスタッフの能力を高めて、もっと価値あるポケモンの世界を提案するために「金・銀」と命名しているんです。

译文

不,并非如此。制作初代《宝可梦》时,我们已经倾尽全力;而在第二作中,我们进一步提升团队的能力,为了呈现更有价值的宝可梦世界,才命名为“金·银”。

石原 恒和 受访
69 石原 恒和

原文

「赤」や「緑」を作って、それから「青」も作って、さらには「黄色(ピカチュウバージョン)」もあって、そうするとそのつぎが「ピンク」や「紫」なんていうのでも良かったんだけれど、それはあくまでも前作の延長にしかならないんであってね。でも、それが「金・銀」ならば、前作の延長としての色のバリエーションでありながら、でも「赤・緑」とは違う“色+アルファ”が表現できたのではないかな、と思っているんです。 ということは、いずれまた『ポケットモンスター』の新作を遊ぶことはできるのでしょうか。

译文

我们制作了“红”和“绿”,接着又做了“青”,甚至还有“黄(皮卡丘版)”。这样一来,下一作本来也可以用“粉”或“紫”之类的颜色,但那终究只是前作的延续。然而,如果是“金·银”,虽然仍是前作的颜色变体,却能表现出不同于“红·绿”的“颜色+α”。——那么,我们今后还能玩到《宝可梦》的新作吗?

石原 恒和 受访
70 石原 恒和

原文

考えてはいます。僕がいま『ポケットモンスター』の理想的な形として考えているのは「世界同時商品を作る」ということです。日本やアメリカ、ヨーロッパなど、世界各国語のバージョンが同時に発売されて、世界中のポケモンファンが一気に楽しめるようなものですね。それをするためには翻訳の問題などいろいろ障害もありますが、理想を追うことはしていきたいです。いまは日本と海外とで商品発売の時差があるわけですが、その時差が埋められないのであれば、それを戦略的な時差としてとらえてもいいわけですし、時差のあることが効果を生む商品と、同時に発売されてこそ効果を生む商品とがうまく混在できればいいのではないでしょうか。

译文

我确实在考虑。我现在所构想的《宝可梦》的理想形态,就是“制作全球同步发售的商品”。也就是说,日本、美国、欧洲等世界各地语言的版本同时发售,让全世界的宝可梦粉丝能够一下子同时享受游戏的乐趣。为此,虽然存在翻译问题等各种障碍,但我还是想追求这个理想。目前日本和海外之间存在商品发售的时间差,如果无法消除这个时间差,那么也可以将其视为一种战略性的时间差。如果能让“存在时间差反而更有效果的商品”和“正因为同步发售才有效果的商品”巧妙地共存,那岂不是很好吗?

田尻 智 受访
71 田尻 智

原文

僕としては“最高のポケモン”というのはもう少し先になるだろうな、という風に思っています。つぎに作るものが最高のポケモンになるのか、あるいはそうでないのかは、僕だけの力でできることではないですが、これから何年か経って『ポケットモンスター』で育った子供たちがゲームクリエイターになるようなこともあるでしょう。そうやって僕らの志に共感してくれる新しいスタッフが入ってきて、そんな彼らと一緒にゲームを作ることができたときに『ポケットモンスター』の新しい世界がひらけていくのではないか、と思っています。 いかがだったでしょうか。田尻さん、石原さん、お忙しいなか長時間にわたる対談、お疲れさまでした。これからも面白いゲームを作るためにがんばってください!

译文

就我而言,我认为“最好的宝可梦”还要再过一段时间才能实现。下一个作品能否成为最好的宝可梦,这并非仅凭我一人之力就能决定。但或许再过几年,那些在《宝可梦》陪伴下长大的孩子们,会成为游戏创作者。当这样理解我们志向的新伙伴加入,并与他们一同制作游戏之时,我相信《宝可梦》的新世界将会展开。——本次访谈到此结束。田尻先生、石原先生,百忙之中接受长时间的对谈,辛苦了!今后也请为了制作有趣的游戏而继续努力!

Updated: